新曲『命』
MCを終え、沙希ちゃんが伏目になると、瞬時に空気が締まり、暗い小さなスタジオを凍てつくような静けさが支配した。図ったようにエアコンの冷風が上半身を撫で、リスナーの私はなぜか、彼女たちを直視できない。
普段、表面上はちゃらけている沙希ちゃんは、真面目モードが苦手。相手が真面目モードなのも苦手。けれど『命』というタイトルから想像するに、今回は鼻先辺りまで到達している羞恥心を溢れさせないように、腑の中にある『自分』を露わにしているのだろう。
忘れがちだけど役者、白浜沙希。しかしそこに立つのは、彼女の表層しか見ていない者にはそれで、いつしか知ってしまった私にとっては紛れもない、彼女の核であった。
スッと息を吸いイントロはなく歌い出した最初の言葉は『命』。
普段は活発で元気なお姉さんが大人の一面を見せて語りかけるような、やさしく艶やかで、しかし何かを悟っているような絶望を孕んだ声色。
サビ、失意に歪んだ面は、縋りつきたい大切な誰かを追うけれど、もうこの世には存在しない。手に触れられない、抱き締められない。どんなに世界が平和になっても、死からは決して逃れられない。
運命、宿命、必然。
まだ学ぶべきことがあるから、私は旅立ちを許されない。
与えられるものがあるから生きている。世間では『言わない約束』と暗にされているそれも、承知の上で。だから私も感じたことを、すべて言語化はしない。
力強い歌声は震え、且つ天に届きそうなほどに澄明で濁りがない。こんなハスキーボイスも出せるんだと、技術面でも関心して冷静になる自分もいる。
ギターはまどかちゃんに委ね、ベースは自由電子くんだけ。茅ヶ崎ハッピーデイズ史上最もハードな楽曲を、歌唱に全身全霊を込めるために敢えて楽器を手放し、涙しながらマイクを握り締めている。
◇◇◇
『命』
・作詞、作曲∶白浜沙希
命とは意味を持って降り立ち
役目を終えて還ってゆく
どこかで聞いたそれが腑に落ちて
心の整理はついたと思っていても
あなたに会いたい
想いが込み上げてくる
もう一度会いたい
否、何度でも会いたい
いっそ旅立ってしまいたい
でも少しずつの怠惰で積み上がった未練に
私は未だ旅立つ覚悟もない
どんなに世界が『平和』と呼ぶものを
築き上げたとしても
決して避けられない哀がある
哀しみが消えるまでどれくらいかかるだろう
それでもあなたへの愛は決して消えない
ねえもしもあなたが私の傍にいるならば
どうか一度だけでも姿を見せて欲しい
手と手を重ねられずとも存在している
その証明だけで
私は救われるの
今日も独り善がり
己の望みばかりで
ああ、だから未だ傍へ還れないんだね
命とは誰かを想う旅
私はあなたの場所まで辿り着けるかな
広い森の中ひとり彷徨い続けて
こんなにも命が花を咲かせていても
あなたに触れられない
現実を突きつけられる
あの頃に戻りたい
また何度でも会いたい
いっそ早送りしてしまいたい
でも少しずつの怠惰で積み上がった未練に
私は未だ旅立ちを惜しんでいる
どんなに世界が『平和』と呼ぶものを
築き上げたとしても
決して避けられない哀がある
哀しみが消えるまでどれくらいかかるだろう
それでもあなたへの愛は決して消えない
誰かを愛せる人になりたい




