飯坂温泉7!
川の流れをぼんやり眺めたなんて、人生初かもしれない。いいですなあ、いつも寄せては返す茅ヶ崎の渚にたそがれるフルーツの香りがする夢のような女子、白浜沙希。きょうはみちのくのせせらぎにたそがれるさすらいの乙女。
でも、いまいちばん乙女なのはまどかちゃん。思い悩む日々に自由電子くんからこっそり励ましのメッセージが送られてきたと思われる。青春ですなあ。
「はてはて、そろそろ旅館にチェックインしますかな」
と思って腕時計を見るとまだ3時半。あ、そうか、東北は茅ヶ崎より東にあるから、それだけ日暮れが早いんだ。
私たちは勘を頼りに予約した旅館の前に辿り着いた。さっき通った土産屋さんの正面だ。
そうだ、お土産買おうかと、私は土産屋さんのほうを向いた。
「ねえねえアイスキャンディーだって。美味しそうじゃない?」
軒先に置かれたアイスキャンディーの看板。フレーバーは充実ミルク、充実マンゴー、練乳いちご、充実お抹茶、充実あずきの5種類。
「うん、美味しそうだね! 私、あずきがいい」
「あずき、いいねつぐピヨ、私はいちごかな」
明治の趣と荘厳な蔵の佇む飯坂温泉の土産屋周辺。その土産屋さんは昭和か平成の商店という感じだけど、それでも現在では貴重な光景だと思う。
「ごめんくださーい」
からからと、ガラスの引き戸を開けて6人ぞろぞろ中に入る。入るとすぐ目の前に調理場のようなバックヤードがある。L字カウンター席の居酒屋みたいな構造。
「はいはいいらっしゃいませー! お土産売ってない土産屋へようこそ!」
と、どこからともなく現れたのは、黒いエプロンをかけた見た目40代くらいのお姉さん。
「え、土産売ってない?」
思わぬ言葉に店内を見渡すと、否が応でも目に入るビールジョッキを持ってカンパーイ! している女の子のキャラクターのパネルほか、色んな女の子キャラクターのキーホルダーや缶バッジの数々が展示されている。まるで美少女キャラクターの満員電車や! 天井までぎっしりキャラクターグッズ!
その他、魚類の缶詰がいくつか置いてあったり、缶ビール、缶チューハイが冷蔵庫で冷やされている。業務用の5リットルボトル入りウイスキーと、背後にはビールサーバーも。
ここは土産屋さん、土産屋さん、土産屋さん……?
「ほんとだ、マジで土産売ってねえ」
「こら武道!」
思ったことそのまま口にするな!
あ、冷蔵庫に入ってるイカニンジンは福島の名物だっけ。あと、パネルと同じ絵柄の女の子のキーホルダーも売ってる。りんごも売ってる。大丈夫、お土産ちゃんと売ってる。売ってるよ、売ってる! お土産売ってる!
「そうだそうだ、アイスキャンディー!」
「アイスキャンディー、どうぞお好きなの取ってください」
ということで、これまたちっちゃいときにあった駄菓子屋で見たような置き型のケースから各々好きなアイスを取って、お金を払った。
「はいどうもありがとう。どうぞどうぞそこ座って」
気さくなお姉さんに促されて、私たちは作業用テーブルを囲う丸椅子に座った。
選んだフレーバーは私と自由電子くんがいちご、つぐみちゃんがあずき、陸がお抹茶、武道がマンゴー、まどかちゃんがミルク。
ぺろぺろと、とろけるキャンディー頬張って、旅の疲れに糖分補給。
アイスキャンディーの素朴な味にほっとしながら、ノスタルジーを感じる。
「みんなきょうはどこから来たの?」
奥のお酒が入った冷蔵庫とアイスキャンディーのケースの間に立つお姉さんが言った。
「神奈川の茅ヶ崎です!」
「ああ、神奈川。ここはねえ、京都から日帰りで来る人とか、ほんとにいろんなところから人が集まるの」
「京都! 日帰り! 京都から福島は遠い!」
茅ヶ崎から京都まで片道3時間、茅ヶ崎から飯坂温泉まで4時間。つまり京都から飯坂温泉までは単純計算で片道7時間。これは遠い!
「そう、みんなすごいの。飯坂だけじゃなくて那須とかあっちこっちの温泉巡って、泊まってご飯食べて」
「いいなあ、私も温泉巡りしてみたいかも」
「お姉ちゃん、学生さん?」
「はい、高校の卒業旅行でここに来ました」
「そうなんだ、あ、良かったらみかん食べて」
私たちはお姉さんからちょっとしなびたみかんをもらって食べた。皮の向きかたが雑な武道につぐみちゃんが目を遣ると、努めて綺麗に剥こうとしていた。
つぐみちゃんのおかげで武道は成長している気がする。
そうこうしている間にときどき湯上がりのおじいさんが来て何を買うでもなく「このくらいの絵なら俺でも描ける!」とか女の子のイラストを見てテキトーなことを言って出て行ったり、地元のおじさん三人が来て缶ビールやハイボールを飲みながらわちゃわちゃするなどしていた。
みんな仲良しで、こういう光景は茅ヶ崎とそっくりだな。
「また来てねー」
「はーい! ごちそうさまでしたー!」
アイスキャンディーとみかんを食べ終えて、キーホルダーと缶バッジ、6個箱入りのりんごを買って土産屋さんを出て戸を閉めた。
お姉さんと、どこからともなく現れたおじさんたち。こういう出会いも旅の醍醐味だね。
「ああああああ!!」
おや、店内からおじさんの悲鳴が。他の人たちがゲラゲラ笑っている。どうやらコップのハイボールをこぼしちゃったみたい。
なんでもアリの楽しい土産屋、たのしい仲間、土産はあんまり売ってないけど、さあおいで。
そんな空気が漂う、温かいお店だった。




