つぐみの朝
南向きの自室。7時にベッドから出ず身をよじり厚手のカーテンを開いて採光し、レースのカーテンだけは閉じたまま再び眠って11時を過ぎた。そろそろ起きようかな。
ひとりで過ごす休日は、だいたいいつもインドア。寒い日はキッチンに下りて温かいミルクティーを淹れて、2階のお部屋に戻ってベッドの横に置いた小さな正方形のテーブルにティーポットとカップを置いて少しずつ飲みながら、コミケで入手したイタリア料理の薄い本を見て実践してみたり、恋愛モノの少女漫画を読んだり、ヒーリングアニメを見たり、お部屋から出なくても一日楽しめる。
なら、茅ヶ崎に住まなくてもいいんじゃない?
サーフィンなどマリンレジャーが盛んなこの街ではそんな意見もあるかもしれないけれど、茅ヶ崎は私のふるさと。離れる理由はない。それに、例えば夢を叶えるためでもなく、ただ生活のために就職したとして、通勤に2時間かかるからといって職場の近くに引っ越す気はないし、それ以上かかるなら辞める。インドア派の私でも海風を浴びたり、街でお買いものをしたり、里山で緑の風を浴びたりして、心を洗う。大切な人たちとともに時を過ごす。そんな日々が、私には愛おしい。
私が住んでいるのは東海岸北の道が狭い閑静な住宅地。外に自転車を置いていても錆びないけれど(同じ東海岸北で錆びるところもあるらしい)、洗濯物の外干しはたまに潮風でベタつくので、我が小日向家では乾燥機を使用している。
土地は60坪、家は45坪で、2階の上には物置きとして小さな屋根裏部屋がある。残りの15坪は芝を敷いたお庭で、松の木と水が循環している小さな池がある。枯山水があるその池で、以前は金魚を3匹(オレンジ1匹、錦鯉のような模様のを2匹)飼っていたけれど、いずれも順次ヒキガエルに襲われた。ヒキガエルは都度お父さんが引き離し、金魚は一命を取り留めた。
やがて金魚は旅立ち、春になると池ではオタマジャクシがウジャウジャ。どうも先に襲っていたのは金魚だったみたい。
ああ、懐かしい。
私は一人っ子。嫁入りしたら、思い出がいっぱい詰まったこのお家はなくなっちゃうのかな。
ピンコーン!
通信アプリの着信音が鳴った。グループラインに沙希ちゃんから。
枕元に置いた充電ケーブルが挿し込まれたままのスマホを手に取る。画像が送付されていたので開いてみると、沙希ちゃんが武道くん、種差くん、自由電子くんといっしょに登夢道でラーメンを食べているところをカメラ目線で写したものだった。
武道くんたち男性陣は北茅ケ崎駅前の温浴施設『湯快爽快』に行くと聞いていたけれど、お散歩中の沙希ちゃんとたまたま会ったのかな、それとも種差くんと連絡を取って合流したのかな。
続いてメッセージを受信。
『おさんぽしてたら湯快爽快の前で遭遇!』
前者だった。
四人はラーメンを食べているとして、まどかちゃんはいまごろ何をしてるのかな?
気になりつつ、作詞、作曲、走り込み、おさんぽ、家庭問題との対峙、思い至るものはあっても詮索はせず、深く考えもしない。人にはそれぞれ、自分の世界がある。私もいま、自分の世界を生きている。
さて、もう11時半、そろそろ起きよう。
パジャマを脱いで、ヒートテックは脱がないで、黒いタイツを穿いて、とりあえずペールグレーのワンピースを着たら、姿見の前で髪を結う。
一日が始まったのは、正午を回ってからだった。