チョコ、渡さなきゃ(完全新作エピソード)
「やっと着いたね……」
「……」
「ありがとう、長い時間持ってくれて」
「いえ……」
学校に戻ると、ちゃんと江ノ島まで行ってきたであろう翔馬と辻堂海浜公園で時間を潰して適当なタイミングでコースに戻った男子連中がグラウンドの隅でストレッチをしているところだった。
程なくして彼らはそれを終え、帰宅の途についた。
江ノ島往復ジョグは人によって完走タイムが大きく開くため、ゴールとクールダウンを終えた者から帰宅して良い。
私と自由電子くんは重たいペットボトルを溜まり場に置き、肩に端を発し枝葉末節に伝播する解放感に見舞われていた。悴んだ手の感覚が戻るまでには1分かかった。息はまだ両者とも荒い。
骨付きチキンを完食するまでに時間を要した私。自由電子くんが合計12キログラムのペットボトルを一人で持って歩いた距離は約7百メートル。学校までの道のりの半分弱だ。
長かった、重かった、疲れた。
けど、私個人としては苦ではなかった。重たすぎて会話をする余裕こそなかったけど、長い時間彼といっしょにいられたから。
「シャワー、浴びよっか」
「はい」
私たちはグラウンドに面した南校舎1階のシャワールームに向かった。
シャワールームは当然男女別になっていてはいるが、隣り合っている。一部生徒は人気のないタイミングを見計らい、あれやこれやとやっているという噂。
脱衣して、電話ボックスほどの個室に入り扉を閉めた。2月の寒さは身に堪える。定員20名、使用中は私を含め4室。
北の廊下に出入口、ダイヤルロック式の靴箱が設置された玄関から上がり右手に脱衣所、その奥に個室が南側、北側に10室ずつ設置されている。南北の個室の間には一人と擦れ違える程度の通路がある。
ホース付きの機動性があるシャワー。強化プラスチックの壁には胸の高さ、頭上の高さにフックが取り付けられている。シャワーヘッドは大抵後者に固定されている。
はぁ……チョコ、渡さなきゃ……。
冷水が40℃の温水になり、それを爪先からゆっくり肩までかけたとき、行き詰まった気持ちが湯気とともに浮遊した。
私にも、ここであれこれやるクソみたいな連中くらいの度胸があったなら。
気に喰わないヤツの胸倉を掴む度胸はあるのに。
恋愛経験なんてないし、義理チョコだって沙希といっしょじゃないと渡す勇気もないのに、本命なんて。
ああもう、どうして私はこうなんだ。度胸の方向性が違うだろ。
持参したシャンプーをぶっかけて、頭を掻きむしった。




