好きな人がシャワーを浴びている(完全新作エピソード)
好きな人と同じ時間に、同じことをする。
シンクロしているようで、胸が高鳴る。
僕はいま、買い出しから学校に戻り、シャワーを浴びている。
貸切状態の静かな男子シャワー室。男子独特の粗暴なノリは耳障りで精神衛生上好ましくないので、他の生徒が来ないうちになるべく早く出ようと思っている。
壁の向こうの女子シャワー室では時を同じくして想い人、城崎まどかさんがシャワーを浴びている。
一糸纏わぬ姿で、壁の向こうにいる。
たぶん土木や建設現場では使いものにならない、スポーツにも詳しくない、あまり男らしくない僕だけれど、身も心も男である。
故に、どきどきしてしまう。
こういうのを世間では、むっつりスケベと呼ぶのだろう。
世間にどう思われようと、僕は僕。なるべく人に迷惑をかけぬよう生きていて、後ろめたいことは‘これ’以外にはない。
だから僕が城崎さんに劣情を抱いていると知ったら、彼女はどう思うだろうか。それは後ろめたくて、気になることだ。
劣情を抱きつつ、他方で僕は不安を抱えている。
きょうはバレンタインデー。クラスメイトの女子数名からチョコレートをもらった僕だけれど、本命の城崎さんからはもらえていない。
クールな性格だから、そういったお祭りには乗らない主義なのだろうか。
それならそれで構わない。
問題は、他に好きな人がいるか否かだ。
出逢い数多の学園。全校生徒約2千名。僕の周りにも異性は千人ほどいるが、彼女の周りにもほぼ同数の異性がいる。
出逢いの場は学園に留まらない。広く社会と交流を持てば、それだけ世界が広がる。
茅ヶ崎は人付き合いの盛んな街だ。
商店街の店で働いている人、そこの買い物客同士(特に香川屋分店は家の近所だからよく行くだろうし、固定客が多い)、井戸端会議。
それ以外にも、例えばラーメン屋さん、カフェ、タコせんべいの店……。
そういう場所で出逢う人はほとんどが既婚のミドル層だけれど、独身の若者が行かないわけではない。
それらの場所で出逢いがなくとも、ふと誰が現れるかわからない。リスクファクターを虱潰しにしても、不安感は消えない。とりあえず、サヤになるまでは。




