多くの人がやっていれば何でもアリなの?
「皆さん、新年度おめでとうございます。今年はもう桜が散ってしまいました」
講堂で始業式が始まった。椅子は用意されず、生徒は立ったまま話を聞かされる。
ざーす、シャーッスなどと一部の生徒が壇上に立つ校長に元気よく返事した。私は「おめでとうございまーす」と小声で言った。ほとんどの生徒が黙っているので小声でも目立つ。
「はいどうも。皆さん元気だったり元気じゃなかったりですね。えーと、新年度ですし何かネタをと思ったのですが、皆さん立ったまま話を聞かされるのは苦痛でしょうから、これで終わりにします。では素晴らしい一年になりますように」
校長が一礼して壇上から降り、袖へ捌けていった。
「俺、校長の話が短いだけでもこの学校入って良かったわ」
「間違いない」
生徒間でそんな会話が交わされた。
数分で終わった始業式。教室に戻って数分後、紫色の半ズボンジャージに黒いTシャツを纏ったまみちゃんが出席簿を持って現れた。ジャージは私たち海岸地区の多くの人の母校、第一中学校の指定品。
28歳ともなればその服装に違和感があるけれど、日頃からそれで教鞭を執っているため、今更誰も突っ込まない。
「んじゃ進路希望調査票配るぞー。〆切は2週間後だけど焦る必要はない。高校生のときは専業主婦を目指してた私でもカネを稼がにゃならん現実を突き付けられて教師になった。おかげで週1か2くらいでラーメンを食えてる。人生の転機は突然訪れるもの。来年の自分がどうなってるかなんて神様しか知らないさ」
元落ちこぼれの妙に説得力ある言葉に現役の落ちこぼれたちは反論せず、前の席から回ってきた調査票を片手にワイワイガヤガヤ騒ぎ始めた。こいつらセクション毎にいちいち騒ぐ。
「アタシ金持ちと結婚して専業主婦になろうと思ってたんだけどなー」
何列か後ろでブランド品大好きなギャルが言った。ブランド品が可哀想。
「俺はニューヨークのスラム街でマフィアに殺されたい」
ギャルと会話している洋画大好き男が言った。命を粗末にするでない。
この意味不明な会話や荒れた雰囲気に包まれていると、あまり気を遣わず楽に過ごしていた春休みが終わり、慌ただしい日常が戻ってきた実感が沸々。
今日は授業なし。しかし午後から部活があるため教室でランチ。学食はあるけど私は弁当持参、質素なステンレスの弁当箱の左半分に五穀米と種を抜いた梅干し。右半分はサニーレタスの上に自分で作った砂糖入りの卵焼きとだし巻き玉子を1個ずつと、香川屋のハムカツを2枚。
まみちゃんや他のクラスメイトも十数人残っていて、各々ランチやお喋りの最中。
「アタシ春休み彼と5回デートした」
よくSNSに男といる画像をアップするリア充、志保が言った。茶髪でウェーブのかかったロング。
「ウチは2回ぃ」
ボブヘアの香織が言った。教室の中央、私の席の周りで二人は他のクラスメイトの席を借り、小学生のように机を向かい合わせていつも通りのランチタイム。こいつらも1年からずっと変わらず15組。
「いいな~ふたりとも」
そんなことは全然思っていないけど、とりあえずそう言っておく。ふたりの彼氏(見るからに軽そうな男)は13組にいる。
「沙希は細かいこと気にし過ぎなんだよー。歩きスマホとかみんなやってるじゃん」
お前もやってるよな志保。
「そうだよそうだよ、そんなん気にしてたらなんにもできないって」
香織が同調。「そうだよそうだよ」にイラっときた。
「みんなじゃないし、私やってないし」
少なくとも陸、まどかちゃん、自由電子くん、つぐみちゃんはやっていない。
「屁理屈言わないの。そうやってハードル上げて選り好みしてるうちにアラサーアラフィフご臨終だって」
「そんなことないし」
好きな人はいるけど、いるんだけど。
好きな人がいるとかいない以前に、モラルの問題は解せない。多くの人がやればなんでもアリなの?
まどかちゃんはそういう人にぶつかられると突っかかる。まどかちゃんと都会に出かけたときは、それを上回ってスマホをはたき落とした上で殴る蹴るの暴行を加えている男の人を見た。
暴力はいけないけど、周囲にそれだけのストレスを与えている行動なのも事実。
思いやりに欠けた行動が当たり前になると、世界はどんどん不幸になる。落ちこぼれクラスの私でも、それくらいはわかる。歩きスマホは外でいちばんよく見かける迷惑行為だけど、他にも数えきれないくらいの迷惑行為があって、この世の中は私には生きづらい。
それに共感してくれるのがまどかちゃん、つぐみちゃん、自由電子くん、陸の4人。翔馬はうるさいくらいに注意喚起をするけど、実は中学時代にスマホを操作しながら自転車を運転して人身事故を起こしている。武道は見た目に反して中身はナイーブだからか、雑魚男子どもが迷惑行為に及んでも黙っている。ただし武道自身は周囲に気を配っている。
私たちって、そんなにおカタイのかな。
なんだかもやもやして混乱する。




