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私たちは青春に飢えている ~茅ヶ崎ハッピーデイズ!~  作者: おじぃ
高校2年バレンタインデー

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たたみイワシ(完全新作エピソード)

 溶岩のように波間を揺蕩たゆたう陽光。かじかむ手、隣に好きな人。


「私さ、思ったことがあるんだ」


 江ノ島から本土へ向かって走る私と歩く陸。乾いた海風に刺され、頬や首が痛い。


「なんだ?」


「本当に私が走るペースと陸の歩くペースは同じなんだなって」


「さっき言っただろ。疑ってたのか」


「心の片隅で私のほうが少しだけ速くて徐々に差がつくんじゃないかと思ってた」


「そうか、残念だったな」


「まぁいいさ、ひとりよりふたり。がんはって茅ヶ崎に帰るぞー! おー!」


 と、意気込んで走ってはみたものの……。


「もう走らないのか?」


「歩いても速度は同じじゃん?」


「まぁな」


 江ノ島から約1キロ、新江ノ島水族館前で私の気力は尽きた。


「ちゃんと走れ! ってケツ叩かないの?」


「叩いたら走るのか?」


「数歩だけ」


「ひたすらそれを繰り返してるのが競走馬か」


「乗るかい? 私の背中に」


 私は「カモーン」と親指を立てて自らの背中に陸を誘った。


「乗ったらその場でたたみイワシになるだろ」


 畳イワシ。シラスを畳状に固めて天日干しにしたもの。神奈川県沿岸地域では広く親しまれている。


「私、畳イワシ考えた人知ってるよ」


「マジか」


「自称だけど」


「なんだそりゃ」


 陸は苦笑した。結局、陸を乗せないまま、再び歩き始めた。


「北五丁目の裏道で「やーあ!」って声をかけてきた背の高いおじいさんなんだけど、私が「こんにちはー!」って返事したら、挨拶し返してくる若者は珍しいって気に入られて色んな昔話された。おじいさん、昔は退職金の大半をつぎ込んで市内の通りにヒマワリを植えてたんだって。鉄砲道とか鶴が台の楽器屋さんとか電気屋さんがある通りとか、あちこちに」


 鶴が台。茅ヶ崎市北部、高田たかだニュータウンに隣接する地区。鶴が台団地を中心に、スーパーマーケットやドラッグストアなど、暮らしに便利な店舗が密集している。


「退職金? おお、そうか……。鶴が台っていったら回転寿司のところか」


「その脇道」


「あぁ、わかった。歩道が広めに取られてる道な」


「そうそう、よく知ってるね」


「お前こそ」


「私は茅ヶ崎のほぼ全域を知ってるよ。辻堂駅西口はギリギリ茅ヶ崎市で、ちっちゃい横断歩道を境に藤沢市になるんだよ」


「それは知ってた」


「あちゃー、けっこう知られてないネタなんだけどなー」


「そうなのか?」


「たぶん」


「話戻るけど、畳イワシって、鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうに献上してたんだろ? そんな時代の人が健在なのか?」


「あ……」


 雑談をしているうちに、辻堂海浜公園付近まで来た。もう少しで茅ヶ崎市に入る。


 だいぶ陽が傾いてきた。前回陸といっしょに歩いた大晦日より太陽は少し富士山に寄って、日照時間が伸びた。春の予感がする!


「やばい、寒くなってきた。ちょっと走る」


 春の予感はするけど寒い。


「おう」


 2月14日、1月に降った雪が記憶に新しく、残雪はまだ所どころに見受けられる。1ヶ月近く前に降った雪が溶けきらないくらい、この冬は寒い。そんな中、私は半袖Tシャツと半ズボンジャージで部活に励んでいる。


 あぁ、なんて痛いげな少女なの。誰かマッチを買っておくれ。マッチ持ってないけど。


「なんだ、歩くより速いじゃん」


「そういうときもある。極寒の馬鹿力」


 走るといっても競歩より遅く、陸は速歩きで私に付いてきている。


「はぁ、疲れた」


 乾燥した空気に喉が渇いて息切れ。私はまた、歩きに転じた。


「まだ2百メートルくらいしか走ってないだろ」


「面目ない」


「しゃあない、長距離は不向きなんだから」


「ううう、陸は優しいね!」


「さぁな」


 感涙する私を、陸はいつも通り軽くあしらう。


 しばらく無言で歩き、汐見台に到着。本当はダメだけど、ここで一旦休憩。綺麗な茜空、さざめく波音。


 きょうも変わらず、海は世界をつないでいる。


 江ノ島は後ろに、だいぶ小さくなった。茅ヶ崎らしい江ノ島のサイズ。


 ふたり並んで眼下の砂浜を眺める。散歩中の人がちらほら。


「ほら、これでも巻いてろ」


 陸は自分が巻いていたマフラーをほどいて、私に差し出した。


「いいの?」


「風で飛ばされないうちに、早く巻け」


「うん、ありがと」


 厚意に甘えて、黒い毛糸のマフラーを巻く。ほんのりと、陸の匂いがする。


 あぁ、あったかい。


 思わず表情筋が緩んだ。


 人に優しくされないで育ったという陸。なのに本人の心は、ぶっきらぼうだけど温かい。


 ぶっきらぼうはきっと彼に絡みついている鎖で、私が少しずつ、取り外していけたら……。



 そういうのを、最強っていうんだよ。



 大晦日、そう言った陸の笑みを思い出した。


 ま、ぶっきらぼうな陸も可愛いし、それもらしさだけど。


 好きな人と隣り合って波音を聴きながら、沈む夕陽を眺める。


 やっぱり私、このシチュエーション好きだな。


「私さ、思うことがあるんだ」


「こんどはなんだ」


「波音を聴きながら綺麗な夕陽を見て、スーパーとか便利なお店も揃ってて生活は不自由しない、交通の便もいい。こんなに好条件な街に暮らしてても、近ごろ思考回路が卑屈なんだよね。なんでだろう」



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