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福島から来たヲタク

「いやあ、秋が深まってきましたなぁ」


 楓の木のそば、涼やかな風に吹かれてふわりひらひら舞い散る黄金の葉を見上げる。舞い降りてきた無数の葉は私を包んで、ひらりロングスカートをめくり上げた。


 福島への卒業旅行後、初めての日曜日。私はひとり、黒い皮張りのケースに収納したアコースティックギターを担いで中央公園に来ていた。オレンジや黄金に煌めく紅葉の中で、歌いたくなったんだ。


 茅ケ崎駅より北側、国道1号線の少し先、市役所と文化会館の道路を挟んで正面にある中央公園は、木々と芝生の広場、小さな池と貯水池で構成された、市民の憩いの場。主に子どもの遊び場や犬の散歩コースとして利用されている。


 園内を歩き回り、演奏に適した場所を探し回った。近くにボール遊びをしている子どもがいない、公園入口付近の銀杏の木を囲う大理石に座ってギターを膝に抱えた。投げ銭目的ではないので帽子とか箱は持ってきていない。左斜め後ろには、茅ヶ崎の南湖なんごに住んでいた作曲家、山田やまだ耕筰こうさく氏が作曲した童謡『赤とんぼ』の石碑がある。山田耕筰氏の父は、この前行ったばかりの福島県の御殿医だったという。


 茅ヶ崎は、5時のチャイムが『赤とんぼ』。


 秋の澄んだ空気を吸い込み全身に染み渡らせて、広い歩道に向かってギターの音色を響かせる。といっても、この辺りは交通量やビルが多く、また、ビル風が吹くので音は響きにくい。通行人に聴かせるというよりは、自己満足で歌うだけ。


 え? お前ギターできるのって?


 できるんだなこれが。フルーツの香りがする夢のような女子、白浜沙希。肩書きは陸上競技部員。しかし得意分野は音楽。音楽系の部活には入らなかったけど音楽が好き。


 全国大会常連の吹奏楽部と合唱部、サザンオールスターズやサチモスに続けと、高い技術を持った軽音楽部。そこまでガチになると私はイヤになっちゃう。音楽は音を楽しむと書いて音楽。音を楽しみたいんだよ、わたしゃ。


 ということで、お気楽な私は即興でシング・ア・ソングする。



 ◇◇◇



『秋だね』

 作詞、作曲:白浜沙希


 秋だね

 秋ですね

 風がしんみり涼しいね


 にぎやかな夏が恋しいけど

 真っ赤なもみじが綺麗だね


 秋だね

 秋ですね

 海がきらめく秋ですね


 かき氷は食べ損ねたけど

 サンマの塩焼きおいしいね


 秋だね

 秋ですね

 焼きいも買って帰ろうか



 ◇◇◇



「おおおおおお」


 パチパチパチパチ。


 拍手をくれたのは、歌い出しのときに通りかかって足を止めてくれた、なんというか芋っぽい高校生くらいの女の子。ボブカットで、白い大きめのふっくらしたトートバッグを右肩にかけている。


「ありがとねー!」


 数メートルの距離がある女の子に向かって、私は気持ち大きめの声で謝意を伝えた。


「すごい! すごいです! 私、ピンときました!」


 なんだなんだ、言いながら女の子が私に詰め寄ってきた。なんだかわかんないけど、私のセンスにピンときたんだと思う。


「お目が高いねお嬢さん。カバンが大きいけど、いったいどこから来たんだい?」


「いきなりタメ口利いてくるヤバい人ですね!」


「あ、すみません。この場のノリで」


 ぶっちゃけこの子もなんだかヤバそう。適当にあしらって撒いたほうがいいかな。


「福島です! 福島から下見に来ました!」


「下見?」


「そうです、私、来年からこの近くの大学に通うんです。それで、街の様子を知っておこうと思って!」


 語句は標準語だけど、飯坂いいざかの友ちゃんみたいに福島訛りがある。


「そっか、それじゃ私たち同い年だ! 福島、先週行ってきたよ!」


「へ、福島来たんですかあ! どこです? 福島のどこに行きました?」


「飯坂温泉」


「飯坂! 友ちゃん元気ですか?」


「友ちゃん知ってるの? っていうことは、えーと、お姉さん、飯坂の人?」


めぐるです。廻谷めぐりや巡です、私の名前! 猪苗代いなわしろから来ました」


「あ、猪苗代。猪苗代も行ったよ」


「猪苗代にも来たんですかあ! わーい、うれぴー!」


 やっばいなこの子、頭ん中お花畑タイプかな。


「でも、猪苗代の子が、どうして飯坂の友ちゃんと知り合いなの?」


 猪苗代から飯坂までは、磐越西ばんえつさい線と新幹線と飯坂線を乗り継いで約2時間。車だと1時間くらいかかるらしい。


「猪苗代でもその他全国、外国人でも、飯坂に行ったオタクはだいたい友ちゃんと知り合いです!」


「そっか、友ちゃんのお店、装飾すごいもんね」


 店内にぎっしり敷き詰められた、全国各地のキャラクターが浮かんだ。アクリルキーホルダー、缶バッジ、タオルなどなど。


「そうです、あそこは心のハウスです。私みたいなオタク友だちがいないリアルで居場所もない身も心もヤバめでキッツキツな人ならざる生物学的ホモサピエンスでも受け入れてくれる貴重な場所です」


『私みたいな』以降早口。


 ああ、たぶんこの子、すっごく闇の深い人だ。だけど生きてりゃね、闇はいっぱい抱えるさ。


「あのっ」


「はい」


「これも何かのご縁かと思うので、図々しいお願いかと思うのですが、良かったら、茅ヶ崎を案内してくれませんか?」


 えー、適当なところで撒こうと思ってたのに。


「うん、いいよ」


 ヤバいけど悪いヤツっぽい感じはしないし、きょうはスケジュールが空いているから、茅ヶ崎を案内して差し上げましょう。ギター重いな。

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