楽しい思い出
演奏が終わると拍手と謎の奇声が湧き起こり、そこからメンバー紹介を含むMCタイムに入った。
「キーボード、お人形さんみたいに可愛い小日向つぐみ!」
「よ、よろしくお願いします……」
ぺこり。
おお!! おお!! うおおおおおお!!
客席前方の集団から野太い声が上がる。男はああいう女に弱い。そういえば女の客はあまりいないな。
「ドラムス、相田武道!!」
バババババババッ、バーン! と、ドラムを叩くものの……。
ぱちぱちぱちぱち……。
ああ、これは可哀想なやつ。それを察した沙希ちゃんはすぐ次のメンバー紹介に移った。
「敵に回すと物理的に怖いベーシスト、城崎まどか!」
「どうもー、敵に回すと物理的に怖い城崎でーす」
ふいっ、ふいっ、ふいーーーっ! パチパチパチパチ。いまいちな口笛と拍手が起こった。
「続いてベースもう一人、実は私も本名を知らない謎の男、自由電子!」
ぺこり。
おおおおおお!?
本名知らないんかい! 同じ学校で同じ部活なのに! お客さんたちの頭には『?』が浮かんでいる。
「そしてギター&ボーカル、フルーツの香りがする夢のような女子、白浜沙希!」
うぇーい! おおおおおお!! ぱちぱちぱちぱち……。
観客の多様な反応が入り交じる。
「はてはてそしたら次はお客さんに質問。きょうはみんなどこから来たのかなー? 茅ヶ崎在住の人、手ぇ挙げて! お? 半分くらい? 意外と少ないな。じゃあ神奈川県内在住の人!」
市内在住者比で半分くらいの手が挙がった。
「ほうほう、県内のどこから来たのかな?」
横浜! 藤沢! 平塚! 寒川! と、私も知っている地名が挙がる中で、一つ知らない地名があった。
「中井町! 知ってる! 二宮から内陸に入ったところの、ゲンジホタルとヘイケホタルがいっしょに見られる公園があるところ!」
「え、そうなの?」
まどかちゃんがトークに割り込んできた。
よく見ると自由電子くんが小刻みにコクコクしている。
「家族で見に行ったのさ。昼は二宮の吾妻山公園でピクニックして、夕方になったら二宮駅前に降りてバスに乗って。あの辺から秦野とか、北のほうに行くときは中井町を通るんじゃない?」
「まだまだ知らない神奈川があるね」
「ザッツライトつぐピヨ! 私も意外と行ったことない場所があるんだよ。いつか制覇しますわよ。さてさて、それでは県外はどこから来たのかな?」
沼津、浜松、豊橋、七尾と、なぜか誰も県名を言わない。
「七尾!? え、七尾って、石川県の能登半島? いや、この中で一番近い沼津でも1時間半くらいかかるけど。七尾から茅ヶ崎まで電車で5時間くらいかかるよね。家族旅行で新幹線と観光列車乗り継いで行ったから知ってるよ。『かがやき』でビュンッて金沢まで行って『花嫁のれん』で塩サイダー飲んで七尾駅まで行って、『のと里山・里海号』でマカロン食べながら海見た。あっちのほうは瓦屋根の家が多くて海が静かなの。あと、七尾駅前のお店で食べたステンレス皿のカツカレーと金沢駅前で食べたお寿司美味しかった。いやあいいね北陸、また行きたい。えーとそれで、遠路遥々七尾から来た目的は?」
「サザンの聖地巡礼!」
野太い声のおデブちゃんの一人が言った。
「おうおうなるほどアイシーアンダーストゥッド理解した。ちな私たち、ボーカルのあの人と同じ中学出身」
「おおおおおお!! 握手してくださいー!!」
こいつら基本『おおおおおお』しか言わないな。話しかけられると『おおおおおお』って言う装置でも搭載してるのか?
「私はあの人じゃないけど、まあいいよ。茅ヶ崎市民文化会館で私と握手!」
妙な流れで沙希ちゃんとサザンが好きなおデブちゃんが握手。
「だからと言って何と言うことはないけど、そんなこんなで市内から遠いところから津々浦々来てくれてありがとーう! 私たちの活動は動画サイトでも配信してるから見てね。さてさて名残惜しいですが次が最後の曲。一組3曲って決まってるからね」
ええええええー!?
「あーりがとうっ! そんじゃまあ、そろそろ行きますか、最後の1曲! みんな楽しい楽しい思い出連れて帰ってねー!!」