海岸通りの茶店で
「あぁ、さらっとしたあんこ、深い甘味のあるお茶……ホッとする……」
「お茶は日本のこころ……。茅ヶ崎でもお茶飲むんですね」
ここは、茅ケ崎駅南口から徒歩5分、サザン通りに出て、本屋さんのある交差点を右に逸れ、海岸通りに入ったところにあるお茶とお団子のお店、小林園。
その昔、サザン通りが海へつながっていなかったころは、この海岸通りを通って海へ向かったそう。
海岸通りの終着点は、かつて結核患者の療養施設『南湖院』のあった南湖へ続き、現在のリゾート地ではなく、療養地としての、松が繁り落ち着いた様相が強かった茅ヶ崎が垣間見える。
小腹が空いたので、お団子も売っているお茶屋さんの店先にある赤い布地のシートが敷かれた椅子に座って、あん団子を頬張っている。お供(むしろこっちがメイン?)のお茶は店主のおじさんが艶やかな白い湯呑みに淹れてくれた『茶山』。
視線の先は、左にガラス張りのお茶屋さんの出入口。茶葉のサンプルがズラリ並んでいるのが外からでも見える。脇は一方通行と思うくらい狭い道路。右斜め十数メートル先にはシャッターの柱を鳥居に模したなんちゃって神社、サザン神社がある。
自家用車、コミュニティーバス、自転車や歩行者。交通量は多いのに、どこかのんびりした空気が漂っている。
「ん? どゆこと?」
「茅ヶ崎っていったら、みんなアロハシャツにビーサンで、ハイビスカスが添えられたトロピカルドリンクを飲んでるイメージなのに、みんな割と普通の格好で、普通にペットボトルとかス◯バの飲んでる」
「ス◯バ、福島にもあるの?」
あ、ちょっと嫌味に聞こえたかな?
「郡山にはね」
という巡ちゃんのイントネーションは、福島訛りだった。郡山は、福島県でいちばん栄えている街らしい。猪苗代に行ったとき、ちょっとだけ立ち寄った。駅前は中層ビルやビジネスホテルが乱立し、大手家電量販店や、プラネタリウムの球体が透過したひときわ目立つ高層ビルがあったのを覚えている。
◇◇◇
田舎町。そう聞いていた茅ヶ崎は、猪苗代と比べたら大層都会だった。見渡す限り人人人で電車は15両(猪苗代を走る磐越西線は最長6両)、郡山より大きい6階建ての駅ビルがあって、ヨー◯ドーは5階建て。銀行は地銀もメガバンクも揃ってる。バスもタクシーもうじゃうじゃ走ってて、しかも新車が多い。居酒屋、牛丼屋、ファミレス、飲食チェーンもたくさん。ラーメン屋さんもいっぱい。猪苗代は駅から離れたところに小さな街がある車社会に対して、茅ヶ崎は駅を中心に街が広がっている。
騙された。
東京は都会だけど神奈川は田舎だから。横浜だって山だらけだから。
誰かが言ってたことを鵜呑みにした私がバカだった。よく考えたら、東京に比べれば他の道府県は田舎っていうだけで、駅前には食堂とジャズ喫茶が一軒ずつ、スーパーはもちろん平屋、基本田んぼと湖しかなくて街でもクマが出る猪苗代と比べたらそんなわけなかった。
「沙希ちゃん、神奈川にも、猪苗代と同じくらい田舎なところってあるの?」
「あるよ、例えば清川村は電車通ってないし、村の中心には役場とドラッグストアと道の駅があるくらい。ほかにもそういう町はあるんじゃないかな」
「へぇ、あるにはあるんだ」
「住むならそういうところのほうがいい?」
「うーん、どうだろう。神奈川は田舎だって聞いてたから、意外と都会で驚いただけ。でもこのサザン通りは、なんかのんびりしてていいかも。茶店でお団子なんて、江戸時代みたいな体験もできるし」
「ふふーん、でしょ?」
駅の周りはごちゃごちゃしてるけど、一歩外れたところには、どこかのんびりした空気が漂っていて、初めて会った怪しいオタクにお団子をご馳走してくれる子もいて。茅ヶ崎も、悪くはない、かな。