六 光蝶の夢
気付けば、俺は暗闇の中にいた。
何故こんな真っ暗なところに放り出されているのか解らなくて、辺りを見回してみる。
だが暗闇は泥のように深く、前後左右どころか上下の感覚さえ掴めない有様だった。
手探りで暗闇を進もうとするが、進んでいるのか後退しているのかも解らなくて、俺は途方に暮れて立ち尽くす。
だが、闇が支配する俺の視界に、一条の光が見えた。
それは「蝶」の姿をしていた。ひらひらと暗闇に光の蝶が舞う。
全く気まぐれに飛んでいるように見えて、その実、光の蝶は俺の気を引くように目の前を行き来している。光の蝶が「ついてこい」と言っている気がして、俺はその蝶に導かれるように暗闇を歩き始めた。
しばし、俺は蝶を追ってふらふらと歩む。蝶もわきまえているかのようにゆったりと飛んでいた。
だが、あるとき蝶は何かに気付いたかのように急に進む速度を速め始めた。
「……!」
蝶がそのまま自分の手の届かない何処かへ行ってしまうのではないかと懸念した瞬間、蝶はふわりと地面へと吸い込まれるように舞い降りてとまった。
とまってくれたことにほっとして、その蝶に近づこうとした俺は、しかしぎくりとしてたたらを踏む。
光の蝶がとまったのは、地面などではなかった。
蝶の光にぼんやりと照らし出されたのは、あの時の「ジョン・ドゥ」と名乗った少年の顔だった。髪に髪飾りのようにとまった光の蝶が、倒れている彼の表情を暗闇に浮かび上がらせているのだ。
その表情は目を閉じていて一見穏やかに眠っているようにも見える。
だが、俺は胸がざわめくのを感じて少年の元へと駆け寄ると、彼の肩に手を掛けた。
ぐにゃんとした力の入っていない身体。生命力の欠片も見えない顔色。
俺は一瞬で理解する。彼はもう――。
その場でがくりと四肢を地面に突くと、俺はそのまま額を地面に擦り付けるように頭を抱え込み、悔しさに唸り打ちひしがれた。
何故だ。何故俺は彼を守ってやれなかった? どうして……!
どうして、またこんなことになったんだ!?
「――――い」
「……?」
不意に、微かな声が聞こえた。俺の唸り声でも、その反響でもない声。
驚いて顔を上げた俺の目に映ったものは、いつの間にか目を開いてこちらを見ている少年の姿。生きていたのかと喜びそうになったのもつかの間だった。その目には生気はなく虚ろで、とても生きている者の目ではなかった。
だが、それでも少年の目はぎょろりとこちらを見つめ、そして口を開く。
「おまえ、ハ、むりょくだ、」
その口からぼろりと溢れた俺を罵る声は、少年のものではなかった。がらがらに嗄れてしまってはいるが、若い女性の声なのだろう。酷い声だが、その言葉尻の響きに、俺は強烈な聞き覚えを感じた。
「むりょく、むりょく、むりょク、なにもできナ、い――」
少年の表情は全く変わらないのに、けたけたと笑う声がしてぞっとする。だが、それ以上に俺の必死の努力を笑われた気がして、俺はたまらず唇を咬んだ。
俺はあの時から公私を費やして周りの人を守ろうとしてきた。それなのに、どうしてよりにもよって、その声でそんなことを言うんだ。
「……やめろ、やめてくれ!」
「おまエはダレもスくえなイ。ワタシを……チョウを……チョウ……コを……すクうことガでキナかったよウに……」
「やめてくれっ、蝶子!!」
自分で自分の肩を抱いてがたがたと震えながら、俺は叫んだ。
蝶子……蝶子……蝶子ッ!
叫ぶ度に、俺は闇に沈む。ずぶずぶとぬかるむ闇に、俺は取り込まれようとしていた。