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第20話 諦めた果てに

 右手のスティグマが光り輝いてその名と詠唱文の存在を俺に示す。


「『レティシア・ヴァレンシュタインの名において彼ノ者に終焉の輝きを燈さん! アウラ(新たなる)ノヴァ(終焉の)フィーニス(輝き)』!」


「『クレシュ・ヴァレンシュタインの名において彼ノ者に翠緑の輝きを燈さん! アウラ(新たなる)ノヴァ(翠緑の)ウィリディス(輝き)』!」


 俺と姉さんは同時に両腕を振り下ろす。 振り下ろされた光と翠緑二本の柱は混じり合って一つに溶け合う。


 溶け合った光り輝く翠緑の柱は奔流と共に男の全てを飲み込んでいった。


 一つの大きな光線となった光輝く翠緑の柱は男を飲み込んで、壁をも飲み込み崩壊させていく。


「「はぁ……はぁ……」」


 俺も姉さんも満身創痍だ。


「くっ……」


「姉さん!」


 姉さんも魔力が尽きて、ついに膝を地につけてしまう。


 『フォレストクイーン』との休みがない戦闘で、魔力も体力も限界に近いのだ。


 そんな俺もスティグマの力を使って魔力の消耗がかなり激しい。 これ以上の戦闘はできれば避けたい。


 男がいた方向を見ると、俺と姉さんのスキルで壁は崩壊しており、瓦礫となって崩れている。


 例え俺と姉さんのスキルで倒せてなくても、ここまで瓦礫が崩れてしまっては生きてはいないだろう。


「やっ……やったの!?」


 おいエル、それは言ってはならないセリフだぞ。


 俺がエルに意識を向けている間に瓦礫の方から音がした。


 ガラリと崩れる音がする。


 瓦礫の中から男の手が伸び、顔を晒して立ち上がってくる。


 ほら、言ったじゃん。 『やったか!?』とか『やったの!?』とか言っては駄目だって。


 立ち上がった男の方へ顔を向けると、衣服ははボロボロになっている。 姿を隠していたフードは無くなり、上半身の衣服も消えており、ガッシリとしつつも引き締まった上半身をさらけ出している。


 下半身まで流石に真っ裸というわけではなく、所々破れていたり、片方の膝から下が無くなっていたりするが、大事な所はきちんと隠れている。


 しかし、体の方はどこにも傷が見当たらず、血の一滴すら落としていなかった。


 俺と姉さんの攻撃を直撃しても、傷一つすら与える事ができないなんて……。


「はぁ……はぁ……。 あぁ――いいぞ……いいぞスティグマの持ち主よ。 この苦しみも痛みも……全て全て! あぁ……私の心を満たしてくれる……果ててしまいそうだよ」


 男は笑いながら涎を垂らし、目は血走っている。 どう見ても正常とは思えない。


「この変態野郎……」


「貰ってばかりは駄目だね。 そう、駄目だよね。 私ばかり気持ちよくなっては……これではただの自慰行為だ。 私からもキミに何か――そうだ!」


 男はニヤリと笑うと体制を低く屈め、足に力を入れている。 男の足が地面にめり込み、地鳴りが起きる。


 すると突然土煙を纏った強い風が俺の方に吹き荒れて視界を覆う。


 あまりの強い風にたまらず目を瞑って両腕で顔を覆う。 吹き荒れた強い風が弱まったのと同時に目を開けると、先程までいた男の姿が無かった。


「――は?」


 嫌な予感がした俺はエルがいる後方へ顔を向けると、横たわるエルに向かってサッカーボールの様に蹴り上げる男の姿が写った。


「きゃぁぁぁぁぁ!」


 男に蹴り上げられたエルは魔力が尽きて倒れていたのもあり、対した抵抗もできず男の乱暴な蹴りに当たってしまう。 身体はボールの様に飛んでいき、壁に身体を強く打ち付けて吐血する。


「カハッ!」


 そのまま身体がズルズルと崩れ落ちて倒れてしまった。


「――エル……エルゥゥゥゥゥ!」


「どうだい? スティグマの持ち主よ」


 魔族の男は悪びれた様子もなく、愛しい人にプレゼントを上げた時のような顔をこちらに向けている。


 エルは口から血を吐き出して倒れており、意識を失ってるようだった。


「てめぇ……てめぇぇぇぇぇぇぇぇ! エルに何しやがる!」


 俺は『アクセル』を全力で使って男の方へ向かう。


 剣を両手で持ち、全力で振るい下ろす。 続けて横薙ぎに、逆袈裟に斬りつけようとするが一向に当たる気配はない。


 男は余裕があるのか恍惚した表情をしながらこちらの攻撃を避けていく。


「あぁ……いいよいいよ! その表情! 私にだけ向けてくる怒りや憎しみと言った表情! あぁ! 最高だよスティグマの持ち主よ。 もっと……もっとその感情を――キミの全てを私に!」


「うるせぇぇl てめぇにやれるもんなんて何ひとつねぇよ!」


 剣を振り続けるのだが、先程のスキルで魔力も体力も持っていかれていて、確実に力が落ちていた。 それでも、それでも俺はここで……。


「折れるわけにはいかねぇんだよ!」


「いいねぇ……いいねぇ! その必死な表情! でも……折れた表情も見てみたいな。 そろそろ私からも攻めてみるとしようか」


 男は俺の逆袈裟の攻撃を避けると。


「隙だらけだよ」


 と口にして俺の身体を蹴りつけてきた。 逆袈裟をしていて両手が上に上がっており、男の足が俺のお腹へ吸い込まれるていく。


「ガハッ!」


 俺は口から胃液を吐き出しながら後方へ何度も跳ね返りながら転がっていく。


「ぐっ……」


 先程の男の攻撃で肋の骨にヒビでも入ってしまったのか、動くと激痛が走る。


 それでも俺は立ち上がらなくてはいけない。 一撃でもいい、一太刀でもいい、この男に苦痛を味あわせたい。


 剣を地に突き立て、杖のようにして俺は立ち上がる。 こんな所で負けてられないんだ。


「その表情……表情いいねぇ……いいよ! もっと……もっともっともっともっと!」


 男は乱暴に長い爪で俺の身体を斬り裂いていく。 左肩からお腹の方まで斜めに斬り裂かれ、傷口から血が吹き出していく。


「がっ!」


 反対方向にも傷をつけたいのか、今度は俺の右肩からお腹の方へ爪で斬り裂いていく。


「ぐぅっ……」


「もっともっともっともっと!」


 男は狂ったように繰り返しながら、俺の全身をその長い爪で何度も斬り裂いていく。


「ぐわぁぁぁ!」


 そして俺の左肩へ黒くて長い爪を五本全てを根本まで突き刺した。


 男は突き刺した五本の長い爪をゆっくりと引き抜いていくと、引き抜かれた爪から血が滴り落ちるそれを大事そうにゆっくりと一本一本舌で舐め取っていく。


 男は突然ぶるりと震えて恍惚した表情から笑顔に変えて瞳を上にあげている。 よく見ると男の下半身は山のように膨れ上がっていた。


 そんな男の姿を見て、俺は痛みと苦しみと自らの弱さに吐き気を催してきた。


「暖かい……暖カくて気持ちィィナァ……。 キミのお腹はモっと暖かいノだろウか? 気になるなァ……」


 男の口調が少し変わっていて、より狂気に満ちた姿は獣に見えた。 今この男がどんな思考をしているのかはわからないが、それでもこの男が今やりたい事はわかる。 その長い爪で、その手で俺の腹を貫きたいのだろう。


 ここまでの記憶が蘇る。


 ゴブリンに殺されそうになった時。


 そのゴブリンを救い出してくれた女性。


 俺に戦い方を教えてくれた女性に。


 俺に世界の常識を教えてくれた女性に。


 俺と一緒に大きな魔物と戦ってくれた女性を。


 俺に強い光を魅せてくれた女性を。


「ア……アァ……アァ!」


 男は我慢できなくなったのか、右手を大きく開き、その爪を突きつけてきた。


「姉さん……ごめん……」


 いつしか俺は『姉さん』、レティシア・ヴァレンシュタインの顔を思い浮かべていた。


 世界の全てがゆっくりに動く。


 男の手が俺の腹を臓物を味わおうと激しく突き動く動作を。


 長い爪が俺のお腹に当たる寸前、誰かに突き飛ばされた。


「姉さん、何して――」


 そして見てしまう――男の爪が、右手が、()()()()()()()()()()()()()

戦いで絶対にやってはいけないことは、諦める事。



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