森ガール白浜沙希
演劇やったりバンドやったりラーメンを食べたりしてすっかり忘れていたけれど、私たちは大学生になった。桜はもう、散っている。
まどかちゃん、つぐピヨ、武道、新たに仲間になった巡ちゃんは私と同じ湘南の山奥にある大学に路線バスで通っている。
陸は箱根駅伝出場、そして優勝を目指し、都内の大学で寮生活を送っている。ほとんど連絡は取れないし通話なんて滅多にできない。寂しくないといえば嘘になるけれど、頑張っている彼を、私は心から応援している。
夢叶え、陸。
自由電子くんは高校3年生。謎多き彼だけれど、親が荒れているまどかちゃんの癒しとしても、良きパートナーになっている。
きょうは誰とも講義が被らなかったので、私は独りでキャンパス周辺を散策中。山奥といっても広い道路が通っていてコンビニもある、開放的で整備された街。排ガスがけっこう舞ってるぞい。
四月のほんわかした南風を押し出すように、少しひんやりした風が北西の丹沢方面から吹いてくる。
丹沢といえばビールに使われている天然水が湧いていたり、大山豆腐があったり、イノシシやシカ、クマがいたり、ダムがあったりの山オブ山。丹沢山系の一つ、大山は途中までケーブルカーがあるから登山しやすい。ケーブルカーの駅がある阿夫利神社や頂上からは湘南を含む県南部を一望できる。途中の土産物店街などは昭和風情が色濃く残っていて、連続テレビ小説の世界に紛れ込んだ感覚になる。
街から大学の裏手へ抜けると、急に森が現れる。竹藪にできた水たまりにはなぜが5センチくらいの魚が数尾泳いでいる。君たちはどこから流れ着いたんだい?
いまでこそ一部が公園として整備されているこの谷戸、数年前までは鬱蒼とした不気味な森でしかなかった。大きな池の上には木造の散策路が整備されている。
そこを抜けると従来通りの薄暗い森があり、道は粘土質で舗装されていない。人気がなく、木々や笹の葉が掠れる音とウグイスなどの鳴き声が空いっぱいに響く。ふと森の右を向くと、墓や仏像が現れたりする。
途中で道が左に折れて更に奥へ進むと上り勾配の獣道に入り、これはマジで怖いと思って引き返した。何か出てきそう。少なくとも良い出合いはなさそう。
海のイメージが強い湘南には、このように市街地に近接した森や谷戸がいくつかある。実はあの大都会、藤沢駅の近くにもあるぞい。
帰宅して、夕食、入浴後、自室のベッドに転がった。夕飯は私がつくったオムライスをお母さんと二人で食べた。弟の悟は塾に行って帰宅は深夜近い。塾に行かなくてもなんとかなった私は友に恵まれている。受験勉強に際してまどかちゃんとつぐピヨの足を大層引っ張ったと思う。この御恩は必ず返しますぞ。
ベッドに仰向けになって両手を伸ばし開いたのは、スマホの画面じゃなくて文庫本。私はあまり読書が得意なほうではないので、つぐピヨからちょくちょく借りて読んでいる。今回はミステリー小説。ふとした弾みで落ちないよう座卓の真ん中に置いたマグカップに入れたホットチャイをちびちび飲みながら読み進める。
なぜ不得意な読書をするのか。
語彙力や表現力を高めるため。教養を得るため。
小説には知らない言葉が時折出てきて、それらの意味を知ると、演劇や作詞に活かせたりする。そんなに難しい言葉を遣う場面はあまりないけれど、引き出しはあったほうがいい。
この気持ち、感覚はなんと言えばいいだろう。
そういうとき、語彙力や表現力があればそれを言語化できる。
これを努力というのかはわからないけれど、真面目なところはほかの誰かにあまり見られたくない。だから部屋の中で、独りで。たまに洒落っ気で、伊達眼鏡をかけたりして。