偉大なるKK先輩
倉庫を出て、店番をサボっていたカメはか弱い乙女二人を置き去りにしてさっさとラチエン通りの香川屋にチャリを飛ばして行った。
取り残された私たちは浜見平のショッピングセンターでコスメやナプキン、お菓子を買うなどして、道端に浜昼顔が咲く海岸のサイクリングロードを東へ向かって一列で自転車を漕いでいる。
「いやあ、青春って感じだね! 受験勉強そっちのけの自由気ままな茅ヶ崎ライフ!」
「そのうちツケが回ってくるよ」
草木萌ゆる春の潮風に吹かれているので両者声高に喋っている。おまけにきょうは高波で、ざっぶーん! と豪快な音が響き、サーファーたちは嬉々として波の上で踊っている。この街には陽気で牧歌的な人が多い。
「いいんだよ、悪いことしてるわけじゃないんだし。それに、人生なんとかなるようにできてるんだって。そういうまどかちゃんだって、卒業ソングつくる気なんでしょ」
「うん、まあね」
「そう、それでいいんだよ。好きなことやって、ときに壁にぶち当たって、それをどうにか乗り越えて、大切な人たちと喜びを分かち合うのが人生だよ!」
「どっかで聞いたことあるような台詞だなあ」
「そりゃ茅ヶ崎一中の卒業生ですから」
「偉大なるKK先輩の言葉だね」
「そうそう、それをベースに自分なりに言い換えてみた」
KK先輩。私たちと同じ茅ヶ崎第一中学校を卒業したミュージシャン。1978年6月25日にデビューし、現在も幅広い層に親しまれている。ライブのチケットはファンクラブに入っていないと入手困難。彼をよく知る茅ヶ崎の人は「謙虚で照れ屋、大スターになっても地元を大切に想っていて、とにかく人柄が良い」と口を揃えて言う。
「いいよね、そういう生き方」
少し間を置いて、まどかちゃんが言った。
「うん、だって、未来なんて何も見えないんだし、予想図はまっ白なんだから。自由に描こうよ、どうせ地球はハッピーも悲しみもぜんぶ乗せて回るだけなんだから、ハッピーのほうがいいに決まってる」
自転車の速度を速歩きほどにして、前方に注意しながら水平線をちらり見た。
「沙希は詩人だね」
「フルーツの香りがする夢のような女子だからね。みんなに夢を与える存在でありたいよ」
とは言ったものの、将来に不安はある。自由に生きてちゃんと稼げるかな、でも無難に就職して死ぬときに後悔する道を歩みたくないなとか、いろいろと考える。
でも、どんなに厳しい試練が待ち受けているとしても、答えはきっと、心がいちばんきらめくところにある。そのきらきらするものを見つけるまでが、けっこう時間を要するんだけどね。
だから演劇とか音楽みたいな好きなことも、興味がないことでもいろんなことをやってみて、そうする中で何かが見えてくる気がする。
まみちゃんは青春の思い出づくりと同時にそういうことも伝えたくて、今回の演劇を振ってきたんだと思う。もし単純に面倒ごとを押しつける意図だけだったとしても、こういうことはプラスに変換して捉えたほうが結果オーライだったりする。
「しゃあないなぁ、私も付き合うよ。ていうかもう逃げらんない空気だし」
「ありがとう! さすがまどかちゃんクールビューティー! 私も卒業ソングづくり手伝うね!」




