公然猥褻怪奇現象野郎
「おいてめぇ、警察署に呼び出すなんていい根性してんなこのビチクソ野郎」
おじさん巡査の案内で警察署の取調室前の廊下に通された私たち三人。強面刑事に手を引かれ取調室から出てきた被疑者を開口一番、ドスの効いた声で罵倒したまどかちゃん。
「なんじゃ! ワシがナニしたというんじゃ! ストリートミュージシャンなんぞほかにもおるじゃろがい! それにお前は呼んどらんわい!」
警察署に連行されたのは私の弟、悟ではなく、河童。罪状は許可申請が必要な茅ケ崎駅北口のペデストリアンデッキにて無断でギターの弾き語りを行ったことと、全裸であったこと。なお現在は上下赤いジャージを着ている。
河童は自称西久保住みの住所不定無職、というか何号層か知らないけど幽世に帰すべき霊体。生きている知人が私たち三人と巡ちゃんしかいないため、身元引き受け人としてフルーツの香りがする夢のような女子が指名された。
「霊体が全裸でストリートライブしてパクられてんじゃねえよこの公然猥褻怪奇現象野郎!」
公然猥褻怪奇現象野郎。
まどかちゃんの言う通り、この河童、住居侵入したり局部露出したりと、日常的に犯罪的な怪奇現象を起こしている。
「まあまあお姉さん、落ち着いて」
巡査に宥められるまどかちゃん。昔なら肩を叩いたりしてたんだろうけど、彼は一切まどかちゃんの身に触れない。
「そうじゃ落ち着かんかい」
お前が言うなエロ河童。
「お巡りさん、こいつ死刑でいいです。どうせもう死んでるし」
「死んでる? え、死んでるの?」
まどかちゃんの申告に驚きを隠せない巡査。事態がややこしくなってきた。
「そうじゃ、ワシはもう死んでおる。いくら法で裁かれようとも屁の屁のカッパじゃ、河童だけにな。ワーハッハッハッ! ではさらば!」
言って、河童は消え失せた。パサッとジャージがその場に落ちた。ノーパンだったんだ。
「え、マジで?」
黙っていた強面刑事がボソッと言った。意外とイケボだった。
法で処理できぬ相手に警察は成す術なく、私たちは警察署から解放されて通りに出た。茅ヶ崎警察署は河童が住む西久保の近くにある。
「ごめんね、身元引き受け人に指名されたの私なのに、二人を巻き込んで」
私たちは西久保とは反対方向で、家のある中央公園方面へ歩き出した。すぐそばに4階建ての大型スーパーがある。
「沙希は悪くないだろ。河童の野郎がパクられる前に消えれば良かったんだ。加えて不必要に沙希を呼び出しやがって」
「なんで捕まったんだろうね」
「取り調べ、されてみたかったのかな」
と、つぐピヨ。
「そうじゃ、その通りじゃ」
「うわ、出た」
「性懲りもなく出てきやがって」
全裸で私たちの前に立ちはだかる河童。
「今度パクられそうになったらすぐ消えるから安心せい」
「そういえば河童、駅前で何を歌ったの?」
私は素朴な疑問を投げた。マツタケとアワビのセットでも組んでマンピーのGスポットでも歌ったかな。
「チューチューラブリームニムニムラムラプリンプリンボロンヌルルレロレロじゃ。まだ一曲目だったのに途中でマッポーが来おった」
「そっか……。チューチューラブリームニムニムラムラプリンプリンボロンヌルルレロレロか」
私たち三人は、死んだ目で河童を侮蔑した。死んでいる河童の眼が、いちばんイキイキしていた。