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伝説の河童

「ふは~あ、ほうじ茶はホッとしますなあ~」


「うん、香り高くて、味がしっかりしてるね」


「日本の心だね」


「巡ちゃんはどう? きのう行った小林園のほうじ茶なんだけど」


「美味しい。美味しいんだけど……」


 私たちはいま、得体の知れない全裸河童をお誕生日席に小さなテーブルを囲んでいる。西に河童、北につぐみちゃん、南にまどかちゃん、東に私と沙希ちゃん。


「日本に生まれて良かったなあ! 茶も酒もウマイ!」


 河童の前には日本酒『摺上川』とほうじ茶、それに白い皿に乗ったキュウリまるごと一本と味噌がある。


「あの、せめて服、着ませんか?」


 といっても、全裸で侵入して服なんか持ってるわけないんだけど。あるとしたら河童が座っている座布団の下。何を隠しているかわからない。


「そうだね、服は着たほうがいいね、乙女の前だし、仮に男同士でも全裸はちょっとね」


 沙希ちゃんも同調してくれた。


「わーったよしゃあねぇなぁ」


 言って河童は右手を握り、パッと開くとその手には赤い帯状の布が現れた。ふんどしだ。


「わお、河童さんすごい! マジック?」


 感嘆する沙希ちゃん。私、つぐみちゃん、まどかちゃんも驚いて目を見開いている。


「三十路を過ぎてもおなごとねんごろになれなかったから魔法使いになったんだ。すげえだろ」


「すごい! さすが茅ヶ崎の伝説!」


「伝説なの?」


「茅ヶ崎と、隣町の寒川さむかわの境界にある川には『河童徳利伝説かっぱどっくりでんせつ』っていう伝説があるんだけど……」


 私の問いに答えてくれたつぐみちゃんは困り顔。


「これじゃ本家に失礼だね」


 まどかちゃんがクールに言い放った。この人ほんとイケボ。


「何を好き放題言っておる! ワシが伝説の河童じゃ!」


 河童は立ち上がり、私たちの前にイチモツを惜しげなく晒して「ちんぽちんぽちんぽっぽーぶらぶらぶらりんちんぽっぽー」と陽気に歌いながら股間にふんどしを巻いた。沙希ちゃんは大笑い、つぐみちゃん、まどかちゃんは「ぶふふふふ」と噴き出している。


 いやいやいや、ただの露出狂だべした。本家に失礼。


「おじさんが伝説の河童なのか伝説じゃない河童なのかなんて、確かめようがないもんね」


 ひとしきり笑った後、沙希ちゃんは冷静に解析した。


 でも、十中八九河童じゃなくて、緑に塗りたくった不法侵入のクソジジイ。


「そうじゃ。だから本物だと思っていたほうが夢があるだろう」


「そだね、それでおじさん、どこから来たの?」


 沙希ちゃんはにこにこしながら河童のリアルな住所を聞き出そうとしている。


「夢の国のドリームランドじゃ」


戸塚とつかの遊園地?」


 戸塚。たしか茅ヶ崎に来る前に電車でそんな駅を通った。ここからけっこう離れてるけど、そこに遊園地があるのかな。 


「違う、というか、ずいぶん前に閉園したのによく知っておるな」


「博識だからね。でもドリームランドはもうないから、ほんとはどこ?」


「女湯の脱衣所じゃ。浴室もよく行くが脱衣所の割合が高い。あるときは前の田(まえのた)、あるときは今宿いまじゅく南湖なんご若松町わかまつちょうはなくなっちまったからな」


「茅ヶ崎の2大スーパー銭湯ね。通報しようか」


 沙希ちゃんがスマホ片手に私、まどかちゃん、つぐみちゃんを見遣りながら言った。三人ともこくこくと頷いた。


西久保にしくぼじゃ」


「ああ、一応河童が出るところの設定なのね」


「設定とはなんじゃ! ワシはほんに西久保のもんじゃ! まあそう厄介にはならん。キュウリ食ったら帰るから安心せい!」


「オッケーオッケーおっぺけぺー」


 ということで沙希ちゃんの了承を得た河童はキュウリに味噌を付けてポリポリかじり、酒を流し込んだ。


「ふはー、これじゃこれじゃ! 酒にモロキュウ! 茶も美味いのう、こりゃ高級品じゃな」


「そうそう、茅ヶ崎の隠れた逸品! 河童さんも気に入った?」


「ああ、満足満足! おヌシ、いいことあるぞ! 前に行ったうちでは包丁持って追っかけられたからのう。心ない世の中になったもんじゃ」


「不法侵入だから追っかけられるのはわからないでもないけど、心ない世の中にはなってるね」


「そうだろうそうだろう。だが嬢ちゃん、あんたはあったかい。だからあったかい人が寄ってくる。それで、冷たい者や悪しき者には嫌われる。先人の知見じゃ」


「それはよく感じるよ。きのう巡ちゃんと知り合って、友だちになった一方で、学校では前より距離を取ってる人もいる」


 あ、私、沙希ちゃんに友だちだって、思われてるんだ。どうしよう、なんだかこそばゆい。


「そうかい、見たところお主らはいま、人生の岐路に立っているようだが、いま自分とつるんでいるのがどんな輩か、逆にどんな輩に嫌われるのか。それを知っておくとな、波乱の人生も、こう、なんていうかの、一筋の光というかの、しるべというかの、そういうのが見えてくる。な、会津の嬢ちゃん」


「え?」


 私? そこで私に振るの?


「私は、その、地元には、仲間がいなくて……」


「ならこっちの仲間でいい。な?」


 河童は私を除く三人に目配せをした。


「イエス! 巡ちゃんはもうフレンド!」


「そうだよ、引っ越してくる前でも、またいつでも遊びにおいで」


 はっ、まどかちゃん、イケメン王子、甘い声と麗しい目……。


「私も、オタク友だちができてうれしい」


 つ、つぐみちゃん……。私も、私も、人生で初めてのオタク友だちができてうれしい……。


 でも、こんなにうれしい気持ちを、どう体現すればいいの? 感情を露にしたら、ぼろぼろに泣いちゃって、変な笑顔になって、めちゃくちゃになっちゃうよ。


 だから私は、努めて無表情を貫く。


「めでたしめでたしじゃな。それじゃ、キュウリ食ったし酒も茶も飲んだし、わしゃ退却するかの。ごちそうさん!」


 言うと次の瞬間、河童の姿はなかった。


「消えたね」


「うん、消えた」


「消えちゃったね」


「え、どういうこと?」


 三人は状況を呑み込めているみたいだけど、私の脳内は「まさか、そんなことある?」。


 自分の目の前で起きたことを消化しきれないまま、帰りの時間が来た。これ以上長居すると、郡山こおりやま駅からの磐越西ばんえつさい線最終に間に合わない。


「またね!」「来たくなったらいつでもおいで」「また映画観に行こうね」


 茅ヶ崎駅の改札口、三人は私を見送りに来てくれた。


「うん、ありがとう」


 ぎこちなく笑む。ほんとうは、心を解き放って満面の笑みでいたいけど、私にはそれをする度胸がない。


 改札機に猪苗代までの乗車券を通して、人混みに紛れ、通行人の邪魔にならない改札口外の柵から私を見送る三人を、私も振り返って、すぐ脇の階段からホームに降りた。15両編成の電車はすぐに来て、『希望の轍』のイントロが流れるとドアが閉まった。

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