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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吾輩は婚約破棄された悪役令嬢である。それはそうとして世界を滅ぼす邪神である。

作者: かりーむ

 吾輩は悪役令嬢である。

 名前はティア・ダークストーン。肉体の年齢は15歳。


 産まれはランドスター王国の公爵家。その長女だ。


 そんじょそこらの令嬢とはわけが違う。

 家柄・美貌・知力3拍子備えて隙のない、パーフェクト令嬢が吾輩。


 そんなパーフェクト令嬢はこと吾輩は、現在婚約者であるルーク王子に指さされていた。人を指さしてはいけないぞ、少年。ちなみに場所は年度が終わったことを祝う、ダンスパーティーである。


「ティア・ダークストーン! 僕はお前との婚約を破棄する!」


 その宣言で周囲の生徒の視線が一斉に吾輩と殿下に集まる。


 こんやくをはき。

 

 うーん。


 『今夜、焼き肉を腹いっぱいに食べに行きませんか? ふふ、僕がおごりますよ?』の略だろうか?


 その可能性もなかなか高いだろうが、やっぱりこの状況では、『婚約を破棄』だろうか? 


 だって今はパーティーの最中だ。酒も飲み物もたくさん用意されている。こんな状況で人を焼き肉に誘う可能性は低いだろう。いくら吾輩が健啖家といえど、だ。


 だーが、やっぱりいまいち確信は持てない。ふむむ。


 「婚約を破棄……ですか?」


 なので吾輩、『必殺・相手の言葉をそのまま繰り返す殺法』を繰り出す。相手の発した言葉の意味がよくわからないときは大体これをしとけばいい。


 相手が勝手に話を進めてくれる。


 ほーら。


「……そうだ! 僕は君との婚約を破棄する! そしてこのリリアナと結婚するんだ!」


 殿下は傍らにいる桃色の髪の少女の肩を抱きながら言う。そこで吾輩は初めてその少女に目を移した。なるほど、可愛らしいお嬢さんだ。


 しかしはて? 

 こんな少女、学年にいただろうか?


 まあ、吾輩といえど全生徒の顔を詳細に覚えているわけではないが。


 

 一応、食い下がってみる。


「理由をお聞きししても?」

「あ、ああ! 僕は真実の愛に目覚めたんだ! このリリアナ譲との、ね!」


 真実の愛!

 ほっほう、そうきたかぁ!


 ふむ。

 なるほど。


「わかりました」

「えっ!?」


 ルーク殿下がきれいなお目目を大きく開く。


「どうされました?」

「い、いや、なんでもない」

「ならば吾輩。側室になりましょう」

「はひゅっ!?」


 殿下が目をあんぐりさせる。うん、そんな顔も可愛い。


 しかし、ふむ。

 我ながら中々いい案だと思うのだが。

 

 すると、横のリリアナ嬢がルーク殿下に何かを耳打ちする。


「あ、ああ。そうだな。……ティア。それはできない! なぜなら僕が愛しているのはこのリリアナだけだからだ!」

「吾輩を妃にすることはやはりできませんか?」

「ああ、無理だ」

「では具体的にはどこがダメだったのでしょう?」

「ぐ、具体的に?」


 そこを治せば殿下に振り向いてもらえるかもしれないからだ。自分になくて、リリアナ嬢にあったもの。それを知りたい。みっともないことは、誰よりも自分自身が理解している。だけど、やっぱり。吾輩はルイ殿下が大好きなのだ。


 リリアナ嬢がルイ殿下にまた何かを耳打ちする。


「えーーと。一人称が吾輩の女性はやっぱりないかな……って」


 があああああ!!!

 そこは治しようがない!!!


 あの糞神()が!!

 吾輩の設定(・・)をダイスロールで決めたりしなければ!!!


「そう、ですか……。それならば、仕方ありませんね……」


 そうして吾輩は背を向けた。

 殿下から。リリアナ嬢から。パーティーから。


 背中に突き刺さる視線の色は様々だ。


 憐憫、哀れみ、愉悦、嘲り。

 吾輩はそれらを受けながら自室に帰った。

 

 


「ひえっ」


 意気消沈しつつ、自室のドアを開けると、部屋でおっさんが土下座していた。恐怖でしかなかった。殿下との婚約を破棄されたショックもどこかに飛んで行った。


 豪華な真っ赤なマント。頂上が剥げた悲しい頭。きらびやかな黄金の王冠。

 

 ややあって、目の前で土下座しているおっさんがこのランドスター王国国王、つまりルイ殿下の父君であるマルベ二陛下であると気づいた。


 ……なにをしてらっしゃるんだ、この人は?


「申し訳ありませんティア様! あの愚息の愚かな振る舞いで大変気を悪くなさったでしょう!……ですがっ!!」


 頭の先を床から微動だにしないまま、王様が叫ぶ。


「お願いですから! 後生ですから!」

 

 吾輩に向かって。


 父としての、王としての外聞と誇りを捨て去って吾輩に懇願している。恐怖のあまり、両の目から涙を流しながら。顔を真っ青に染めながら。



「どうか! どうか! この国を滅ぼさないでくださいっ!」


 吾輩は公爵令嬢である。

 それはそうとして世界を滅ぼす邪神である。



 はるか昔。

 光あれ、と創造主はおっしゃった。


 そして世界が生まれ、そこに住まう生き物が生まれた。星々は巡り、数多の生と死が大地の上で繰り返され、いつしか天上に住まう神も代替わりした。


 吾輩はこの世界の3代目創造主の下で天使として生まれた。


「悪いんだけど、ちょっと下界に行って邪神になってきてくれない?」


 生まれた途端こんな事を言われた。

 ちょっと待て、と吾輩は産まれた瞬間より肉体にインプットされた知識を引っ張り出そうとするが先に神が口を開く。


「この世界って結構古い型なんだよね。定期的に邪神が現れるやつ。そろそろ、その周期なのよ。神側の都合としては邪神によって人間側の意思の統一が図れるし、あと文明が一定以上進歩することを防ぐ意味もある」


「本来は下界の民から選ぶのでは?」


 今回はスムーズに知識を引っ張り出せた。吾輩の言葉に神は顔をしかめる。


「最近ルールが変わってね。下界の民から無理やり悪者を選ぶのはどうなんだ、って批判があった。それで天界側から下界に派遣させることになったんだ。儂はほかの世界の管理もしなきゃだし……」


「結局は邪神が下界の民を虐殺するのに?」


「まったくだ。……ま、というわけでお願いね」」


「かしこまりました」


「あと、下界に降りる際のスペックはダイスロールで決めるからよろしく」


「はい?」


 そんなわけで、吾輩は公爵家の令嬢としてこの世界に生まれ落ちたのだった。



 そして。


 この世界、ハイデルガルドのとある国にて吾輩は生を受けた。

 規定通り下界に住む母体の腹の中で育ち、産道を通って産まれた。


 これは天使はそもそもテレズマで構成されているため、肉の器を持っていないことが理由だ。また、下界で生まれ育った人間から邪神を選ぶという、かつての慣習に少しでも近づけるためである。


 そして15年間、この国の公爵令嬢として生きてきたのである。


 そんな吾輩、ただいま我が国の国王に土下座されている。


 国王は吾輩が邪神であることを知っている。流石に天界から遣わされたことまでは知らないが。

 

 吾輩が赤子として生を受けたとき、徳の高い聖職者が偶然その場に居合わせており、吾輩が邪な力をもっていることをその慧眼で見抜いたのだ。


 吾輩が邪神であることを知る人間は本当に少ない。マルベニ陛下はその一人だ。


「とりあえず顔を上げてください」


 吾輩は言う。


「こんな場面、ほかの誰かに見られたら処刑ものです。陛下も友人である公爵家当主の娘の首が地面に転がる光景は見たくないでしょう?」


「も、申し訳ありません。ティア様……」


 はっと気づいたように、王様が顔を上げる。まあ、ここは吾輩の自室であるから誰かが訪ねてくる可能性はかなり低いがな。とはいえ、自分の父親くらいの年齢の人が自分に向かって土下座する姿は、見てて楽しいものじゃない。


 にしても、王様。

 まだ顔が青いな。


「まあ、吾輩! 首がとれても新しい首が生えてくれるんですけどね!」

 

 渾身の(邪神)ジョークで緊張をほぐす。

 

「ひええええ……!!」


 しかし、王様の顔はますます青くなった。そしてガタガタと体を震わせながら、床を這って吾輩から距離を置く。

 

 ……ふむむ、今回も滑ったようだ。

 

 吾輩は時たまこのように小粋なジョークで場を和ませようとするのだが、王様は中々笑ってくれない。ルイ殿下はよく笑ってくれたのだが……。


 パーフェクト令嬢たる吾輩、まさかジョークの才能はないのか? いくらつまらないといってもそこまで距離をとる必要はないだろう。吾輩のクソみたいなジョークの才能が感染してはたまらん、とでも言いたいのか?


 まあ、いい。 

 ジョークのスキルはこの後おいおい磨いていこう。見ているがいい、王様。いつか貴方を笑わせて見せよう。


「陛下? 陛下は先ほどの騒動を知っておられるのですか?」


「は、はい。昨日の夜、わたくしの元にあの愚息目から手紙が届きました。そこにはティア様との婚約を破棄し、リリアナなる何処の馬の骨ともわからぬ女と結婚すると……そのような世迷い事が書かれていました。わたくしはすぐさま早馬を飛ばし、学園に駆け付けたのですが……一歩遅く……」


 ふむ。なるほど。

 王都から学園までは結構な距離がある。いくら早馬といえども、普通なら二日はかかるだろう。王様は碌な睡眠も食事もとっていないに違いない。護衛も最小限にしたはずだ。その心遣いがうれしかった。


「ありがとうございます陛下。……もう娘ではなくなってしまいましたが、これからも末永いお付き合いをお願いしま……」


 と言ったところで、吾輩は思った。


「……ど、どうしましたティア様?」

「やはり今までのような付き合いは無理ですよね」

 

 もうルイ殿下の婚約者ではないのだ。以前のように家族ぐるみでの付き合いは無理だろう。かつての吾輩の位置にあのリリアナ嬢が収まるのだ。


 なんて思っていると、王様は再び土下座し始めた。


「ひ、ひいいいっ!? ど、どうか寛大なご処置を! ただいま我が妻アンドロメダがルイをこちらに連れてきております! あ奴を煮るなり殺すなり、どうぞお好きになさってください! お望みならば我が命も捧げます! ですがどうかどうか! この国だけはっ!」


 相変わらず腰の低い人だ。

 いくら吾輩が邪神といえど、ビビりすぎである。

 

 吾輩は小さくため息を吐く。

 

「吾輩はこの国を……今のところ滅ぼすつもりはありませんよ」



「ま、誠でしょうか? 誠にこの国を滅ぼすつもりはない?」


 吾輩の言葉が信用できないのか、マルベニ陛下は尋ねる。吾輩はうなずいた。


「本当ですよ」

「本当の本当?」

「本当ですよ」

「本当の本当の本当?」

「本当ですって」

「本当の本当の本当の本当?」

「滅ぼしましょうか?」


 しつこすぎる。イライラしてきたぞ。だからつい思ってもない言葉が口をついて出た。

 

「ひえっ!!??」


 ほらやっぱり!みたいな顔をするなよ。陛下。


 ふー。

 落ち着け。吾輩は邪神であると同時にパーフェクト令嬢だ。クールにクレバーにいけー。



「……大丈夫ですよ。邪神の名において宣言します。それでも信用できないのならば、陛下の友でありわが父である公爵家当主スレインの名に誓いましょう。……吾輩、婚約破棄されたことには怒ってないですよ。吾輩を怒らしたら大したものですよ。なので、ルーク殿下に何かしらの処罰を吾輩が加えることもありません」



 吾輩が世界を滅ぼすのは単純にそれが仕事だからだ。そしてそれは今ではない。


「いえ。ですがお咎めなし……という訳にはいかんでしょう」


 陛下はハンカチで顔をぬぐいながら言う。顔色は少し回復したし、体の震えも多少は収まった。どうやら吾輩の言葉を(多少は)信じるつもりになったようだ。


「あの愚息は王族としてやってはならんことをしました。貴女様の……その特殊な背景を抜きにしても、アレには何らかの処罰は必要です。王家の婚約とは、市井の民が口約束の愛の言葉とは違います。そも、片方の意思だけで破棄できるようなものではない。奴は王家と公爵家の双方の顔に泥を塗ったのです! そして誰だあの娘は! 何処の馬の骨ともわからぬ! そもそも奴が居なくなってこの国の防衛はどうするのだっ!?」


 マルベニ陛下は途中から自分の言葉に興奮し始めたのか、早口でまくし立てる。顔は真っ赤だ。

 


 バタン! と吾輩の自室が勢いよく開けられた。……もう少し優しく開けてほしいのだが。びっくりする。我輩の部屋のドアの立て付けが悪くなったらどうしてくれるつもりだ。


 中に入ってきたのは王妃のアンドロメダだった。この人の顔も真っ青だ。


「おおアンドロメダ! ルークを連れてきてくれたか!」


「それが……気づけばパーティー会場から消えておりまして……これがルークの自室に……陛下」



 震える指で一枚の紙きれを陛下に手渡すアンドロメダ。内容を確認したマルベニ陛下の顔色は青色を通り越して紫色になった。


「何と書いてあったのですか、陛下?」


「い、いや、これを見せる訳には!」


 そう言うや否や陛下は紙切れを飲み込んだ!

 

 吾輩は目を見開いた。

 驚いたのもあるがそれ以上に感動したのである。


 きっとあの紙切れには吾輩を傷つけるような事柄が書かれていたのであろう。それをマルベニ陛下は吾輩に見せないために、己の胃の中に隠したのだ。


 何故か?

 

 吾輩の心を守るためだ。


 やはり人間は素晴らしいな、と吾輩は感心する。己とは違う個体を想い、行動を起こせる。それは吾輩たち天使にはない機構だ。



「ですが吾輩は知らねばなりません」


 吾輩は言いながら陛下のお腹あたり、正確には(胃を一指し指を)胃に人差し指?向ける。そして、ちょいちょい、と丁度手招きするように指を曲げた。


 すると陛下の腹からすーーと胃液に濡れた手紙が吾輩の手に向かって飛んできた。


「んなっ!?」


 陛下が悲鳴を上げる。


「な、なんで吾輩の腹から手紙が!? 口からなら分かるぞ!?」


 陛下はシャツのボタンを開け、メタボ気味の腹を晒す。腹が避けてないか確認したかったのだろうが、あまり長時間みたい腹ではないな。もう少し運動した方がいいですね。


「陛下の胃の中と外にちょっとした次元の断層をつくっただけです。傷はありませんよ。ご心配なく」

「それ本当に心配ないのか!? アンドロメダ! アンドロメダ! 儂、生きとる!? 見た目に変化ない!?」


 騒ぐ陛下をしり目に吾輩は紙切れに目を移す。胃液に濡れた紙切れにはこんなことが書いてあった。


 ――――駆け落ちします。探さないでください


 

 ………ふうむ。こう来たかぁ。

 


 その後アーノルド学園は隈なく捜索されたが、ルーク殿下とリリアナ嬢の姿はもはや何処にもなかった。


「その……ティア様」

「いいのですよ陛下。……これでいいのです」



 ―――産まれた頃より、その世界でルークは異物だった。


当たり前だ。


 握った母親の手の骨の粉砕する赤子なんて、怪物でしかない。生まれつき、彼は人の枠を超えた膂力を持っていた。


 だからルークは齢2歳で『紫の森』で暮らすことになった。


 力の扱い方を知るためだ。


 誰かに触れることは固く禁じられていた。


 母との間に起こった悲劇を2度と繰り返さないためだ。母と父が訪ねてきても、あくまでテーブル越しの会話だけだ。他の子どもの様に、肩車をせがんでその背に飛び乗ることなど、決して許されない。


 来る日も来る日も、ただ『手加減』の仕方を覚える日々。 

 少年は誰かの温もりを知らずに育った。


 ある日、全てが嫌になって森の奥まで歩いて行った。10歳の頃だ。


 森を抜け、川を越え、荒れ地に踏破して、また森に入った。 

 そこには高い高い塔があった。なんとなく、ルイは登ってみることにした。


 そして。

 少年は天使に出会った。





 ――――産まれる前から、その世界でティアは異物だった。


 邪神の役目を神から与えられた天使。

 世界を円滑に回すためのシステム。


 出産の場に高位の神官が居合わせたことにより、邪な力を持つことをすぐに見抜かれ、生後4日で王国の果て―――荒れ地の塔に幽閉された。


 人間たちが己にしたことに対して、彼女は怒りも悲しみもしなかった。


 実際、彼女は遠くない将来、世界へ害為す存在だ。そこは決して変えられない。人間たちが自分を恐れ、幽閉し、殺そうとするのは当たり前のことだと理解していた。


 だから、彼女は高い高い塔の上で、孤独に力を蓄え続けた。いつの日か、世界を壊すために。一分一秒でも早く、己の存在理由を果たすために。


 転機は唐突だった。

 10年間誰も訪れることのなかった塔の最上階の窓から、誰かが入ってきた。

 

 そして、少女は天使に出会った。




 その時の感情を言語化するなんて不可能だろう。


 2人は、少しの間見つめあい、やがてゆっくりと距離を詰めた。


 恐る恐る、臆病なまでの緩慢な動作でルークはティアに掌を向けた。それを機械的な瞳で見つめたティアは、何を思ったか、同じようにゆっくりと自身の掌を差し伸べた。


 お互いの五本の指が重なる。


 その時の感情を言語化するなんて不可能だろう。

 

 だけど。

 だけど。

 

 2人ともなんだか涙が出てきたのだ。


「あったかいね……」

 

 どちらがか涙ながらにそう言うと、もう片方も涙でぐしゃぐしゃの顔で頷いた。

 

 ただ、温かくて、暖かくて。

 この世界で一人ぽっちじゃないと、ようやく実感できたから。




 だからルークは戦い続ける。


 世界で頻発する魔物の活性化。その影には、邪神と呼ばれる存在が関わっている。


 ある日、ルークは四大精霊にお告げを受けた。

 己こそが邪神を殺せる唯一の存在だと。だが、その使命は決して誰にも言ってはいけないのだと。

 

 だからルークは金で雇った女と一芝居うち、王国を後にした。

 自分はこの旅で命を落とすかもしれない。全てが終わって帰ってきても、自分の居場所はないのかもしれない。


 でも、それで構わないのだ。


 そもそも、妻や子を何かの弾みで殺してしまう様な腕力を持つ人間が家族を持つべきではないのだ。


 自分は所詮、何かを壊すことしかできない存在。


 「だから全部壊してやる。ティア。君の人生を脅かすもの全部。邪神だって」




 だからティアは戦い続ける。


「けほ」


 ハンカチを口に当てると、真っ黒な血で染まっていた。


 邪神として覚醒するだけのテレズマはとっくに肉体に満ちている。


 そして内側から漏れ出ようとするそれが、ティアの器を破壊し続けているのだ。損傷した傍からテレズマを用いて修復していくので、死ぬことは決してない。


 しかし、痛みはごまかせない。


 そもそも当初の予定では、この器は13歳になったら破棄することになっていた。


 そしてテレズマの塊として世界に固定され、邪神として君臨するのだ。


 だが、ティアはそれを拒み続けている。


 一度、肉体の器を捨ててしまえば、もう『世界の流れ』は決定されるからだ。魔物が地上を跋扈し、空に暗雲経ちこむ、川は淀む、人にとっての冬の時代がやってくる。


 そんな時代を、ルークに過ごさせる訳にはいかない。


 例えルークが他の女性と幸せになったとしても、その決意は変わらない。


 システムでしかなかった自分に、感情を教えてくれたのは貴方だから。

 自分に命を注いでくれたのは貴方だから。


『ティアは綺麗だね。天使みたいだ』


 かつて少年が褒め称えた容姿のまま、少女は痛みに耐え続ける。


 少なくとも、あと数百年。

 ルークが亡くなり、彼の血の濃い子孫たちが地上を去るまで。


「だから、吾輩は耐え続ける。この器は壊させない」


 


 過去か現在か或いは未来。

 いつかどこかで、二人は言った。


「僕は」

「吾輩は」


 ――――「「あなたの幸せを願っている」」


 二人の道はいつの日か、必ずまた交わるだろう。

 例え一度分かたれても、運命によって彼らの激突は宿命づけられている。


 だけど。

 彼らが互いの事を慈しむのは――――。あの日の塔での出会いは――――。彼らの人生が救われたのは――――。


 決して運命なんかではない。それは二人の選択の結果だから。


 二人の結末が、どうなるかなんては、きっと神にだって分からない。


最期まで読んで頂きありがとうございました。

ブクマ・ポイント・感想などを頂けると嬉しくて、わーい!わーい!ってなります。

多分執筆の速度も上がります。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかまさかの結末でした(*´ω`*) お互いを深く思いやっているがゆえの。 新しい婚約破棄の形ですね! 面白かったです(*´ω`*)
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