第5話 貴方はクルシュですか?いいえ、ハルトです。
ちょっと長いので2話に分割します。
2話目は水曜日です。
翌朝、ぐっすり寝たのもあり快適だ。
あれだけゴブリンに蹴られ踏まれたりされていたが、支障がない程度に少し痛みがあるぐらいまで治っていた。
「俺の身体ってこんなに丈夫だったっけ?」
まぁ動けないよりはマシである。
そんな事よりも俺の服だ。 現在パンイチで着るものがない裸族そのもの。
この際だからあのピーターパンのコスプレでも何でもいいから服が欲しい。 じゃないとここから出れないし風邪をひいてしまう。
そんな事を考えるうちに誰かがドアを叩かれる音がした。 俺が返事をするまでガチャっと音が鳴り、レティシアさんが入ってくる。
「キャーー!」
「キャーー! だなんて男性のクセに何情けない声を出しているのですか」
今の俺にプライバシーなんてものは無い。 男性でも『キャーー!』と叫んでもいいはずである。
パンツだから恥ずかしいもん!
「はぁ、馬鹿な事でも考えていますね。 そんなことより、着ていた服はこちらで縫い直してあげました。 風邪をひいてしまうので早くこちらに着替えなさい。 それとお水と布を用意しておきましたので、これで汗でも流しておきなさい。 姉さんは先に食堂で待っていますから」
そう言い残して部屋から出ていくレティシアさんを引き止めた。
「ちょっちょっと待って!」
「どうしました? まだ姉離れできていないのですか?」
「いやいや、弟離れできてないあんたに言われてたくないわ! じゃなくて……その――ここってどこですか?」
「ここはカリスという街で今私がお世話になっている『ハニーベア』という宿になります。 詳しい話は用意ができましたら一階の宿で話しましょう。 あと、姉に『あんた』とは何ですか。 後でお説教です」
とプリプリしながら部屋を出ていった。
「はぁ……朝から嵐のような人だな。 さて、怒られる前にさっさと用意しますか――もう遅そうだけど」
身体もサッパリし、例のコスプレ服に着替えたので食堂に向かうことにした。
1階と言ってたので階段を降りてみると、すぐ右手側にあった。
食堂に入るとレティシアさんは左奥のテーブルに座っている。 窓を見ながら考え事をしており、まだこちらに気づいてないみたいだ。
声を掛けようと移動すると、山のようにデカい男に声を掛けられた。
「ちょっと待ちな、あんちゃん」
「え?」
「お前さんレティシアさんの弟だってな。 本当見つかってよかったぜ」
「え? あっいや……」
「俺はこの宿の店主をやってる名はベイグってんだ。 よろしくな!」
この宿の店主!? ハニーベアって言うからてっきり可愛い女将さんみたいな人がやってると思ってた……。
「はっ始めまして、天城 春斗と言います。 気軽にハルトと読んでください」
「あまぎ……はると? 変わった名だな。 苗字が違うって事は義理の姉弟か?」
「あっいや……ちが」
「あぁ、ワリィ。 勝手に他所の事に首を突っ込んじまってよ。 お詫びってわけじゃねぇんだが……ほれ、これ持っていけ」
「これは?」
「作った朝食のあまり物でサービスだ。 つってもおめぇさんのためってわけじゃねぇぞ。 いつもレティシアさんには世話になってるからな。 いつも仮面のように貼り付けた顔をしていた人が、おめぇを担いで帰って来た時には驚いたもんさ。 今まで仮面のような顔をしていた女がいきなりクシャクシャにした顔で帰ってきたんだぜ、驚くってもんよ」
「へ~。 それで?」
「それでよ……っと! 姉さん気づいたみたいだぞ。 早く行ってやんな」
そう言ってベイグさんはニッコリと笑いながら俺の背中を一発叩いて厨房の方へ歩いていった。
どれだけの馬鹿力で叩いたのか、背中がすごく痛い。 無茶苦茶ヒリヒリする。
俺は背中を片手で抑えながらレティシアさんが座っているテーブルに腰掛けた。
「これ、ベイグさんから」
「あらまぁ! 後でお礼を言わないと」
と口の前で両手をポンっと叩きながら笑顔にする。 凛とした中でこうした笑顔は強烈に俺の童貞心を擽る。
何で俺はこの人に恐怖をしたのだろう。 危険を顧みず、颯爽と駆けつけ、助けてくれたその姿が強烈に脳へと刻み込まれている。
恐怖? 今ではむしろその姿カッコイイとすら思っているし何よりもすごい美人だ。 見ず知らずの人間を助けるその姿に俺はチョロインと呼んでもらっても構わない程に一目惚れをしたのだ。
「ほら。 ぼーっとしてないで食べますよ。 早く席に付きなさい。 ――それでは」
「いただきます「主よ、今日も命の恵みを糧に祝福を」」
「はぁ……。 まぁいいです」
そうため息をつき、何か残念な者を見たかのような顔をされた。
解せぬ。
食事はちょっと硬いパンに野菜や何かの肉がが入ってる素朴なスープ。 悪く言えば薄いと言うべきなのか何か一つ足りない。 あとは新鮮なサラダという組み合わせ。
日本の食事が早くも恋しくなったが、まぁ味は悪くない。
会話が無いまま黙々と食べ続けるのでちょっと気まずい……。 そんな気まずい食事時間も黙々と口を動かし続ければ終わりがくる。
「ごちそうさまでした「……」」
何故かお祈りをしていた。 これは現地の作法か何かなのだろうか。
俺も真似した方がいいのだろうか?
「別に真似する必要はありませんよ。 『ごちそうさま』というのも何処かで貴方が学んだ感謝の印か何かなのでしょう。 であれば改める必要はありません。 その心が大事なのです」
「まさか俺の心が読めるの?」
「顔と行動を見てれば分かりますよ」
そんな顔に出やすい男だっただろうか。
あれ、まさか中学・高校生時代で女子から偶に嫌な顔をされたのは、もしかしてエロい事を考えているのがバレていたのでは? そう思うと恥ずかしくなって死にたくなってくる。
「馬鹿な事を考えてないで、そろそろお話しますよ」
「はい……」
「じゃあ何故クルシュはロータス平原でゴブリンに追いかけられていたの?」
「ロータス平原?」
「そんなことも忘れてしまったんですね。 まぁいいです。 続きを」
「えっと……気がついたらロータス平原? という所で目が覚めて――」
そこから俺が何時間も飲まず食わず歩き、ゴブリンに出会ってからレティシアさんに出会ったまでの事を語った。
「なるほど……。 ですが、武器も持たずに石を投げるのは関心しません。 死ぬ気だったのですか?」
「ごめんなさい……。 あの時は気が動転してて――って言い訳にもならないですね。 以後気をつけます」
「はい、理解できればよいのです。 馬鹿な真似をして命を捨てる必要はありません。 では次に覚えてる範囲で構いません。 クルシュ……いいえ、ハルトの事を話してもらえますか?」
「今ハルトって……じっじゃあ信じてくれるんですか!?」
「落ち着きなさい、それに信じたわけではありません。 ですが貴方は嘘を言ってる様には見えません。 それに――昨日貴方が口にした日本という所の事も気になります。 あの時は気が動転し、妄想でも見たのだろうかと思っていましたが、きょうの様子を見る限りはそう見えないですし、続きをお願いできますか?」
「はい! えっと日本というのは――」
俺は日本という国の事を話した。 科学という発展した技術があり、ゴブリン等の化物もなく平和な国だという事を。
そして自分が今までどういう人生を生きていたのかを。
信じてもらえないだろうなとは思ってるのだが、黙って俺の話を聞いてくれるただそれだけの事が今の自分にとってすごく心地かった。
あとメインヒロインはベイグさんだ。いいね?