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私たちは青春に飢えている ~茅ヶ崎ハッピーデイズ!~  作者: おじぃ
大学1年の日常2

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なんにもしない充実の一日

 人に想いを届けたいとき、特に多くの人に届けたいときに見る景色は、海よりも住宅地のほうがいい。駅ビルの屋上からは海や江ノ島とセットで茅ヶ崎、寒川さむかわ平塚ひらつか藤沢ふじさわの街並みが一望できる。


 まだ陽は高く空気は霞んでいる。中層ビルが密集する駅前、丹沢たんざわの山脈や、きょうは見えないけど富士山など、空気が澄んでいればけっこう色んなものが見られる。


 そういえば、スカイツリーとか福島とか、東のほうは行ったけど、西のほうはあまり行ってないな。出かけてもだいたい東伊豆ひがしいずエリアで、富士山の向こうまでは滅多に行かない。中学の修学旅行で京都へ行って以来かもしれない。


 ここは私の思い出の場所。ハッキリ覚えているファーストキス。


 能登半島一周走り込みを終えた陸の次のステージは東北の三陸海岸らしい。岩手県の久慈くじから青森県の八戸はちのへまでを2日間かけて走る旅。いちご煮は、苺じゃないよウニアワビ。


 なんとなく記憶にある三陸海岸。青と赤の派手な昔ながらの気動車の窓から眺めたどこまでも広い海に、半島に挟まれた茅ヶ崎の海に慣れた幼い私は息を呑んだ。旅の終着地は函館はこだてだったけど、なぜか大幅に道を反れた。北海道へ行くのに青森県で新幹線を降りて岩手県に下る。いまになって思うと破天荒だねお父さん。


 エレベーターで屋上から3階へ下り、うどん屋やフライドチキン屋、ケーキ屋さんなどがあるフロアでタコせんべいを購入。洋菓子エリアに際立つタコせんべい屋さん。


 会計を終えて出口へ向かうと、つぐピヨの後ろ姿を発見。


「つぐピヨ!」


 駅のコンコースやペデストリアンデッキにつながる自動ドアの前で追いついて声をかけると、つぐピヨは歩みを止めないまま「沙希ちゃん、きょうはどうしたの」と即天使の微笑み。


「人間にはな、屋上からの景色を眺めたくなるときがあるんだよ。つぐピヨは何か用事?」


「私は5階の本屋さんに癒しを求めに」


 にんまりと、いつになく幸せそうなつぐピヨ。


 そんな会話をしつつとりあえずおにぎり屋さんの脇を掠め、ペデストリアンデッキの隅にあるベンチに腰を下ろした。少しおしゃべりでもしようかと思っていたら、通路を挟んで十数メートル先の正面に立つおじさんがトランペットを持ち上げた。直後、高らかで、澄明で、なめらかな音が、雑踏の中を突き抜け響き始めた。


 みるみる観衆が集まってくる。私たちはその観衆越しに音を聴く。そういうアングルでしか得られないものがある。


 聴いたことある曲だな、本人演奏ならすぐわかるだろうなと思いつつ聴き浸っているとやがてサビに辿り着き、原曲はMrs.GREENAPPLEの『Soranji』だとわかった。この場所ではほぼ毎日誰かが演奏や歌唱をしている。同じ曲を演奏していても違う奏者だったりもする。


 続いて昭和っぽい曲をいくつか演奏していたけれど曲名は知らず。終わって観衆が散ると右ポケットに入れたスマホが一瞬震えたので見てみた。段々と、空の青が濃くなってきた。


「まどかちゃんのヘビスタ更新だ」


「ベビスタ? あぁ、まどかちゃんのインスタ、ほとんどヘビさんの投稿だもんね……」


 柳谷やなぎやとから付いてきたまどかちゃんのアオダイショウがとぐろを巻いて眠っている写真を見て、つぐピヨは苦笑いで微少に引き攣った。


 なんにもしてないけど充実した、平和な一日だった。


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