猪苗代湖畔2!
「あー、久しぶりに走った」
自由電子くんの言った通り、走り出した地点から約4キロ先に見晴らし台があった。サイクリングロードの左側に盛った砂利の上に東屋とベンチを置いたスペースが2つある。その向こうにもベンチがいくつか並び、雄大な猪苗代湖を見渡せるようになっている。
このくらいの距離なら、走っても息はあまり上がらない。
「まどかは走ってなかったのか?」
「夏の大会の後、家から平塚の花水川まで1往復だけ」
その距離往復約16キロ。潮風を浴び、宇宙からも見えるほど川幅の広い相模川に架かる湘南大橋を渡って平塚市街を抜け、川幅の狭い花水川まで。海と山が近接する風光明媚な場所だ。
平塚の西隣、大磯まで行っても良いとは思ったが土地勘がなく、知っている花水川の橋を渡りきったところで引き返した。
「そっか」
「陸は走ってるの?」
「変わらず走ってる。大学でも陸上続けるからな」
「そっか。駅伝出るんだもんね」
「ああ。まどかは?」
「私は、趣味では続ける。けど、プロの選手になれないのはわかったから」
「そっか」
「ちょっとくらい引き止めないのかよ」
「まどか、そういうところ女子だよな」
「そういうところってなんだよ」
「わりいわりい、まどかは純情乙女だもんな」
「言い方が古臭いっつーの」
走った後の湖水風は、熱を持ったからだをみるみる冷ましていった。天使の梯子が架かる湖に心を吸い寄せられる。きっと、天国へ旅立つときに見る光はこんな感じなのかなと、茅ヶ崎の海岸で天使の梯子を見るときと同じことを思う。
プロのランナーにはなれない、そう悟り挫折を味わったとき、私は人生の道に迷った。今も迷っている。それ以外の道を考えていなかったし、絶対プロになると信じていたから。実業団に入れないかとか、音楽の道を進もうかとか、それ以外の何もときめかない道に進まざるを得ないのか、とか。
それはつまり、人生を諦めなければならないのか、と。
「おーい! 追い付いたぞーい!」
いつになくぼんやりしていると、沙希たちが追い付いてきた。斜め後ろのサイクリングロードから沙希だけが手を振っている。どれほどの時間差だろう、けっこう早かった気がする。
「わーあ、ここ、眺めいいね! これが本物のインスタフライ」
「フライ? 蠅か」
「さすが陸! あったまイイ! インスタバエスポットだよ!」
陸の背後に立ってぼんぼんと彼の肩を手のひらで叩く沙希。
沙希、自由電子くん、つぐみ、武道も数分座って休憩を取ってから、私たちは再び歩き始めた。
目的地の観光施設を集約したエリアまでは、10分かからなかった。




