第14話 カウンター攻防戦
「できないってどういう事よッ」
揺れるほどにカウンターを叩いて、姉が吼えた。
先ほどのバンビーなる男にぶつけられたと同じような重苦しい殺気が、怯える受付嬢に容赦なく降り注ぐ。
屈強で乱暴な冒険者たちに慣れているはずの受付嬢を、こんな風に委縮させるなんて些かやり過ぎではないだろうか。
「も、申し訳ありません……! しかし、『一ツ星』は冒険者として登録できません」
「だからどうしてよ!? 冒険者登録は誰でもできるはずでしょ?」
「で、でも……ですね」
姉の言う事は正しい。
正しくはあるが、無茶でもある。おそらくこうなるだろうと思ってはいた。
冒険者黎明期であるこの時代、冒険者というモノの在り方はひどく曖昧で不安定なのだ。
少なくとも『一ツ星』なる社会不適合者の受け皿として機能はしていない。
「でももへったくれもないわ。ノエルは優秀な魔技師よ」
「ありえません」
怯えながらもピシャリと返答する受付嬢。
この時代……いや、僕達の時代であっても、多くの国での『一ツ星』の評価はこういうものだ。
それは長い歴史の中にあって、ほぼ事実と認知されている。
なにせ、僕ら『一ツ星』というのは、肉体的にも技能的にも弱い。
その理由が解明されるのは、異質な『一ツ星』である父が、あちこちの迷宮をさんざん攻略し尽くし、竜を討ち、魔王を滅ぼし、神と相対する時代になってから。
そう、それまでの概念から客観的にありえない『一ツ星』が表舞台に姿を現してからのことなのだ。
このレムシリアで真なる人間と呼べるのは、姉のような『五つ星』の者だけだという研究結果がある。
父の研究だ。父曰く、この世界自体はまだ新しく、生まれ来る生命は未だ不安定さ──可能性を残しているのだという。
僕ら『一ツ星』は、星の精霊やほぼ精神体であった原初の人に近い存在で、このレムシリアという物質世界において人間としての純度が低い。
故に、弱い。レムシリアに適応していない生き物であるのだから、それはそうだ。
代わりに魔力との親和性は高く、また迷宮深部に広がる『存在係数制限』と呼ばれる力による影響も少ない。
最新の研究では、先天能力と呼ばれる生来の才能の発現率は『一ツ星』の方がずっと高いこともわかってきている。
しかし、これを今ここでこの受付嬢に説明するわけにもいかない。
する意味もない。
なにせ、今後四十年たってもそれを信じられぬ人が大半なのだ。
「いいよ、姉さん。できないものは仕方がないし」
「よくない。責任者を出しなさい。直談判するわ」
「し、しかし……あの、できません」
「なんですって……ッ!」
「あ、ここだったかい」
姉の殺気が爆発してしまうと身構えたその瞬間、背後から少し気の抜けた声が聞こえた。
受付嬢が、これ幸いと明るい声を上げる。
「これはウィルソンさん。ご依頼ですか?」
「ああ。そこの三人、冒険者になったんだろ。これから指名依頼を出したいんだ」
にこにことした顔で現れたのは、依頼票らしき用紙をひらひらとさせている家具職人のウィルソンだった。
「ん? どうしたんだい?」
「どうもこうもないわよ。ノエルを冒険者と認めないっていうのよ」
「そりゃまたなんで?」
ウィルソンが視線をカウンターで震える受付嬢に向ける。
「その少年が『一ツ星』だからです」
「なんだ、ノエル君は『一ツ星』なのか。で、彼は冒険者になれないのかい?」
「なれません」
受付嬢のきっぱりした答えに、姉の目が釣り上がる。
「興奮状態の草原走蜥蜴を一瞬で仕留めるほどの腕の持ち主なんだ、特例で認めたまえよ」
ウィルソンの言葉に、酒場がにわかにざわつく。
「しかし──」
「冒険者は実力至上主義。どこの国にも属さない者達のことで、仕事と結果で語る迷宮と荒野の専門家なんだろ?」
「それは、そうですが……」
「彼は仕事で語った。実力を示したんだ」
「ですが……」
「おや? 君は実力至上主義を否定するのかい? では、冒険者ギルドというのは貴族様方と同じ『星証痕』至上主義者の集まりってわけかい?」
「そ、そうではありません。しかし『一ツ星』は認めれません」
受付嬢の答えに、ウィルソンが薄く笑う。
「なるほど、わかった。理解したよ。ええっと……マルシャさんね。ギルドマスターに伝えたまえ。今後、私の商会は冒険者ギルドを支援しない。護衛や討伐依頼も以前のように傭兵商会を頼るとするよ」
「え……あ、あの」
マルシャと名札をつけた受付嬢が、顔を青くして立ち上がる。
「君が紹介してくれた冒険者だけど……私と荷を置いて逃げ出したんだよね。実力至上主義が聞いて呆れるよ。君達の仕事と結果は最悪だ」
「そ、そんな! 何か理由が……」
「知らないよ。この子たちはそんな私の命の恩人でね。君と君が紹介した冒険者の尻ぬぐいをしてくれたわけだ」
なるほど、いい身なりの商人がなんで護衛もつけずにと思ったが、そう言う事だったのか。
しかし、護衛対象を置いて逃げてしまうなんて。
先ほどのバンビーなる男にせよ、この時代の冒険者はまだまだならず者から抜け出せていないものも多いのかもしれない。
「ああ、そうだ。積み荷の損害は誰に被ってもらったらいいのかな? あんな護衛を斡旋した君かい? それともギルドマスターに言えばいいかな?」
「そ、それは、ええと……」
しどろもどろになりながら、受付嬢が目を泳がせる。
「いやぁ……彼らが冒険者なら、何の問題もないんだけどね。冒険者の失態を他の冒険者がカバーしたんだから。でも、彼は冒険者じゃないんだって?」
「あ、あの! わ、わかりました。彼の登録を認めますから……!」
「そりゃよかった。いやぁ、君が話の通じる人間でよかったよ」
小さく振り向いたウィルソンが、こちらに小さくウィンクする。
なんとも強引だが、僕としては助かった。
「で、ではノエルさん。チサさん。こちらに記入をお願いします」
「はい、ありがとうございます」
チサと二人、小さく頭を下げて、登録用紙を受け取る。
僕の時代では水晶型の魔法道具を使って即登録完了なので、こういうアナログなのは少し興味深い。
それにしても、まさか四十年も前の時代で冒険者登録をするなんて。
つまり、僕は父さんの先輩冒険者になるわけだ。
「なんか変なこと考えてるでしょ」
「まさか。それより姉さんの冒険者タグは大丈夫なの?」
姉の冒険者タグは最新の物のはず。
この時代で利用できるものなのだろうか。
「あ、考えてなかったわ。ね、あたしにもちょうだい」
「は、はひ」
すっかり怯えてしまった受付嬢から用紙を受け取って、姉は鼻歌まじりに記入を始めるのだった。
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