のびしろしかない茅ヶ崎
漫才みたいな応酬が続き、何分か経った。まだほかに誰も集まっていない。スローライフの茅ヶ崎人とはいえ、四人とも予約の時間に平気で遅れるような人じゃないから、信じて待つ。
「とにもかくにも私は、茅ヶ崎の雰囲気を求める人に茅ヶ崎を知ってもらいたい。『湘南』を目当てに遊びに来る人はだいたい鎌倉とか江ノ島に行くし、観光スポットを楽しみたいならそれでいいと思う」
「鎌倉とか江ノ島が陽とか動だとしたら、茅ヶ崎は陰とか静だからな」
「陸、相変わらず核心突くの上手いですな」
「江ノ島とか鎌倉を真似るんじゃなくて、茅ヶ崎は茅ヶ崎らしいやり方でってことを沙希は強調したいんだよな?」
「そう、飯坂温泉に行ったときも同じことを思ったんだけどさ、街の人とふれあったり、街そのものの雰囲気を楽しんだり、静かな雰囲気で心を癒せるのが茅ヶ崎の魅力だと私は思うから、それを知ってもらいたい、というか来て感じてもらいたい。ついでに地元のお店に寄って飲食とかショッピングなんかもしてくれたら私が市長に誉められる日も近い」
「工場が少ないから税収苦しいし、インフラはキャパオーバーしてるからな」
「住宅事情と交通事情はスローライフとは真逆だからね、この街。だから観光とかふるさと納税でなんとか」
密集する住宅、歩道も車道も狭い道路、無秩序な自転車などなどなど、メディアできらびやかな部分が紹介される陰で課題も山積の茅ヶ崎。
「なんか策でもあるのか?」
「ない。とにかく人に喜んでもらえることをして、茅ヶ崎を知ってもらう。それっきゃないでしょ」
そう、茅ヶ崎を知ってもらうだけでもいい。遠くに住んでいたり忙しかったりして、茅ヶ崎に来るのが難しい人もいる。それでもほんとうは来てほしいけど、ソーシャルメディアで動画とか写真とかイラストを見てもらったり、通販で茅ヶ崎のものを買ってもらえたらうれしい。
だからそうしてもらうにはまず、茅ヶ崎という街の存在を知ってもらわなきゃいけない。茅ヶ崎産の消火器だけは旅先でもたくさん見るけど。
消火器はほんと優秀。街のアピール何もしなくても売れてるからね。地元でも遠くの街でも消火器をよく見ると、けっこうな確率で電車から見える、中島スポーツ公園へ向かう途中にあるあの工場の文字が記されている。あと消火器工場の近くにある某大手メーカーの乳製品。
やっぱ工場すごいね。藤沢とか平塚が豊かなのも納得。
「だな、シンプルだけど」
「シンプル・イズ・ベスト。茅ヶ崎、我らが茅ヶ崎一中の加山雄三先輩とか桑田先輩のおかげでオジサンオバサン世代には有名だけど、私たち世代にはあんま知名度ないし、のびしろしかないから頑張るしかない」