幕間:ただいま猪苗代
色濃い一日だった。東海道本線と新幹線では寝落ちして、あっという間に郡山。車外のボタンを押してドアを開け、電車に乗ったら車内のボタンを押して閉める。GReeeeN『扉』のサビが流れると、2両編成の電車が走り出した。一人占めのボックス席から、夜闇の車窓を眺めるでもなく流す。
現実が戻ってきた。郡山富田駅で、田舎者がイキってダサく着飾ったチャラそうな男が降りていった。
嘘みたいな、夢みたいな時間だったな。
特に河童。あれはほんとうに、現実だったのかな。
『まもなく、猪苗代、いなわしろです。The next station is Inawashiro』
電車の案内音声だけは、東海道本線と同じだ。
静けさが支配する、猪苗代駅に降り立った。しっとりしながらも突き刺す寒さ、薄ぼんやりした蛍光灯が照らすホーム、そこかしこに野口英世のポスター。
ここに、沙希ちゃんたちが来たんだ。なんか不思議。
茅ヶ崎からの切符は駅員さんに無効印を押してもらって記念品として受け取り、カバンにしまって駅の外に出た。店という店はすべてシャッターを下ろしていて、街灯り一つない。
この町の、私の周りにいる人たちは、私の好きなことを受け入れてくれない。けど、湖があって、山があって、空気がきれいな猪苗代自体は、嫌いじゃない。ずっと暮らしてきたこの町を出るのは、ちょっと淋しい。
駅から5分歩いて、家に着いた。
22時を過ぎ、もうみんな寝静まっているので、私は静かに戸を開けた。
「ただいま」
掠れるほどの小声で、私は小さな2階建て住宅の玄関に入った。