第2話 んん!? 今『何でも』って言った?
ハルト君、初めての対人戦闘をするの巻
場所を移して俺は今冒険者ギルドに来ている。
何故かと言うと、あの忌々しい変態糞エルフに喧嘩を売られたからである。
「あらっエルネストさんにハルトさん。珍しい組み合わせですね、本日はどのような件で?」
「訓練所を貸してほしいのよ」
「訓練所ですか? 少々お待ち下さい」
と我らが冒険者ギルドの美人受付嬢エミリ嬢は何やら資料を見ている。
「え〜っと……。 今なら誰も使ってないようですので大丈夫ですよ」
「ありがと。 こっちよ」
とエルネストの案内の元、円形状の広い所に来た。 木製の剣や槍に短剣といった訓練用だと思われる武器がいくつも並んでいる。
「ここで勝負よ。 武器はあんたの得意な物でもなんでもいいわ」
「へ〜選ばしてくれるんだ」
「当たり前でしょ。 あんたが負けた時に言い訳なんてされたくないし」
「言ってくれるじゃん」
俺は1本の木剣を手に取って状態を見る。 折れそうな所もなく、きちんと手入れをされてるようだ。
エルネストの方を見ると弓を選んでるようだ。 エルフといったら弓が得意なイメージがあるが、こっちでもそうなのかな?
「お前弓でいいのかよ」
「えぇ、私の得意武器は弓だもの」
「こっちは剣だぞ? 避けられたらお前の負けだぞ?」
「あらっこっちの心配してくれるなんて余裕じゃない。 私の方こそ、訓練用だからと言って当たったらすごく痛いんだから。 降参するなら今のうちよ」
「おうおう、言うじゃねぇか。 お前こそ負けて後悔するんじゃねぇぞ」
こっちも睨みつけながら言うのだが、なんて三下みたいなセリフなんだろと自分でもちょっと思う。
お互い訓練所の丁度中央に移動すると。
「っで、勝敗はどうやって決めるんだ?」
「どちらかが降参するか、もしくは気絶したら負けでいいわよね?」
「おう、いいぞ。 それで勝ったらどうするんだ?」
「そうね、私が勝ったら……あんたはお姉さまとパーティーを解散しなさい。 その変わり、貴方が勝ったら何でも言う事聞いてあげるわ」
「何でも……か。 いいんだな? それで」
「えぇいいわ。 聖樹と精霊王様に誓って」
お互い一歩二歩と距離をとっていく。 眼視になるが、ざっと10メートル程だろうか。
俺は剣を構えエルネストを見る。 相手も弓を振り絞って準備は完了のようだ。
いつもの様に『気配察知』で五感を研ぎ澄まし、いつ射られてもいい様に神経と尖らせる。
お互い言葉は交わさない。 左足を1歩前に踏み出したその時、弓を引き絞ったその右手を離したのが見えた。
『アクセル!』と心の中で唱えて加速させる。 世界が自分を置き去りにしたのか、それとも自分が世界を置き去りにしたのか、視界の全てがスローモーションになる。
俺は体だけを横に向けて『アクセル』を解除すると、世界の加速も元に戻り、射られた矢が真っ直ぐ俺がいた所を通過する。
相手とはわずか10メートル。 走れば数秒で相手に接近できるだろう。
通過する矢を見届ける前に俺は前へと駆けていく。 木剣を上段に構えて間合いに入った所で俺はその腕を振り下ろした。
エルネストは弓を両手で持ち、こちらの攻撃を防いでいる。
相手は異種族とはいえ女性だ。 男の俺の方が力が強いだろうし、ここは強引に力でねじ伏せる!
「ここまで詰めれば弓を射る隙もないだろ。 降参してもいいんだぜ」
「はぁ? 弓使いが接近されただけで何も出来ないと思わない事……ね!」
と言い終わると同時に、俺の木剣を横に反らす。
「くっ」
反らされた反動で体が後ろに仰け反ってる間に、エルネストは体を半回転させ右足で蹴り飛ばしてきた。
「ぐぁ!」
なんとか左腕で防ごうと思っていたのだが、細い手足のどこにそんな力があったのか、左腕から嫌な音が響いて俺は吹き飛ばされ地面に転がっていく。
は? 人を回し蹴りで吹き飛ばすとか何処にそんな力があるんだよ。 まさにゴリラじゃねぇか。
しかも左腕を動かしたらすごい痛いし、少しヒビが入ってそうだ。
「地面とキスなんて情熱的じゃない。 最初の威勢はどうしたの?」
「言うじゃねぇか、そっちこそ細い手足のクセして力はゴリラか?」
「ゴリラが何かは分からないけど、馬鹿にしてるのは分かったわ。 次で決めてあげる」
俺は両足に力を入れてなんとか立ち上がる。
「『次で決めてあげる』ね……。 それはこっちのセリフだ。 今の俺の全力をお前に見せてやるよ」
「それは……楽しみ……ね!」
エルネストは最初の頃と変わらず、矢を真っ直ぐこちらに向かって撃ってくる。 真っ直ぐ向かうなら避けるのは簡単だ。
それにもうその手は見た。
俺は相手に近寄らず、一定の距離を保ったままグルリと周囲を走る。 当然エルネストも俺に向かって矢を撃っていくがそのたびに『アクセル』を使用して避けていく。
「ほらほらどうした? 真っ直ぐ撃つしか取り柄がないのか?」
「ちょこまかと鬱陶しいわね……それなら!」
エルネストは弓を上に向けて矢を引き絞っていく。
「は? お前どこに向かって撃って……」
と言い切る前に頭上へと構えたまま『風の精霊シルフよ、疾風と為りて我が仇敵を穿ち貫け!』と言い放ち矢を放った。
放った矢は空へ高く飛び上がり、そのまま放物線を描きながら落ちていくと思っていたのだが、物理法則を無視して速度を増しながら意思でもあるかのようにこちらに向かってきた。
「なっ!」
避けられないと思い、とっさに木剣を両手で持ちその矢を防ごうとする。
「なんだこれ、止まらないどころかより速度を増してやがる!」
矢を受け止めている木剣にピシッと異音がする。 やばいこのままじゃ折られる!
とっさに上に受け流そうとするが、どんなに修正しようとしても矢に意思があるみたいに方向を修正してくる。
「当たらないと止まらないなら!」
俺は体を左に反らし、矢を左肩で受け止める。
「がぁ!」
いくら訓練用の矢と言っても、エルネストが放った強烈な矢は余程の威力があったのだろう。 俺の左肩を強く打ちつけ左腕が上がらなくなる。
俺の体はそのまま矢の威力により吹き飛び、再び体を地面へと叩きつけられ転がっていく。
「もうこれで勝負ありよね」
「はぁ? 何言ってんだ。 言っただろ、『今の俺の全力をお前に見せてやる』ってよ」
足がフラつき、正直立っているのがやっとだ。
「――何であんたはそんなになってまで諦めないのよ」
「目の前に大きい背中があれば追いかけたいだろ。 その大きい背中はいつも俺を守ってくれる。 だから俺はいつかその背中に追いついて、横に並びたいんだ。 それでいつか追い越して……今度は俺が姉さんを守る。 その為にも」
俺はこんな所で……。
「止まってられないんだ。 これで決着をつける!」
『アクセル!』と全力で唱えて俺は世界を置き去りにしていく。 エルネストが弓を引き終わり、その右手は弓から手を離している。
「いくぞ、スティグマ!」
世界がゆっくりと流れる中で俺は駆け抜ける。
飛んでくる矢は二つ。 走りながら通り過ぎようとしている矢を斬り落とし、その先にある二つ目の矢を斬り上げる。
「うぉぉぉぉ!」
エルネストの正面に立った俺はその顔を見ると、心底驚いた顔をしてこちらを見ている。 俺は口を横に広げ、右手に持った木剣を振り下ろし、エルネストの首へと寸止めをした。
「これで……勝負ありだ!」
ハルト「どんな命令をしてやろう、グヘヘヘヘ」




