高砂緑地とパチンカス
茅ヶ崎エンターテインメントフェスティバルの準備とか進路とかいろいろあるけど、きょうはなーんにもしない。
そう決めて、行くあてもなく街を散歩するフルーツの香りがする夢のような女子。受験生。
乾いた風が、乙女の柔肌を突き刺す。しかし横浜以北ほどではない。あっちのほうに行くとガチで風が痛くて、南国育ちの私はあまりもの乾いた寒さに心が死にそうになる。
現在11時50分。家を出て鉄砲道を西へ。まずは雄三通り交差点のアイスクリーム屋さんで濃厚なのにさっぱりした茅ヶ崎産のミルクアイスをぺろぺろ。屋外の自販機コーナーで立ったまま食べてもそんなに寒さを感じない。
アイスを食べ終えたら更に西へ。やって来ました高砂緑地。
久しぶりだな、高砂緑地。生まれてこのかた何度か来てるけど、最後にいつ来たかは覚えていない。
高砂緑地は、茅ヶ崎駅から海へ続く道の一つ、『高砂通り』にある小さな緑地で、敷地内には背の高い松が生い茂り、春には梅や桜が咲き誇る、ちょっとしたお花見スポット。現在2月、ちょうど梅が見ごろを迎えている。敷地内には茶室、庭園、美術館、平塚らいてうの碑があり、一帯は街の喧騒から隔離された落ち着いた雰囲気。
初めて茅ヶ崎に来た人に、地元住民はだいたい大御所芸能人の聖地であり、お店が充実しているサザン通りか雄三通りを勧めると思うけど、その間を通る高砂通りこそ、飾り気がなく、古くから文豪に愛され、また療養地としての元来の茅ヶ崎という気もする。
「綺麗な梅と空ですなぁ」
深紅で美麗な梅の花と澄んだ青空を見上げ、日々の穢れを解き放つ。みんなと過ごすのも楽しいけど、一人の時間も大切にしたい、フルーツの香りがする夢のような受験生。
梅の花を見て回り、庭園の小さな池を泳ぐ錦鯉を目で追って、高砂緑地を出ると、すぐ隣の図書館で大きなガラス窓から雑木林を見上げた。本は読まなかった。
「おやおや?」
高砂通りを抜け、喧騒に踏み入れた。駅南口の前に差し掛かった薄暗い路地で、まみちゃんの後ろ姿を捉えた。パチンコ屋に入っていった。
まみちゃん、パチンコするんだ。
想像に易くも知らなかった一面に触れた、そのときだった___。
自動ドアを通り抜けたまみちゃんは、なぜか店先の玄関マットの上で土下座を始めた。ガンガンジャラジャラ店内の騒音が漏れている。
え、なになに、どういうこと?
何度も何度も額をマットに着け、顔を上げ天を仰いでは両手を擦り合わせて拝んでいる。
あ、わかった。あれだ、監視カメラに向かって拝んでるんだ。店員さんにゴマ擦って、自分が座る台の出玉を多くしてもらおうって魂胆だ。
これはヤバい。ヤバいものを見てしまった。パチンカスって、こういうヤツを指すんだ。
パチンコは、賭博じゃないよ娯楽だよ。
担任の見たくない一面を見て、駅に着いた。広く開放的で、ショーウィンドウにはサーフボードが飾ってある海外チックな茅ヶ崎駅は、街の静けさとは相反して、きょうも人がわんさかいてガヤガヤしている。
さっきカオスなものを見て心が疲れたから、ちょっと休憩しよう。