第22話 決着
「これで終わりだ。 エアリアルブレード!」
振り下ろした剣から魔力は風の刃となり、一直線に地を削りながら瓦礫の山へと向かっていく。
地を削りながら進む真紅の光となった風の刃は瓦礫の山を飲み込み、男の姿もろとも消し飛ばしていった。
直撃した風の刃は瓦礫の山も吹き飛ばし、轟音を鳴らして周囲に砂塵が舞う。
「はぁ……はぁ……」
轟音が鳴り終わり、周囲を覆い隠していた土煙の中に薄っすらと立ち上がる男の姿が見える。
「そっそんな……」
魔力も体力も底を尽きかけているのが分かる。
俺の全力全開。 自分でも今の力を出せるとは戦う前は想定もしていなかった。
だからこそこの力があればこいつを殺せると思っていた。
血も肉も記憶も俺の全てを差し出すと誓って、縋って、手に入れたこの力を使っても、この男を殺す事は叶わなかった。
絶望が見える。
煙越しだが、男の背後から二翼の翼のようなものが飛び出て砂塵を強引に拭い去る。
砂塵から姿を現した男の姿はボロボロだった。 体中に傷があり、左手も肩から無く、頭からポタポタと血が流れ落ちている。 髪はボサボサで、日本の足で立っているのが奇跡に見える。
しかし男は笑っていた。 笑ったまま体を右の方へ傾けると、左肩の肉が盛り上がる。 盛り上がった肉はグチュグチュと音を鳴らして手の形になっていく。
「再……生しただと……!?」
肉の色が青白い色に変化し、男の左腕は初めから斬り落とされていなかった様に元に戻る。
それだけではない。 よく見ると長い爪は鳴りを潜めているが、両腕が今までより一回りか二回り大きくなっていた。
男は体制を元に戻すとダラリと両腕を前に垂らして獣の様に上半身を屈める。
すると――。
「は……?」
前方の方にいた男の姿がかき消えていた。
いつの間にか消えた男は俺の目の前に現れている。
前に垂れる長い髪の隙間からニタリと笑う口が見えた。
「モット……モットモットモットモットモットモットモットモットモットモット!」
狂ったように同じ言葉を話しながら、こちらに顔を向けると、腹部へ急に痛みが襲ってきた。
「ガハッ!」
いつの間に攻撃していたのか、男の右腕が俺の腹部に突き刺さっている。
衝撃で血が混じった胃液を口の中から吐き出してしまう。
睨みつけるが、男は興奮しているのか狂気に満ちた目を向けて俺の左肩を殴ってくる。
体からバキッっと嫌な音が鳴り響いた。
「ぐぁぁぁぁ!」
あまりの痛みに叫んでしまう。
俺は痛みを歯で食い縛りながら我慢してこちらも剣で反撃する。
俺の剣は男を斬り裂いた。 しかし痛みを感じていないのか、それともその痛み自身も求めているのか、男は止まらずに横っ腹や右肩、左右の頬に何度も殴り返してくる。
何度も何度も何度も何度も何度も殴ってきてはこちらも反撃を繰り返す。
幾度応酬を繰り返したのだろう。
永遠と続いてるような感覚に追われ、ついに俺も限界が来てしまう。
額に衝撃が走り、俺は後方へと吹き飛ばされる。 男はすぐに俺へ詰め寄って仰向けになった俺へと馬乗りになる。
何度も何度も何度も殴られていく。
俺の心の中は憎しみで溢れていた。
俺は怒りに溺れていた。
エルも守れず、姉さんも守れず、スティグマに縋って力を手にしても届かない。
自身のあまりの弱さに怒りで心がどうにかなってしまいそうだ。
意識が遠のいていく。
何度殴られたのだろう、いつしか攻撃は鳴り終わり、微かに動くまぶたを開けて男を見る。
男は両手を握りしめて上に振り上げている。
このまま力いっぱい振り下ろされると、俺の頭はトマトのように潰れてしまうだろう。
届かなかった。
今の自分を全て捧げようとスティグマに祈り、力を求めたが届かなかった。
何も与える事はできず、何も守る事はできず終わってしまうのだろう。
足も腕も頭も何一つ動かせる体力はもう残されていない。
絶望が目の前に迫っている。
ここで終わるのかと思うと悔しさが込み上げてきた。
男はもう我慢できなくなっったのか、その大きな両腕を握りしめ、拳という名の殺意を振り下ろそうとした。
男の拳が俺に当たろうとしたその時、第三者の声で男の腕がピタリと止まる。
「インサニア様、時間になります」
ぼんやりとした目を声のする方向へ向けると、この場にそぐわないメイド服を着た女性が立っていた。
「それ以上はまずいかと……諫言致します」
「――ソウ……だ……そうだ」
インサニアと呼ばれた男は俺の上から立ち上がると、狂気が去ったのか、腕の大きさも元に戻り、翼もいつの間にか消えていた。
「助かったよモルス」
「有難きお言葉」
冷静さを取り戻したのか、名残惜しそうに立ち上がる。
男の腕のサイズは元に戻っており、翼も消えていた。
体中の傷も塞がっており、ボサボサになった髪を片手で掬い上げながらこちらの方へ顔を向けてくる。
「スティグマの持ち主よ……いや、ハルトと言ったかな? また逢おう。 今度はキミから逢いに来てほしいな」
最愛の恋人に一時の別れを告げる様な顔をして、インサニアとモルスと呼ばれた女性は深い闇の奥へと消え去っていった。
静寂が訪れる。
俺は……俺は生かされた。
土が爪の隙間に入り込もうが気にせず拳を強く握りしめる。
負けた。
完全に負けた。
全てを捧げても届かなかった。
守れなかった。
何も出来なかった。
ただただがむしゃらに足掻いたが駄目だった。
俺の血も、肉も、人生も、経験も、想いも全てが塵芥の如く踏み潰されたのだ。
眼の前が雫でぼやけていくと同時に意識が薄れてきた。
意識が落ちる寸前、微かに複数の足音が聴こえる。
エヴァンズ達か?
少し遠くから俺達を呼んでる様な声がする。
そう思うと安心してしまったのか、涙に濡れた目を瞑り、俺は電源が切れた人形の様に意識を失っていった。
多分次回はエピローグです。
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