表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私たちは青春に飢えている ~茅ヶ崎ハッピーデイズ!~  作者: おじぃ
以降完全新作エピソード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/277

ラチエン通りと機関車弁慶

「機関車が死んだ」


「「は?」」


 まどかちゃんといっしょに香川屋分店に寄ったら、肉や揚げ物のショーケース越しにカメから言われた。


 初夏に向かって生暖かい潮風がラチエン通りを吹き抜ける土曜日の昼下がり。揺れる松葉は緑。来る夏の嵐に備えて力を鍛えているよう。


 入店早々機関車が死んだなんて訳のわからんことを言うものだから、私とまどかちゃんは同時に固まった。


「だから機関車が死んだんだよ」


「デゴイチ?」


 とりあえず、私が唯一知っている機関車の名前を挙げた。


「違う」


「貴婦人?」


 続いてまどかちゃんも機関車の名前らしきワードを言った。貴婦人だなんて高貴な名前だね。


「違う」


「じゃあ何さ」


 と、私。


 こういうとき自由電子くんがいたら良かったのにと、きっとまどかちゃんも思っている。


弁慶べんけい


 聞いたこともない名前だ。


「弁慶の泣きどころの弁慶?」


 と、まどかちゃん。


「そう。演劇で披露するために段ボールで弁慶をつくったんだけど、かくかくしかじかで演劇自体が中止になったんだ」


「せっかくつくった演劇セットの弁慶が行き場を無くしたってわけだ」


「それ、どこにあるの?」


 私が訊ねた。


浜見平はまみだいら団地の前にあるデークマ倉庫。ちょっと見に行くか?」


 デークマ。駅北口にある大型ディスカウントストアの、昔から茅ヶ崎に暮らしていた市民間での愛称。2018年現在、家電量販店に吸収され営業しているが、7月中に閉店して新しいビルに建て替えられる予定。来年のいまごろは更地になっているだろう。


 カメの言う倉庫は現在デークマ店舗のものとしては使われておらず、いくつかの団体が持つアイテムの倉庫となっている。その一つが、カメが座長を務める劇団『湘南えぼし座』。


店番みせばんは?」


「何人かいるからダイジョブだろ」


 香川屋分店ではカメのほかにカメの奥さん、お母さん、おばあちゃんが働いている。三人いればなんとかなるのかな。


 ということで、私たちは自転車を漕いで倉庫にやって来た。陸上競技部の練習で利用するスポーツ公園に行く途中の団地の前。


 トラックにアイテムを搬入するため、コンクリートで嵩上げされたところに塗炭と鉄骨で組まれた2階建ての倉庫がある。中はなかなか暗くて、窓からかろうじて陽光が射し込んでいる程度。天井が高く、倉庫オブ倉庫といった感じで蒸し暑い。


「わっ、すごい何これ!」


 縞鋼板しまこうはんの質素で華奢な階段を上がると、目の前に突如蒸気機関車が現れた。本物の小型蒸気機関車と同じくらいの大きさ。『E1304』とかたどられた車両番号の銘板、車輪、推進軸、前照灯、ネジの取り付けかた……。これはキャリアのある鉄道職員が見ても納得の出来なのではないかと。


「これ、段ボールでつくったの?」


 まどかちゃんもその、暗闇に佇む漆黒の車体を見上げて驚いている。


「おう、つくったのは甘沼あまぬまにある○村紙業だけどな。設計は劇団のすげぇ人がやった」


「カメは何に関わってるの?」


「それはまぁ、いろいろだ」


「そっか。それでさ、私、まみちゃんに頼まれて、ちょうど機関車が出る演劇をつくろうと思ってたんだよね」


「ほう」


 なんだ、湿気た反応だな。


「それで、せっかくだからこの機関車、使わせてもらえないかなって」


「おお、いいな! だが断る!」


「「なんでだよ!」」


 まどかちゃんと声が重なって、思わず二人で顔を見合わせた。


「たとえ日の目を見なくても、セットはバラさなきゃ次に進めねぇ」


「列車っていうのはね、嵐とかでね、たまに止まるもんなんだよ。走り続けるだけが旅じゃない。立ち止まって見る景色もまた乙なもの。そうは思わないかいカメちゃん」


「そうだよカメ。たまには私らの暴走機関車に身を委ねるってのも、乙な旅だろ?」


「まどか、沙希に同調してるようで言ってること真逆だな」


「バレたか」


「もう、まどかちゃんったらイケズ」


「まあいいよ。好きにしろ。いまのところ次の公演の見通しも立ってないし」


「そうなの? なんかしでかしたの?」


「俺が何かしでかさない日なんてない」


 ない、と語尾を強調して言うあたりがカメらしい。


 カメが何かしでかさない日がないのはたぶん本当だけど、ここ茅ヶ崎はイベントが盛りだくさん。ハワイアンなフェスティバル、お笑い、コンサート、茅ヶ崎が舞台になったアニメのイベントなどが目白押しで、公演するためのホールの予約が取りにくくなりつつある。


 私たちの劇もいつ公演できるかわからないけど、そのへんはまみちゃんがどうにかするだろう。私らはまず、脚本に集中。


 汽車に乗って茅ヶ崎を訪れたジャスティスヒーローは、茅ヶ崎市民文化会館大ホールで何を見せてくれるのか。‘針路‘の定まっていない受験勉強そっちのけでストーリーを組み立てようじゃないか。


「白浜沙希、フルーツの香りがする、夢のような女子。ここらでいっちょ、真夏の果実の花でも咲かせてみせようじゃあ、ありませんか」


 腰を落とし、両手を前後に伸ばす歌舞伎の構えで、私は意気込んだ。


 よし、やるぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=50222365&si

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ