音速ラインを聴きながら
荷物、意外と多いですね。
引っ越し屋のアンチャンに言われた。
いま正に、部屋から家財を運び出されているところ。
そう、私、廻谷巡はオタク。小さな部屋には書籍を中心としたアイテムが山ほど置いてある。まさにインドア会津磐梯山。2次元、アニソン、夜更かしが大好きで、それで身上潰したなら、もっともだ、もっともだ。
大学の入学式を3日後に控え、きょう私はいよいよ、この田舎を旅立つ。
家財は中型トラック一台に収まった。トラックはこれから360キロくらい離れた茅ヶ崎の新居へ向かう。私は後から在来線と新幹線で追いかけてどこかで追い越し、新居で待ち伏せする予定。
「あ~、なんにもなくなっちゃったな~」
カーテン以外、何も残っていない。散らかった学習机も、山積みのコミックもラノベもゲームもアニメ雑誌も、ベッドも運んでもらった。
ものがなくなった部屋は広く感じるというが、私の場合そうでもなかった。
家を引き払うわけじゃないけど、やっぱちょっと淋しさはある。私がいなくなって、この部屋は淋しがるだろうか。
窓を開けて、外を眺める。田んぼ、磐越自動車道。湖は見えない。
コメリがある堅田まで行けば目の前が猪苗代湖で、景色いいんだけどな~。だがあそこらへんは国道49号線を行き交うトラックの音が夜でもうるさい。
しかも、出る。何がとは言わんが。
クマは私が住む駅近の区域にも出る。
けど、自然豊かなのはいいこと。そのへんを歩いてるだけで足元にヘビがいたりするけど、そういうのもまあ悪くはない。
VTuber『うつくしまももか』として、会津を、福島を伝える活動は、茅ヶ崎に行っても続けようと思う。
夕暮れが近付く16時40分、母が運転する軽自動車に乗って3分、猪苗代駅に着いた。外観は木造、中身はコンクリートの駅舎。窓口、券売機、自販機とコインロッカー、トイレがある、観光地の玄関口とは思えないほど小さく質素な駅。昔は売店や立ち食いそば屋があったらしい。
「郡山行きの改札を始めまーす」
駅員のおじさんが、改札口の窓を開けて顔を出した。猪苗代駅は列車の到着時間が近づくまでホームに入れてくれない。田舎の駅あるある。
「それじゃ気をつけて、行ってきなんしょ」
いつも学校へ行くときみたいに、母は淡々と言った。
「うん、行ってきます」
言って、私は唾を飲んだ。
人がぞろぞろ改札口に並び、きっぷに入鋏されたり簡易改札機にICカードをタッチしてホームへ流れてゆく数十人。ほとんどが観光客っぽく、荷物が多い。でかいキャリーバッグを引いている人もいる。私は列が途切れたところで最後に入場。使うのはいつものICカードではなく『猪苗代→茅ケ崎』の片道乗車券。オレンジの小さいきっぷは日常感があるけど、みどりの大きいきっぷは旅情感がある。
そうそう『茅ケ崎』のケの字、鉄道会社の表記かたで駅を示す場合は大きいらしい。茅ヶ崎市の茅ケ崎駅。
私は珍しく、改札口に近い混雑する乗車位置の最後尾に並んだ。
右に電車が見える。LEDの眩いライトを照らしながら、田んぼに挟まれた線路を伝ってゆっくりこちらへ向かっている。
2分くらいして4両編成の電車が到着すると、エナメルバッグを掛けた学生がぞろぞろ降りてきた。女子はニーソックスが多い。
降り終わったところで先頭の人が乗り込んで、私は最後に乗った。ドアボタンは押さず、ドアが閉まるのを待った。改札口の向こうで見送る母親に、頬の横でひらひら手を振る。
ピコン、ピコン。
ドアチャイムと点滅する赤いランプが、きょうは侘しい。ドアが閉まって、電車が走り出した。
電車がホームを出たところで車内を見渡す。満席ではないにしろボックス席もドア脇の席も誰かしらいるので先頭車両に移動、まるごと空いていたボックス席に座った。空いている隣の席に着替えが入った長さ40センチのバッグを置く。これは都会でもタブーだし学生や観光客で混雑する磐越西線でもタブーだけど、きょうはたまたま空いている。
最後にふるさとの空気を吸いたい。立ち上がり、手を伸ばして、猫のように丸めた両手でぐっと窓を引き下げ開けた。けっこう力が要る。
首に掛けていたヘッドフォンを装着。スマホに接続済み。
音速ラインの『ナツメ』を聴きながら、磐梯山が見えなくなるまでずっと目で追った。カーブに差し掛かって反対側の窓に映ると、そのボックス席に移動した。