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ももくん

作者: 笑来
掲載日:2020/01/30


大学からの帰り道、スマートフォンを見ながら歩いていると突然うめき声のようなものを聞いた。

何か動物かなにかが威嚇しているのかと、見当をつけてとある路地をスマートフォンのライト機能で照らした。

すると、全身白いスーツ姿で薄い桃色の髪色をした男性が蹲っていて、さっき聞いたうめき声をあげている。

男性はお腹のあたりを手で押さえているが、赤い染みは広がる一方のように思えた。

「あ、あの……。救急車、呼びましたから大丈夫ですよ」

「うう……。あ、ありが……」

男性は私を見上げ、にこっと笑いかけた所で意識を失っってしまった。



あの後、彼は救急車で運ばれて病院で手当てを受けたのだが、何故か傷が完全に癒えるまで私のマンションで共同生活をおくることになってしまった。

病院の先生が「家の人は?」と連絡を取ろうと聞いた時、彼が言いにくそうにしたのでその場にいた全員が『わけありか』と思った。幸いにも私の自宅は病院から10分程度の所にあるから、通院するにはその方がいい、という先生の判断だ。

とりあえず、お互いに自己紹介をしたところで、彼がどうしてあんな場所にいたのかが分かった。

彼はちょっとした名家の出なのだが、結婚式当日になって婚約者がヤクザにプロポーズされる場面を目の前で見た上に「あなたはつまらないから」と結婚を破棄されてしまった挙句の果てにはヤクザの取り巻きにボコボコにされたそうだ。そこでギリギリの所で逃げ出した所で私が彼を発見したそうだ。

「いやあ、本当に参ったよね。見た事ないくらいときめいた顔でヤクザの手を取ってたからね」

彼————漣は笑いながら言った。いや、それは笑い事ではないのでは? とも思ったが彼がその婚約者を吹っ切れているのなら、傷は見えるものだけになるからいいかと思う。心の傷はよほどのことがない限り、なかなか癒えない。


漣と共同生活をするようになって、思う事がある。

最近、誰かにつけられているような気がする。漣には言っていない。もしかしたら、漣を狙うヤクザかもしれないから。

漣はとても優しくて、私がバイトなどで夜遅くに帰宅するときは必ずバイト先まで迎えに来てくれる。誰に見られているか分からないからしなくていい、と申し出たが「心配だから」の一点張りだ。意外と意固地だ。

一週間くらい経ってから、コンビニに買い物に行った漣は浮かない顔で帰ってきた。

「どうしたの?」

「うん……。さっき家の使用人に会って、『傷が癒えたら帰ってこい』ってお達しが来てね」

漣の言い方がかぐや姫が月に帰らないといけない事をおじいさんとおばあさんに伝える、みたいなニュアンスだったのが気になった。


漣のお腹の傷も完治して、病院でも「これなら普通の生活に戻ってよし」とお許しをもらった日の午後。黒の高級車がマンション前に止まった。

「いろいろありがとう、夏南」

「私は何もしてないよ。いい人見つけて幸せになってね」

「うん、そっちも」

 なんだか少し寂しい。漣との生活はなんだかんだとても楽しかった。

漣と私とではそもそも住んでいる世界が違う。それは最初から分かっていたことなのに、行かないで欲しいという想いは膨らんでしまっている。せめて、漣にだけは気付かれないようにしないといけない。

「坊ちゃん、そろそろ……」

執事さんが言いにくそうに漣の顔色を伺っている。

「ああ……うん。……ねえ、」

「あ! 漣いた!」

「さえ、こ……⁉」

漣が何かを言いかけた時、鈴のようなかわいらしい女の子の声がした。のは間違いのようだ。

彼女は可愛らしい顔立ちとは裏腹にヤンキースタイルをしている。綺麗で漫画の登場人物のような金髪で、胴体はさらしで隠され、上着はショッキングピンクのジャケット。

どういう関係なのかは漣と執事さんの反応を見れば明らかだった。

彼女が漣の元婚約者……。

「ねえ、漣。私とよりを戻してあげてもいいわよ?」

「俺はもう君に何の感情もない」

今まで聞いたこともないような、冷たい氷のような声。優しい漣をここまでにしてしまう彼女に対して何故だか怒りが湧いてくる。

「何、もう次を見つけたってこと? ならその女がいなくなれば漣は戻ってくるわよね?」

彼女がそう言うとどこから湧いてきたのか、黒いスーツ姿のいかつい男性たちが出てきた。

「その女、やっちゃって」

冷たく言い放たれたかと思うと、男たちは一斉に私に向かって走ってきた。でも、私は傷一つ付かなかった。

「夏南!」

漣が私の腕をつかんで、車の中に入れてくれたから。いつの間にか執事さんも乗っていて、私はそのまま車に乗って漣の家まで逃げた。

少しの間だけお世話になるつもりだったけれど、何故か漣のご両親に気に入られて私は彼の婚約者になった。



「ああ、お金は振り込んでおいた。ほとぼりが冷めるまで出てくるな」

着物姿の男は電話を切ると、和風の立派な庭を眺めた。すると、同じく着物姿の女性が男性に話し掛けてきた。

「漣、お義父さまとお義母さまが呼んでいるよ」

「さえこか。今行く」

女性に微笑みかけ、二人は寄り添って歩いていく。二人の様子は紛れもなく、夫婦そのものだ。

二人が去った部屋には、鎖で繋がれぐったりとした夏南の姿だけが残されていた。



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