ベタな湘南
カラオケからの帰り道、駅南口に出て本屋、酒屋の前を通って幸町の自転車駐車場からチョコレート屋との間の脇道に入り、旅館に突き当たって左へ。茅ヶ崎東海岸の住民なら概ね知っているであろう裏道を歩く。
「いやーあ、いっぱい歌いましたなあ! 正に青春! 卒業旅行したし河童は帰ったしカラオケ行ったし免許取ったし、さて、残るイベントは……?」
通勤、通学の自転車が行き交う夜7時の住宅街で、沙希はいつものハイテンション。たとえ空元気でもこのテンションは見習いたいと思ったり思わなかったり。
ちなみに普通自動車運転免許は武道と2年生の自由電子くん以外取得済み。全員マニュアル。つぐみはけっこう無理したみたいだけど、将来マニュアル車を操作できなくなったらそれが免許を返納するときと、将来を見越しての取得だった。二俣川の免許センターはお洒落な欧風カフェみたいだった。
「何かほかに、あったっけ……?」
「さあ、なんだろね」
つぐみも私も何をやり残しているか思い当たらない。
「私たちには、湘南らしさが足りない」
何かワケわからんことを言い出したフルーツの香りがする夢のような女子。
「いや、おもいっきり湘南だろ」
「そう、茅ヶ崎は湘南。これは間違いない。テレビでもよく紹介されるし、史実的にも湘南」
史実的な湘南とはつまり、茅ヶ崎、平塚、大磯の3市町を指す。意外にも江ノ島がある藤沢や、その隣の鎌倉は湘南に含まれていない。諸説ある。
「だがしかし、『茅ヶ崎』というワードを抜いてテレビによく出る湘南といえば?」
「江ノ島とか江ノ電とか、県鎌の前の駅とか踏切」
県鎌は、地元の学生の間で呼ばれる県立鎌倉高校の略称。国道を挟んで海が目の前にある鎌倉高校前駅や、アニメによく登場する踏切には、国内外から大勢が押し寄せる。
「ザッツライト。ところがどうだい? 私たちにとって江ノ島は、部活の拷問で走って行くだけの記号的スポットになってやいないかい? 県鎌とか七里に至っては行きもしない。アニメが好きなつぐピヨはどうだい?」
七里は七里ヶ浜の略。江ノ電沿いの人気スポットだ。
「うーん、あっちのほうは鎌倉に用があるときに江ノ電で通り過ぎるくらいかな」
「という具合に、あまりにも身近過ぎる故、私たちはベタな湘南に行ってなかったりするんだよ」
行ってなかったりするというか、江ノ電とかチャリで通ったりはする。あまり行かないけど、あの辺りの裏道は概ね覚えている。極楽寺駅から左に進めば藤沢駅、右に進めば長谷や鎌倉駅方面に抜ける。
「地元、再発見だね」
「おっ、つぐピヨ乗り気かい?」
「ベタな旅も、たまには楽しそうかも」