最後の潮風登校
ピピピピッ、ピピピピッ。
スマホのアラームが鳴っている。カーテンから光が透けている、最近ようやく明るくなってきた朝6時。
ああ、起きたくない。二度寝しよ。
アラームを停止して、次に鳴ったのが7時。まだまだ寝足りないけどそろそろ起きるか。
ベッドから起き上がり、カーテンと窓を開けて朝陽を浴びる。
「うう、寒っ」
3月の朝はまだ寒い。でも新鮮な空気を取り込むと、体内がスーッとして気持ちいい。
眼を開いたりギュッと閉じたりして部屋を出て薄暗いキッチンに出た。
お父さんは6時半前に家を出て、お母さんと弟の悟はまだそれぞれの部屋で寝てるか起きてるか。
フルーツの香りがする夢のような女子は手を洗って歯磨きをしてから洗口液で口をゆすいだ。次にミキサーに高級イチゴと田○農園のバナナと牛乳を投入。今朝は特別メニュー。朝からなんて贅沢なのでしょう。
できあがったらグラスコップに注いでぐびぐび飲む。どろっとした液はコップにたっぷり残りやすいので、ある程度飲んだらコップを上へ傾けて流し込む。
よし、きょうもいい感じ。でもからだが冷えているから、ポタージュスープも飲んだ。
7時15分、そろそろお母さんと悟が起きてくるころに、わたしは家を出た。
きょうは卒業式、高校最後の登校日。最後っていう実感があんまり湧かない。
コンビニ脇の未舗装の細道を抜け、木々生い茂る広い庭が風流なお宅の前を通り、裏道を南西へ進んで一中通りに出た。
まどかちゃんといっしょに登校しようとも思ったけど、きょうは彼女にとって自由電子くんといっしょに高校へ登校する最後の日だから、敢えてお一人様。
朝の一中通りは徒歩やチャリで朝練に向かう中高生がちらほら、犬の散歩、ランニング、昔から問題になっているグリーンベルトを塞ぐ路上駐車が目立つ。東海岸小学校の一年生になったばかりのとき、路上駐車の車を避けて車道に出るときは車や自転車によく注意するよう親や教職員から指導された。
この辺りは小学生時代と比べるとだいぶ様変わりした。コンビニが歯科医院になったり、魚屋が駐車場になったり、教会は教会のままだったり。
一旦学校前を通過して、浜辺に出た。この季節、きらめく海には無数の花粉が降り注ぐけど、黄色くはならない。雪をどっさり被った富士山も、まばらに被った丹沢も、緑のままの伊豆やほかの山も、東の江ノ島や三浦半島も、変わらずこの街の景観を彩っている。
海辺の学校に通うのも、これで最後か。
潮風を浴びて勉強したり居眠りしたり部活に励んだりサボったりした9年間。来月からは山奥に通学だ。
「えいっ」
ヘッドランドの東側、烏帽子岩を正面に波打ち際で平たい石を拾って水切りをしてみた。
「おっ、2回跳ねた。やりますなわたし。未来のスターは何か持ってる!」
「ねえねえ、あの人独り言言ってるよ」
背後からわたしを怪しむ声が聞こえた。
「しっ、しっ、ああいう変な人とは関わっちゃダメ! 高校生なんてハメるかハメられるくらいしか考えてないんだから!」
お、おお? 20代くらいに見えるマザーよ、まだ5歳くらいの息子にそんなこと教えるのはまだ早い。高校生に対する偏見もいいところだけど、よもやキサマ、現役時代にそんなことばかり考えておったか?
で、この息子が生まれたってわけか?
望まれたり望まれなかったり、子が生まれる理由もいろいろあるけど、他所の事情は多少の想像に留めて、もうちょい海風を浴びよう。