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私たちは青春に飢えている ~茅ヶ崎ハッピーデイズ!~  作者: おじぃ
高校2年バレンタインデー

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ここでやらなきゃ人生が廃る(完全新作エピソード)

 白浜さんが到着すると、刹那に城崎さんとの応酬があった。内容は聞こえなかった。


 白浜さんはシャワーを浴びに行き、僕と城崎さんは再びふたりきりになった。


 空を仰げばきらきらと一番星が瞬き、そろそろ真っ暗になりそう。1時間もすれば東の空にオリオン座が現れるだろう。


「寒いから、校舎の中で待ってようか」


「はい」


 城崎さんは白浜さんを待つつもりらしい。僕を先に帰そうとはしない。急ぎの用はないし、僕はもう少し、城崎さんといっしょにいたい。



 ◇◇◇



 沙希がチョコを渡すよう促してきた。シャワーを浴びてくるからその間にと。


 沙希がシャワーを浴びる時間は約20分。


 きっとこれが、最後のチャンスだ。


 校舎内に入ると、私はわざと人気ひとけの少ないほうへと歩いた。自由電子くんは何も言わず、私に付いてきている。


 どこに行こうかと迷った挙句、足を止めたのは鉄道研究部の部室前。入り組んだ校舎の2階端部にある、それなりに大きな部屋。中には何万円するかわからないジオラマや鉄道車両の模型が数百両ある、宝の山。


 部室の上窓には幕式の行先表示器が設置されている。


 よし、回送だ。


 表示器が『回送』を示しているときは活動していない。


 故にいま、中に人はいない。


 これほどまでに人の有無が明確な部室は他にない。


 他の部は、部室を消灯していても中で着替えていたり、如何わしいことをしていたりする場合が多々あるから油断は禁物。鉄道研究部でも可能性が皆無とは言えないが、部員の性質上、極めて低いと私は勝手に思っている。


 活動中は東京、藤沢、横須賀、沼津、快速、急行など、駅名や種別を表示している。とりあえず、昔の東海道線の車両に使われていたものということはわかる。現在の車両には3色またはフルカラーLEDの表示器が使用されている。


「鉄道研究部?」


 自由電子くんは鉄道研究部の前で立ち止まった私に疑問を抱いたようだ。


「あ、うん、あの表示器、東海道線のだよね」


 表示器を見上げて、わかりきったことをとりあえず言った。


「はい」


「でもたまに、横須賀線の駅を表示してるよね」


「昔の車両のことはよくわかりませんが、朝早くに出かけると大船始発の横須賀線に東海道線や東北線用の車両が使われているのを見かけることがあります」


「そ、そうなんだ、知らなかった。色が違うから乗り間違えそう」


 沿線にミカン畑のある東海道線は黄緑とオレンジの帯、東京湾に沿って走る横須賀線は青と砂浜のようなクリーム色の帯を、それぞれ銀色の車体に纏っている。


「不慣れな人は間違えるかもしれませんね」


「うん……」


 暫し、沈黙が流れた。


 頑張れ、頑張れ私。


 ここでチョコを渡さなきゃ女が、いや人生が廃る。


 別に、告白するわけじゃない。


 チョコを渡すだけ。チョコを渡すだけなんだから……!


 いや、でもわざわざ人気のない場所でチョコを渡すなんて、事実上の告白なんじゃない?


 でも、でも渡さなきゃ、絶対後悔する。


 沙希と落ち合ってからしれっと渡したら、渡さずじまいよりはマシだけど、不完全燃焼で絶対後悔する。


 ふたりきりのときに渡すから、意味があるんだ。


 でも、渡したことで自由電子くんが私を意識して、避けるようになったら?


 それはやだ。


 でも、このまま何もアクションを起こさないで、他の女にさらわれたら、それはもっとやだ。超絶ちょうぜつ絶対やだ。


 覚悟を決めろ、私。


 ここで逃げたら、今後の人生もずっと逃げを繰り返す。


 そんなの私じゃないだろ?


 そうだ、そんなのは私じゃない。


 腐れ外道のクズ野郎だ。


 勉強とか、ぶっちゃけ自分にとってどうでもいいことは面倒なら逃げてもいい。


 でもいまは違う。正念場だ。


 逃げちゃだめだ。


 鼻で深呼吸して通学鞄のファスナーを開け、中を物色。


「これ、チョコ」


 一言添えて右手で差し出した、小さなピンクの四角い小箱。


 頭がカッと熱くなって、視線は彼の上靴に。


 ううう。緊張で強張こわばる肩、食いしばる口。


「あっ、ありがとうございます」


 言って彼は右手を差し出し、そっと小箱を掴んだ。私は小箱から手を離した。


 やった、渡せた……!


 直後に全身を染み渡る達成感。重たかった頭がみるみる軽くなってきた。


 この季節は夕陽が当たらない、強いて言えば雪化粧した丹沢たんざわの山々が見えるくらいの薄暗い廊下。きっともう、陽は落ちている。


 でも私のテンションは、どんどん上がっている。


 好きな人にチョコを渡せた、たったそれだけのことで。


「これ、すごく美味しいやつだから!」


 浮かれた気分が語気を強め、呼吸が乱れている。


 いまの私、どうかしてる。


「高級な感じがしますね」


「う、うん! 元祖生チョコだからさ」


 生チョコ生みの親が営む店で買ったチョコは、確かに値が張る。けどそれは言うべきじゃなかったかなと、滑らせた口に後悔。まぁまぁかなとでも答えれば良かった。


「ほーお……」


 元祖生チョコに関心を示した大人しくも好奇心旺盛な彼の目は、明からさまにきらめいている。


 よっしゃ、やった。やってやった。


 私の気持ちが伝わったのかはわからないし、いまは知らなくていい。


 それよりも一先ず喜んでくれた。予想以上に喜んでくれた。


 だから今年のバレンタインは、大成功だ。

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