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あの頃の茅ヶ崎

 クルマは線路の下を潜り、南側の地域に出て坂道停車。目の前には幸町さいわいちょう交差点。右折すると徳洲会とくしゅうかい病院や茅ヶ崎駅南口、左折すると若松町わかまつちょう、ひばりヶ丘、美住町みすみちょう浜竹はまたけ、辻堂駅南口。まみちゃんは直進して、一中通りに入るつもりらしい。一中通りは私たちの住む東海岸地区へ続いている。


 クルマが停止線に近付くと、信号が黄色から赤に変わった。車列の先頭、停止線前で停車。


「そこな」


 言って、まみちゃんは交差点の左向かいにある駐車場を指差した。


聖鳩みはと幼稚園のはす向かいにある駐車場?」


「そうだ、あそこな、私が子どものころはファミマと小洒落た酒屋が並んでたんだ」


「コンビニって、左じゃなかったっけ」


 と、私は最近までコンビニがあったすぐ左側の低層マンションを見た。


「そこができるずっと前にな、古い2階建てくらいの建物があったんだよ。ちなみにそのマンションは、ファミマと酒屋があったころは建物自体がなくて、小さい金物屋があった」


「茅ヶ崎に歴史ありだね」


「歴史っちゃ歴史だが、それを語るなら南湖院とか烏帽子岩での射撃訓練とか、パークとかだろ」


 パーク。1960年代から1980年代まで加山雄三氏が経営していたパシフィックホテルのこと。パシフィックパーク茅ヶ崎とも呼ばれていた。跡地に建てられた南国風リゾートマンションは私たちが通う湘南海岸学院や母校第一中学校、東海岸小学校のすぐそばにある。当時の有名人や、当時まだ子どもだった茅ヶ崎出身のミュージシャンの遊び場でもあった。


「外向きにはね。あと寒川さむかわ神社と厳島いつくしま神社」


「ああ、マンp……」


「それ以上はアカン。本題に戻ろう」


 これは対象年齢が上がることだと思うので、気になる人は茅ヶ崎の歴史を調べてみてくださいな。


「おう、それでよ、私はガキのころよく、十円玉を握りしめて、ファミマのレジの横にあるガムのガチャガチャをやってたんだ」


「水色とか白とか赤とか、玉のガムが出てくるやつね」


「そうだ。水色が出てきたときは嬉しかった。赤、白、黄緑とか、けっこうな数の色があったが、なぜか水色は滅多に出なかった。だが、私はそれと同時に、隣の酒屋の店先に置いてあった自販機に目が行った。その中に、やたら目立つビールがあったんだ」


「クラシックとかオリオン?」


「未成年のくせに詳しいな。だが違う、ハイネケンだ」


「ああ、緑の缶の。確かに目立つね」


 まみちゃんも当時未成年だったくせに詳しいじゃんか。親が飲んでりゃ覚えるけども。


「そうだ。その酒屋でハイネケンを買って飲むのが、私の夢だった。だがいつしか酒屋もファミマも店をたたみ、夢は叶わなかった。ついには建物までなくなった」


「ハイネケンは今でも売ってるんだから、買えばいいじゃん」


「私はその酒屋で買うのが夢だったんだ。なんかよ、酒蓋さけぶたもらいに回ってた他の酒屋とはちょっと違う、小洒落た感じが良かったんだ。ハイネケンはもう飲んだ」


 まみちゃんが子どものころ、一升瓶の酒蓋の底辺凹部にビービー弾をテープで貼り付けて駒にして回す遊びが流行ったそうな。


「そうかい、しかしビールを買って飲むのが夢とはね」


「いいんだよ、まずはそんくらいのちゃっちい夢で。次はそれよりちょっとでかい、そうだな、ラーメンに味玉とチャーシューをトッピングしたり、都内に出かけるときは通勤ラッシュの普通電車を横目に特急のリクライニングシートで優雅にコーヒーを飲むとか、雪だるま式に夢を大きくしてく。そしていつかロックンロールスーパーマンって寸法さ」


「ロックンロールスーパーマン? あの?」


 茅ヶ崎でロックンロールスーパーマンといえば、私にとってもまみちゃんにとっても中学校の先輩に当たる国民的ミュージシャン。


「例え話だよ。けど、夢はでかいほうがいい。人生に飽きないからな」


「飽きない、かぁ」


「そうだ。目指すものがあればボケ防止にもなるぞ」


「ふむふむ、長い目で見れば確かに」


「最近は居間から冷蔵庫に物を取りに行く3歩だけで、何を取り出そうとしたのか忘れちまってな」


「まみちゃん、いろいろヤバイね」


「茅ヶ崎人なんて、だいたいヤバイだろ」


「あぁ、否定したほうがいいんだろうけど、地の人たちの顔を思い浮かべると否定できない……」

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