飯坂温泉3!
「はてはて、それじゃあバッグにさっき買ったキーホルダーでも付けますかな」
「私も付けよう」
「沙希もつぐみも、もう付けるんだ」
「街に出たら路上で立ち止まったりしないと付けられないからね」
「飯坂温泉にいる間に付けるの前提か。私なんか帰ってから何に付けようか考えてたよ」
私たちがそんなことを言っている間に自由電子くんがそそくさと自分のショルダーバッグにキーホルダーを付けた。私たちも続いて付けた。陸と武道も。
みんな揃って女の子のキャラクターキーホルダーを付けた。8頭身と、小さくてかわいいSDキャラ。福島のまどかちゃんみたい。
愛宕山を下ると、閑静な住宅地を通る幹線道路らしき道に出た。
「右に行くか、左に行くか。それが問題だ」
「右じゃない? 時計回りに歩いてきたんだから、時計回りに歩けば元いたところに着くよ」
「さすがまどかちゃん! クールな頭脳と熱いハート!」
それに確かに、さっき山の上から街を見下ろした感じだと、温泉街は右側にあるような感じがした。初めて来た土地で道に迷うのも冒険だから、迷ったら迷ったでオーケー。
右方面へ少し歩くと、交差点に当たった。横断歩道を渡ったところに川が流れているから、さっき歩いてきたところだと思う。知らんけど。
私たちはなんの疑いもなく横断歩道を渡って、来たときとは異なる橋に踏み入った。
「川沿いに建ち並ぶ昭和風情漂うコンクリートの建物に、真っ赤に熟した蔦が絡まっている。風流ですなあ」
「温泉地らしい景色だな」
陸が言った。わかってるねえ。
「茅ヶ崎では見られない景色だね」
つぐみちゃんが、ずっと川上を見据えながら穏やかな眼差しを向けて言った。やだ、つぐピヨちょっと色っぽい。
「いいところだなあ」
恰幅の良い武道には、ここの景色がよく合っている感じがする。
まどかちゃんと自由電子くんは何を語るでもなく、川上からさやかに吹き下ろす風を浴びている。私も瞼を閉じて、口をつぐんで風を浴びる。
とろとろ流れる川の音、さらさら掠れる真っ赤なもみじ。人通りなく、ゆったりした時間が流れている。目を見開いて深呼吸すると、その涼やかな空気が体内にスーッと染み渡る。
命が洗われてゆくのを、全身で感じる。
ああ、いいとこ来たな。
暫し橋の上で命の洗濯をしたら、あれれ? 見覚えのない場所に出た。
「まどかちゃん、ここどこ?」
「飯坂」
「そうじゃなくて」
「飯坂温泉だよ、沙希」
「いや、陸まで」
「飯坂温泉だぞ沙希。俺たちはきょう、旅行してるんだ」
「うん、わかってるよ武道」
自由電子くんは全身から黄昏れオーラを醸し出し、ふんわりしている。あ、これ、わかんないところ来ちゃったけどまあいいやってなってるやつだ。
「もしかして私たち……」
俯くつぐみちゃん。
「迷子になってるー!?」
初めての土地で迷子になりました白浜沙希と愉快な仲間たち! 山から下って来ただけに来た道を戻るのも気が引ける! さあどうする!? 旅館は予約済み。まだお昼だけど、夜までに旅館に辿り着けるのか!?




