第22話 鉄の猟犬
走蜥蜴の一群がこちらに迫ってきている。
【ゴプロ君1号】とモノクルで、その動きは一目瞭然だ。
「先制攻撃をするよ。射線をあけて」
「お手並み拝見ね」
膝立ちになった僕は、【鉄の猟犬】を構えてモノクルを注視する。
とにかく、なんであれ見えていることが重要だ。
そういう風に調整した魔法道具なのだから。
(この位置──今だ!)
引き金を絞ると同時に【鉄の猟犬】が小さな破裂音と共に、鋼鉄の矢尻を高速で発射した。
もはや目で追えぬほどの速度で飛翔したそれは、僕の狙った通りに先頭を走る森走蜥蜴を頭を撃ち抜き、即座に絶命させる。
「一つ。駆動に問題なし。続いて……二射目、三射目」
宣言して引き金を連続して引く。
そのたびに、走蜥蜴は頭部を爆ぜさせて草原に転がる。
まるで現実味のない一方的な攻撃だが、そんな甘っちょろいことを言っている場合ではない。
やると決めたら、徹底的にやるのが『無色の塔』の掟だ。
「……!」
そして、何度か目の射撃の後、ついに走蜥蜴が視認できる距離に姿を現した。
「姉さん、チサ。来るよ!」
「ええ、見えてるわ!」
「はい。お任せくださいませ」
【灰色硝子】を抜き放って構える姉。
そして、両の手にそれぞれ小太刀を抜くチサ。
二人とも、なんて様になっているんだろう。
それに比べて僕ときたら。
……愚痴を言っていても始まるまい。
僕とて最低限の仕事はした。この接敵までに七匹も走蜥蜴を潰せば、十分な成果だろう。
「俺もやる! エファさん、指示をくれ!」
「遊撃して。あと、ノエルのサポートをしてくれればいいわ」
「大丈夫。僕は僕で何とかするよ!」
魔法の鞄に手を突っ込んで、【魔石礫】を一掴み取り出す。
消費型の魔法道具は、【鉄の猟犬】の矢じり同様に貴重だが、出し惜しみして足を引っ張るわけにはいかない。
「強化、いくよ! 〝起動〟!」
腰に挿した【多重強化付与の巻物】を取り出して、発動させる。
この強力で便利な機能の巻物は、父が冒険者時代に開発した魔法の巻物で、一度に多くの強化魔法を周囲の人間に付与できる優れものだ。
もちろん、それ故に製作コストや難度は非常に高く、そう気安く使えるものではないが……ここは使い時だろう。
魔法道具をケチって命を危険に晒すなんて、魔技師とは言えない。
「ありがと、ノエル! いくわよッ!」
白色の大剣を担いだまま、姉が矢のように飛び出していく。
〝英雄の再来〟だとか、〝勇者の弟子〟だとか言われる姉の戦闘力は、化物じみている。
走蜥蜴ごとき相手にもならないだろうけど……数の暴力は侮れない。
「アウスさん、行ってください。僕は大丈夫です」
「了解した!」
弓に矢を三本つがえたアウスが駆けだしていく。
姉とチサが褒めるくらいだ、きっと彼は強い。
僕の防衛に回すよりも、攻勢に出たほうが逆にリスクは下がるだろう。
「でぇぇやぁッ!!」
前方では、姉が思うさま【灰色硝子】を揮っているのが見える。
特殊な硬質石材でできたあの魔法の武器は、脆い。
脆いが故に欠けるわけだが……その欠片全てが鋭い刃と化す特殊な性質を持っている。
姉の膂力であの剣を揮えば、まるで刃の風が舞うようにして周囲を切り裂くことができるわけだ。
一振りであっという間に川走蜥蜴が二匹、絶命している。
「さて、僕も出来ることをしよう」
抜けて村へ向かおうとする走蜥蜴は【ターレットマン二号】の攻撃に怯み、足止めできているが、そう長くはもつまい。
意外と脆いのだ、あれは。
「〝起動〟」
【岩石流の巻物】を起動して、近くにいた森走蜥蜴を押しつぶす。
さらに、その後方から姿を現した草原走蜥蜴に【魔石礫】を発射し、仕留めておく。
さすがに魔法道具とはいえ、連続起動すると魔力の不足が深刻だ。
よくよく考えてみれば、【鉄の猟犬】を連射したのだ。
消耗していて当たり前か。
「ノエル様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、問題ないよ」
「お顔の色が悪いですよ?」
おっと、顔にまで出てしまっていたか。
アウスにああも見栄を切った手前、何とかもたせたいが……。
上空に待機する【ゴプロ君1号】で戦況をチェックする。
走蜥蜴たちは随分と数を減らしている。
中にはすでに撤退しそうな気配を見せている個体もいた。
どうやら、この戦いはもうすぐ決着がつきそうだ。
僕らの勝利という形で。
そこまで考えて、僕は違和感に気が付く。
「……!」
「どうされました?」
「大走竜は?」
「此度の戦闘では見ていません」
チサの言葉に、僕は小さく恐怖を感じる。
動き出したときにはいた。移動中も、姿は見ていた。
だが、接敵してから姿が見えないというのはどうしたことだろうか?
ここで仕留めるつもりで算段していたというのに。
「まさか、集落に……?」
「……ッ! チサが参ります」
「うん。確認だけでいいから、よろしく」
後方に向かってチサが音もなく駆けていく。
一緒に行きたかったが、いま僕がここを放り出せば魔法道具が動かなくなってしまう。
「いま僕にできることを、精一杯にやるんだ」
確認するようにそう口にして、未だ戦闘が続く前方を注視するのだった。
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