第5話 漆黒の巨体 前編
投稿遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。
俺の視界を防いだ黒い影は夜よりも深い闇の様な体毛に覆われており、その姿はフォレストウルフよりも二回り以上に大きい体躯をしている。
鋭く長い爪で決して獲物を逃さず、その鋭い牙はどんなに硬い殻も貫くだろう。
こいつ……フォレストウルフの親……か?
『グルルルル』と唸なっている時の威圧感はただのフォレストウルフとは思えない。
いや、格が違うと言えばいいだろうか。
姉さんが吹き飛んだ方向に顔を向けると、折れた木を背にぐったりとしており、体をピクリとも動かさないので嫌な想像が頭の中を過る。
全身の血が頭に昇っていくのが分かる。 感情を抑えようにも抑えきれない。
大事な姉さんを――!
「てんめぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
起き上がると足に力を入れ地面を蹴り上げて走りこむ。 両腕で剣の柄を強く握り込むと、体が痛みを訴えようとしているのか傷口から少し血が飛び出る。
知ったことか。 今はそれよりも……それよりも大事な姉さんをよくも……よくも!
「やりやがったな! お前だけは絶対に許さねぇ!」
先ほどの戦闘での疲れが残っているのだろう。 それでもこんな所で立ち止まるわけにはいかない。
肩の傷? そんなの知るか。 こいつに一発でもぶちかませないと気が済まない。
相手はこちらを見ようともしない。 そもそも眼中に入ってないのだろうか。 避ける素振りすら見せようともしない。
「余裕ぶってるのも今のうちだ。 これでもくらえ!」
今俺に出せる力の全てをこの剣に費やすように、大きく振りかぶり、力強く振り下ろす。
剣はハルトの想定通り振り下ろされ、その体に直撃する。
――しかし、その体を引き裂くどころか、皮膚は刃を通さず、体に傷が付くことがない。
「……は?」
嘘……だろ? いくら何でも硬いってもんじゃないぞ。 アスファルトでも殴ってる様な感じがする。
相手はようやくこちらを認識したのか、顔をこちらに向けてきた。
小さい虫でも見てるかの様な、いやそれ以上に粗暴の石程の価値も見出していなかったのだろう目をこちらに向けてくる。
「ようやくこっちを向いたかよ。 お前だけは絶対に許さない。 必ず殺してやる」
とは言ったものの、正直自分でも分かってるよ相手が格上だって。 どうやってこいつに勝てるのかイメージすら湧いてこない。
それでも……それでも!
「負けられねぇんだよ!」
そう言いながら剣を左右に斬りつける。 左に右に上から、幾度も斬りつけようとするが、一向に傷が付く気配は見せない。
「クソっ!」
業を煮やしたのか、それとも鬱陶しく感じたのか。 虫を上から踏みつぶすように前足を振り下ろしてきた。
咄嗟に避けようと後方に飛んだのだが、『ドゴン!』と地面が陥没した様な大きな音が鳴り、爆風が襲ってくる。
「ぐわぁ!」
咄嗟に両手をクロスして舞い上がる砂や石から顔を守り、後方に飛んで難を逃れる。
音が鳴りやみ目を開けると、今まで自分が立っていた地面が陥没していた。
「一発でもいいのもらうとやばいな……」
つーっと額から冷や汗が垂れてくる。 その汗を乱暴に拭いとって勝ち筋が無いか思考するが中々出てこない。
前足を振り下ろすだけであの威力だ。 食らったら確実にお陀仏だ。 口から生えてるあの牙も大きすぎて、確実に致命傷になるだろう。
まずは冷静になれ俺。 焦ったらそこで終わりだ。
こちらを舐めてる間になんとか決着を付けないと。 まずは少しずつ攻めて弱点が無いか探るしかないな。
まずはその前足からだ。 俺は周りこんで前足に近づき、前足やその付け根付近を斬るけるが胴体と何も変わらず、相変わらず攻撃は届かない。
硬い体毛に阻まれ、例え届いたとしてもその硬い皮膚が刃を通さないのだろう。
さすがにウザったく思ったのか、左前足を使って払いのけようとする。
俺は後方に飛んで攻撃を避け、体制を整える。
「やっぱ体毛に覆われている所は硬いな……」
イライラしてきたのか、ゆっくりこちらへと近づいて来て、前足を使ってモグラ叩きのようにこちらを踏み潰そうとする。
俺は後ろに下がりながら右に左に後ろとなんとか攻撃をかわしつつも攻撃を加えるが、剣が体毛に阻まれているのか体に届きそうにない。
「クソ。 どうしたら……」
と愚痴っていたら『ドン』と背中から木にぶつかった。 どうやら誘導されていたようだ。
「お山の大将にしては頭がいいじゃん。 何だよもう勝った気でいるんだクソ犬?」
考えろ……考えろ! 思考を止めるな。
挑発されたのが分かったのか、口を大きく開けてその鋭い牙を剥き出しにした。
獲物を追い込んだし、後は食べるだけって感じか? このままこいつの餌になる気は……ん?
そうだ、外が駄目なら中からならいけるんじゃね? っていっても口内はそのままガブリと食べられそうだし……どこか狙えそうな所は……!
目はどうだろう。 体毛は体は硬くても、目まで硬い事はないだろう……ないでしょ?
ここは一か八か賭けてみるか。
集中しろ俺……相手が食べる寸前に横に飛んだらすかさずぶっ刺すだけだ。 失敗したらこのままパクりと餌行きなんだから二度目は無いぞ。
と考えていたら、相手は我慢の限界が来たのか大きく口を開けて近づいてきた。
大きな口が俺を包み込もうとするこの直前に避ければ!
食べられる寸前の所で右に飛んで、すかさず持ってる剣を前に構えて突きの体制にする。
「ここだぁ!」
勢いよく前に突き出た剣先は、硬い体毛に阻まれることも無く、目の中へと突き進んでいく。
『グギャァァァァ!』
「行っただろ? 『もう勝った気でいるんだクソ犬』って。 こういった一番油断してる時が大敵になるんだ。 身をもって体験できてよかったなクソ犬」
勝利の余韻に浸って余裕をかましてる時が一番油断しやすい。 俺がこいつに身をもって教えてもらったばかりだ。
剣を引き抜いて少し距離をとる。 構えた姿勢は崩さず警戒は怠らない。 警戒を解くのはこいつが死んだか確認してからだ。
剣も半ばまで刺さっていたのもあり。 さすがにこれでこいつも終わりだろう……と思っていたのだが。
「嘘だろ……」
そこには目の痛みなぞもろとも気にせず、漆黒に覆われた毛に覆われた巨体がこちらに牙を向け唸りをあげて堂々と立ち上がってきた。
第6話に続きます。




