第17話 街道を東へ
ウィルソンの馬車に乗って、僕たちはスレクトの野原を行く。
鮮やかな緑が広がる景色は、何故か懐かしい様な気がして心が休まる。
「ウィルソンさん、御者を代わりましょうか?」
「いやいや、大丈夫。いざという時にはお願いしますよ」
普通、御者などは『一つ星』に命じられる類の労働だ。
それ以前に、僕が馬車に乗って依頼主が御者をすると言うのもなんだかおかしい。
どうやら、ウィルソンが『星証痕』に縛られない考えを持っているというのは、虚偽やポーズではなく本当の様だ。
僕にとっては有難い。
「そういえば、二つ目の依頼について聞いてなかったわね」
「ついてから話そうと思っていたが、道中の話題に少し話しておこうか」
手綱を握ったまま、ウィルソンが話し始める。
曰く、問題は草原走蜥蜴なのだという。
この魔物はこういった草原の多くに生息しており、豊富な草に集まる草食性の動物や魔物──例えば突撃羊などを獲物にする典型的な肉食系魔物だ。
つまり、そう珍しくない。
しかし、最近この草原走蜥蜴による被害が相次いでいるらしい。
確かに人間も襲うが、領都近くの街道に堂々と出てくることは今までそうそうなく、あのように興奮状態であることも少ない魔物で、それなりに危険を理解している彼らは武装した護衛が付いた馬車を襲うことなどないはずなのだ。
「どうも最近おかしいんだよ。私も襲われたのは初めてでさ。それで、本題なんだが……今向かってる東スレクト村からちょっと北に行ったところに、名前もない集落がある。そこの知り合いがよ、草原走蜥蜴の親玉みたいなのを見たってんだよ」
「大走竜ですか?」
大走竜は走蜥蜴類の変異種だ。
走蜥蜴類というのは、本当にどこにでも順応する魔物で、草原のものは草原走蜥蜴、山間部のものは山岳走蜥蜴などと呼ばれる。
大走竜はその中でも特に変異したものを指し、普通の走蜥蜴よりもずっと大きく、凶暴だ。
「魔物の事はよくわからんが、それかもしれんな。まぁ、その調査をして欲しいわけだ」
「討伐じゃないの?」
「そりゃ可能ならして欲しいがね、その村も裕福なわけじゃない。手紙代をケチって商いに行く私に仲介を頼むくらいだからね」
姉が確認するために依頼書を取り出したので、横からそれを覗き込む。
現地調査依頼。
一週間。
謎の魔物の確認。
期間中の宿泊、食事込み。
報酬、一万ラカ。
と、シンプルな箇条書き。
確かに、この報酬で拘束一週間は安い依頼かもしれない。
パーティ人数が多い場合は、なおさらそう感じるだろう。
「ギルドには私の指名依頼ってことにしたから、完遂したらもう少し色がつく。その村の昔馴染みは所帯を持ったところでな、助けてやって欲しいんだ」
「いいわ。あなたはノエルを助けてくれたもの。食事が出るなら報酬が安くたってかまわないわ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
軽く笑うウィルソンを尻目に、僕は思考を加速させる。
依頼に関連することだが、魔物の増加と凶暴化について文献で何か読んだ気がするのだ。
しかし、それがうまく出てこない。
父に近づくためとため込んだ知識を、いま活かさずどうするのかと自嘲する。
もしかしたら現役冒険者の姉であれば何か知っているかもしれないので、夜にでも聞いてみよう。
「さて、後少ししたら宿場に到着するが、どうするね」
「手前に魔物除けの結界のある野営地がありましたよね? 僕はそこで」
「では、私もご一緒しようかな。野営なんて久しぶりで少し心躍るね」
ウィルソンの気遣いに、心が温かくなる。
僕が『一つ星』であるというのは、周囲に不便を強いてしまうのが心苦しい。
領都で起きた大きなトラブルの一つに、宿を確保できないというものがあった。
宿泊時に、受付は必ず「念のためお尋ねしますが、お客様の中に『一つ星』はいませんね?」と聞いてくる。
そして、僕が『一つ星』だとわかれば拒否されるのだ。
『一つ星』というのは二十二神の寵愛を拒まれた不信心者であり、そのような者を泊めれば評判に傷がつく……というのが、一般的な考え方なのだ。
これは、四十年たっても変わっていない国も多い。
だからと言って、誤魔化して泊ればいいではないか……などという考えは、大きな間違いだ。
宿泊は契約であり、虚偽を成せば罪となる。
そして、『一つ星』が罪を犯せば、軽重に関わらず牢獄行きは確実。下手をすればそのまま死罪となる。
なんなら、死罪すら面倒くさいと暴行を加えられて川に放り込まれるかもしれない。
故に宿に泊ることは難しく、野営をする必要があるのだ。
少なくとも、僕は。
……僕だけ降ろしてもらえれば、翌日の朝に宿場町で合流するんだけどな。
「ノエル様、いけませんよ」
「え、チサ?」
「いま、自分を貶める考えをしましたでしょう? 顔に出ております」
「う……」
そんなバカな、と思うが事実として読まれているのだ。
きっと顔に出ていたのだろう。
「ダメよ。あたし達三人は少なくとも一塊でいるべきだわ」
「然り。ノエル様、気遣いは不要にございます」
「うん、ごめん」
素直に謝っておく。
父譲りだと言われるこのネガティブ思考が、悪い癖だとは理解している。
さりとて、『一つ星』であることは事実で、このように迷惑をかけているのもまた事実なのだ。
僕は、まだそれを上手に処理できない。
「おっと。仲間外れにされてしまったけど、私もご一緒するとも。昔、全国を巡っていた時は野営もたくさんしたものさ」
「へぇ……いろんな国に行ったのね。あたし、ちょっと興味あるかも」
「なら、酒の肴にお話しよう。野営ともなれば、時間はたっぷりあるしね」
そう笑ったウィルソンが馬車を止める。
どうやら、野営地点に到着したようだ。
街道から少しそれた小道の先、円形状に草が刈りこまれた広場。
水場も何もないが、テントを立てやすいように平らにならされていて……なにより人気がないのがいい。
少し行けば宿場町がある場所なので、わざわざ野営をする者がいないのだろう。
馬車から降りたウィルソンが、ぶら下がっていた桶を手に取る。
「少し先に小川があるので、まずは水を汲んでくるとするよ」
「あ、それなら……」
魔法の鞄から小ぶりな水差しを取り出す。
「これは?」
「僕が作った魔法道具です。〈水作成〉と同じ機能があるので、飲み水として使えますよ」
「そりゃ便利だな! 魔法使いがいなくても真水が確保できるなんて。行商人ならきっとみんな欲しがるぞ」
……なるほど。これは盲点だった。
魔法道具を金に換えるというのも、ありかもしれない。
【水差し君】を手に目を輝かせるウィルソンを見ながら、僕はそんな事をふと考えるのであった。
いかがでしたでしょうか('ω')!
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