第6話 ようやく始まりました
5話の続きになります。
「そうですか。 日本というのはすごく平和でいい国ですね」
「まぁでも他の国とかだったら小さな争いもあったりするし、争いが無いってわけじゃないんだけど」
「ええ、そうでしょうね。 人と人が違うように、争いが無くなる事はないでしょうから。 それでも命の価値が低いこの世界より遥かに平和だと思います」
「命の価値が低いという事は……。 戦争があったりするんですか?」
「そうですね……。 ここアルベイグ大陸にはいくつかの大国と小国があります。 そのうち私達が今いるのがセルライン王国です。 他にもグンヴェイン帝国と聖国キリシュハイトがあります。 他にも様々な小国がありますが今はいいでしょう。 大国が3つに小国が複数があり、今でも小さな領土争いが絶えません。 それだけならばよいのですが、この大陸には人以外にも様々な種族や魔物が存在します」
「人以外の種族ってのはエルフとかドワーフとか存在するんですか?」
「そこは覚えてるのですね。 数は人より少ないですが、エルフやドワーフも存在しますよ。 他にも獣人やごく少数ですが妖精もいます。 こう様々な種族の違いで価値観等も変わりますし、簡単にはいかないでしょう。なによりも厄介なのが魔物の存在です」
「魔物ってのはこの前のゴブリンとかですよね?」
「えぇ、そうです。 他にも様々な種類の魔物がいますが、何よりも彼等は凶暴かつ残忍。 男は食料に、女は孕み袋にされます。 我々知性ある生物にとっての天敵みたいなものです。 一体いつから存在してるのか、何故魔物なんて悍ましい存在が世界に蔓延っているのかは神のみぞ知るということでしょう」
「よく人は生き残ってますね」
「えぇ、我々には知識が。 何よりもソールがありますから」
「ソール?」
「えぇ、理由は分かりませんが、魔物を倒す事で一定のソールが体内に吸収されます。 人にもよりますが、ある程度貯まると強くなるのです」
それって経験値というやつでは? えっ待って、じゃあ俺もソールというのを手に入れれば強くなり、モテモテに……。
「何変な想像をしているのですか。 一体どんな事を想像してるのかなんとなくわかりますが、世の中そんなに甘くないですよ」
「えっ……」
「確かに魔物を倒すとソールが手に入りますが、どれぐらいのソールを手に入れれば強くなるかは分かりませんし、なによりもある程度強くなってしまえば、ソールが手に入らなくなります。 簡単に言うなら弱い者イジメをしても強くはなりません」
「はぁ……」
まぁそんなことだろうと思ったよ。 だったら今頃ゴブリンとか滅んでそうだし、魔物なんて絶滅とかしてそうだ。
「強くなり続けるにはもっと強い魔物と戦わないといけませんが、当然強ければ強い程魔物の攻撃も苛烈になりますし、命の危険度が増します。 そんなわけで、余程の命知らずでなければある程度強くなった所で満足してしまうのです。 みんな命が欲しいですからね」
だよなぁ……命と強さを天秤に掛けるなら誰でも命を選ぶだろう。 誰だってそうするし、俺だってそうする。
でもそうなると強い魔物が減らないから人の生存が危ういのでは?
「えっと聞きたいことがあるんですけど……」
「なんですか? あと無理して敬語を使わなくてもいいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて。 魔物とかの事は大体わかったけど、じゃあ強い魔物とか減らないからいつか魔物に攻められたりするんじゃ?」
「そこは例外がありますがなんとかなっています。」
「例外?」
「そこは今の所無視してもらって大丈夫です。 魔物というのはまったく知識が無いというわけではありませんし、種族事にテリトリーがあるようです。 人が多くいるこのような街には無闇に近づいて来たりはしません。 それに各街には冒険者ギルドがありますから」
出た出た冒険者ギルド! 異世界の定番だよな。
「魔物の素材は我々の生活には欠かさないものになっています。 何よりも強い魔物の素材は希少ですし、高価に取引されています。 強ければ強い魔物の素材程その価値も高くなるので、当然冒険者は強い魔物を狙いますし、ギルドも高値で買い取ります。 そのような形で人と魔物の関係は現在に至るという事です」
「なるほど、勉強になったよ。 ありがとう」
「えぇ、この程度問題ありません。 それにこれぐらい子供だって知ってる事ですから」
俺の知識は子供以下って事だよね。
分かってた事だけど結構キツイ。 もっとこの世界の事をよく知らないとこれからが大変になるだろう。
「それで、ハルトは今後どうするのですか?」
「ん〜。 方法なんてこれっぽっちも検討つかないけど、日本に戻りたいなって。 それぐらいしか今の所思いつかないな」
「戻る方法が見つからなかったら?」
「その時はその時だよ。 日本に戻る方法を探しながら、この世界で生き残るためにもっとこの世界の事を知りたいし強くなりたい。 そしたら、例え戻れなくてもこの世界で生き残れそうだしね」
「貴方はすごく前向きなんですね」
「ん~前向きというか諦めというか。 どうやってコッチに来たかもわからないから戻れるなんて保証が無いんだよね。 日本に戻る事へ拘って後ろを向くよりも、今よりもっと幸せになれるようにした方がいいかなって」
「そうですか……。 もし、もしですよ。 日本に戻る事ができたら……私も連れて行ってもらえますか?」
「レティシアさんを?」
「はい。 貴方は私の事をこれっぽっちも知らないでしょうし赤の他人だと思っていると思います。 自分で言うのもアレですが、頭のおかしい女だと思ってるだろう事も承知しています。 それでも……それでも貴方を失うのはこれ以上見たくないんです。 貴方がこの世界から去るのであれば私も連れて行ってくれませんか? ――いえ、忘れてください……」
その顔はすごく真剣だった。 レティシアさんが過去に何があったのかは知らないし、俺にクレシュという弟と重ねてるのだろうと思う。
そんな頭のおかしい女が連れて行って欲しいと言っても普通なら拒絶か関わろうとしないと思う。
だけど、俺は拒絶する気持ちがこれっぽっちも無かった。 それどころかその真剣な顔を心の中で涙を流す姿を見たくないと思ったし何故か心からこの人を信じる自分がいる。
彼女にこれ以上涙を流してほしくないし、いつまでも笑顔でいてほしいと自然に願っている。
あぁ、俺はこの人に恋をしたんだろう。 自分を別の誰かと重ねて見ていても、それでも自分を見てほしいと傲慢にも思ってしまったのだ。
「俺はこの世界の事を全然知らないし、 記憶喪失なのかどうかも分からないし強くもない。 もしかしたら俺はレティシアさんの知ってる人とは別人かもしれない。 それでも、そんな俺でも一緒でいいの?」
「えぇ、世界の事はこれから知っていけばいいし、強くなっていけばいい。 貴方は確かにスティグマをその右手に宿してるし、その姿や声は弟そのものよ」
「でも俺は……」
「えぇ、貴方は弟とは別の存在かもしれないし、例え同じ存在だったとしても記憶が戻らないかもしれない。 それでも貴方と――いいえ、ハルトと一緒がいいの」
「俺の方こそ……この世界でひとりぼっちの俺と一緒に居てくれないですか?」
そっと手を前に出すと彼女は俺の手を優しく握ってくれた。
「改めてよろしく。 俺の名前は天城 春斗」
「私は――私はレティシア・ヴァレンシュタイン。 これからよろしくね、ハルト」
「よろしく、レティシアさん」
「そこは『お・姉・ち・ゃ・ん』でしょ」
「はは。 よろしく姉さん」
こうして俺達姉弟の旅は始まった。
いつかエルフとかドワーフとかフェアリーとか多種族も仲間にしてみたいですね。
※気が早い