エモーショナル相模線
私が走り終わってまどかちゃんにガチ惚れした1時間後。
「ファ◯ク!! あのクソゲロマザーファ◯カー!! 堂々と顔面ひじ打ちしてきやがってよお!! マジぶっ◯す!!」
「大丈夫だよまどかちゃん! 勝負でも人生でも勝ってるから落ち着いて!」
先ほど行われた女子3千メートル予選に出場したまどかちゃん。その競技中、接戦していた相手に故意に顔面肘討ちをされて激怒。ゴール直後、怒鳴りつけて殴りかかろうとしたまどかちゃんをそこで迎えに待っていた私と自由電子くんで取り押さえてテントまで連れてきた。
まどかちゃんはやり返さず1位でゴールしたものの、私たちが捕まえていないといまにも飛び出して犯人をボコりに行く勢い。ビリで哀のMeとトップで怒のShe、エモーショナルが止まらない。
「うるせえ正義の鉄槌を下さないと気が済まないんだよ!」
大声を出して私と自由電子くんを振り解こうとするまどかちゃん。アカン、これ私の力じゃ制御しきれん。本間アンナは役立たずだし武道いないしマジピンチ! そうだ!
「自由電子くん、何か、何か心を落ち着かせる方法を!」
こういうときは物事を冷静に考える能力に長けている自由電子くんに頼るしかない!
「えーと、まどかさん、相模線で茅ケ崎から橋本までの駅を順に言えますか?」
相模線。茅ケ崎駅から相模原市の橋本駅を結ぶローカル単線。地元の路線でありながら私は何度か乗った程度で滅多に利用しないから駅順を覚えていない。一方、茅ケ崎駅を通るもう一つの路線、普段使いの東海道線なら東京から沼津まで言える。
「あん? ああ、北茅ケ崎、香川、寒川、宮山、倉見、門沢橋、社家、厚木、海老名」
「え、すごいまどかちゃん! よく覚えてるね!」
「合ってるかどうかわかんないけど!」
「自由電子くん、合ってる?」
「合ってます。さすがまどかさんです」
「ありがとう! でもいまはそれより……!」
「その先も言えますか?」
「ああ!? えーと、確か、入谷、相武台下、下溝、原当麻、番田、上溝、南橋本、橋本」
「さすがです」
「おおおおおお!! すごい! まどかちゃんすごい! 天才ジーニアス!!」
「そ、そう?」
「そう! 天才! 私なんか寒川までしか言えないよ!」
「まあ、普段使ってなきゃそうなんじゃない?」
「まどかちゃんは普段相模線使う?」
「そんなに使わないかな。海老名でショッピングするときくらい?」
「ホンアツの総長を名乗る男の人と意気投合して、ぶつかってきた歩きスマホを締めてましたね」
ホンアツ。本厚木のこと。厚木駅は海老名市にあって、小田急線の本厚木駅は厚木市にある。
「あ、自由電子くんといっしょに行ったんだ! 映画でも観て来たの?」
「はい、僕が観たかったアニメ映画を」
「そっかあ、思い出だね!」
「はい」
「なんだ、まどか先輩、ボコりに行けば良かったのに」
と、割り込んできたのは本間アンナ。
「あ、そうだ、沙希にまんまと乗せられた!」
「アンナ! わざわざ煽るな!」
「まどか先輩に肘討ちしたアイツ、元カレの浮気相手なので。ま、問い詰めたときに女はみんな俺の穴とか言ってきた最低野郎だからいいんですけど」
「うわ……」
「じゃ、やっぱボコッておくか」
肩慣らしして腕をパキパキするまどかちゃん。
「ちょちょちょっ!」
「やられたほうの気持ちは、僕も痛いほどわかります。やられっぱなしの人生なので……」
あぁあぁあぁあぁなんか負のスパイラルになってきた!
「ちょっと、散歩しよう。歩いて有り余ったエネルギー使おう!」
「そうだね、散歩すれば見つかるものがある」
ソイツを見つけるつもりだな!
「頼むから、頼むから!」
ボコらないで!
……いや、でもなんか、ボコっていいヤツな気もしてきたな。
「あ、そろそろ種差さんが走る時間です」
「そうだ陸! 陸を応援しよう!」
陸といえば、翔馬の怪我により決着が叶わず、今回のライバルは実質自分自身。陸上も人生も自分自身との闘いだけど、やっぱりライバルの存在がないのは、心のどこかに穴が開いていると思う。ちょっと励ましに行ってこよう。




