またね福島!
「ほへ~、なんていうの? このアイスキャンディー舐めながらのんびりするの。ノスタルジー?」
ラヂウム玉子、樹麗茶、ほりえや旅館の婿旦那さんに同伴してもらって買った日本酒などなどお土産を買い込み、あまり土産物を売っていない土産屋さんに寄った。数少ない土産物の一つであるイカニンジンを買って、店内の卓を囲う丸椅子に座ってイチゴのアイスキャンディーをぺろぺろ。陸は抹茶のアイスキャンディーをぺろぺろ。宅の中央に置かれた黒い鉢の中では、水草をバックに白いメダカが泳いでいる。
「飯坂気に入った?」
厨房のような作業場でTシャツのプリントをプレスしながらお店のお姉さん(?)、友ちゃんが笑顔で言った。
「もう大層気に入りました! また来ます!」
「俺はこの静かでごちゃごちゃしてない雰囲気が好きです。それ故に地元の人を近くに感じられるところとか」
「そっかあ! 飯坂はそんなにお客さん来ないけど、来る人にとってはかえってそれがいいのかもしれないね!」
ハキハキした福島訛りで喋る友ちゃん。
歴史情緒漂う飯坂温泉だけど、なんというか、観光地というよりはのんびりくつろぎに来る場所、みたいな感じがする。海と山で趣は違うけど、茅ヶ崎とも似ているこのまったりした雰囲気が、私はやっぱり好き。地元以外にも居場所があるって、なんだかいいな。
しばらくのんびりしてると、つぐピヨ、武道、まどかちゃん、自由電子くんも土産袋を両手に土産屋に入ってきた。
「みんな買い込んだね!」
友ちゃんがみんなの荷物を見回しながら言った。
「アクリルキーホルダーとその他グッズがホックホクで。まるで温泉地が広大な即売会場みたいです」
キャラクターグッズを買い集めて幸せそうなつぐピヨ。
「俺はラヂウム玉子とリンゴと揚げまんじゅうと梅干しと餃子とラーメンと、あとえーと、色々買ったっす」
「食べ物いっぱいだねー」
「うっす!」
武道、ほんと食い物ばっかりだな。
「まどかちゃんは何買ったの?」
私から質問。
「私は、リンゴはここで買ってほりえやさんに置いといてもらって、ラヂウム玉子、いちごパイ、お茶、奥飯坂の吉川屋っていう大きい旅館に売ってた肌がつるつるになるジェル、あとは自由くんとその旅館のカフェスペースでソフトクリームとコーヒーを」
「あと、きょうもおととい入ったお店で飯坂ラーメンを食べました」
「ラーメンおいしいもんねー」
と、友ちゃん。飯坂ラーメンは麺がつるつるしててのど越しがいい!
アイスキャンディーをぺろぺろしたら、こんどはわさびアイスもなかを食べた。ミルキーなアイスにツーンとしたワサビがクセになりそうな独特の風味だけど1個3百円と値が張る。
喉が渇いたら柚子サイダー、トマトサイダーを飲んで潤した。
そしていよいよ、お別れのときが来た。
「じゃあね、また来てね!」
「ううう、友ちゃん、友ちゃあああん!!」
外は暗くなり、土産屋にかれこれ3時間滞在。とうとうお別れのときが来た。世界ウル◯ン滞在記のお別れシーンみたいに泣きじゃくるフルーツの香りがする夢のような女子。
「よしよし、またいつでも来てね」
「うううううう、おおおおおお!!」
どうにかこうにか泣き止んだところで、いよいよ出発。
友ちゃんに見送られ、土産屋脇の、歴史情緒を凝縮した緩い坂を上る。背後にほりえや旅館。歩を進める度、その木造の建物がどんどん小さくなってゆく。
そして下り坂に差し掛かり、突き当たりを右へ。とうとうその姿は見えなくなった。
飯坂温泉駅に入ると電車はすぐに来て、ドアが閉まるときのブザーが胸に響いた。
福島駅からの新幹線は、大量の荷物と武道の体格を考慮して、なんとまるごと1両空席だったグランクラスを利用。グリーン車より格上の車両だ。全12席のうち前から6席、進行方向右側の2人席3ブロックを確保。残った席は2人席が1ブロック、ひとり席が6席全部。
前から武道&つぐピヨ、自由電子くん&まどかちゃん、陸&私。なぜか女子は全員通路側になった。レッドカーペットが敷かれた客室、シェルターに擁された皮張りのゆったりシートに感動した。
発車メロディーの『栄冠は君に輝く』を浴びて福島駅を出たところで、私は涙で崩れた化粧を直しに洗面所に行った。揺れの少ない静かな客室に戻るとつぐピヨは読書灯を使って文庫本を読み、自由電子くんは窓の外を遠巻きに見ていた。グランクラスは座席から窓までの間隔が広く、窓はがっつりした縁に覆われていて景色はちょっぴり見にくい。疲れたのか、武道と陸、まどかちゃんは眠っている。いびきはかいていない。
グランクラスだと一部の列車にはアテンダントさんが軽食やドリンクのサービスをしてくれるらしいけど、この『やまびこ152号』はそれがない分料金が安い。私は肘掛けに格納されているミニテーブルを出して、新幹線コンコース内のコンビニで買ったホットコーヒーをちびちび飲む。うん、おいしい、本格的な味だ。
コーヒーを味わっているうちに新幹線は東京駅に着いて、やはり荷物が多いので東海道線のグリーン車に乗り、飯坂温泉駅を出て3時間半で茅ヶ崎に着いた。意外にも電車での所要時間はお隣、静岡県の堂ヶ島までと同じだった。
「着いたー! フルーツの香りがする夢のような女子、茅ヶ崎へ帰還!」
電車を降りた途端に潮の薫りがして、帰ってきたと実感する。
発車メロディーの『希望の轍』を浴びて、乗ってきた電車が発車した。
「お家に帰るまでが旅行だよ」
つぐピヨがにこにこして言った。
「そだねぇ、お家さ帰るまでが旅行だね!」
「沙希、福島訛りうつったね」
「元々‘んだんだ’とか言ってたからな」
まどかちゃんと陸から鋭い指摘。
「んだね、なんかこう、喋りやすいよ、福島訛り」
萩園に住む武道とは改札口で別れ、住所が微妙に離れている自由電子くんとは南口のバスのりばで別れた。バスの系統でいうと、自由電子くんの住所は茅09か辻12系統の石神下、ほか4人は辻02か辻13系統の東海岸北五丁目。
しかし荷物が多いので、4人はタクシーに乗った。自由電子くんは空いていた茅09、東海岸循環のバスに荷物を抱えて乗っていった。
東海岸北五丁目のお米の自販機の前で、タクシーを降りた。ここだと住宅地に続く裏道の入口で、少しスペースが広いため、タクシーが引き返しやすい。
松ヶ丘の交差点までほんの少し歩いて、とうとう全員とお別れ。
「あの、今回は、私の行きたいところに、行ってくれて、ほんとうにありがとう」
「つぐピヨー!! 楽しかったよおおお!! 福島楽しかったよおおお!!」
抱きついてわしゃわしゃ!
「いいとこだったよね」
「また行きたいな」
「行こう! また行こう! 旅の終わりは、次の旅の始まりだあ!」
「だっ、だあっ!」
つぐピヨー!! 可愛いよつぐピヨー!!
残り2名はノリが悪い!
帰宅すると、特に誰も出迎えてはくれなかった。土産話を共有する相手は、家族にはいない。私は一旦自室に入って、着替えを持ってシャワーを浴びた。飯坂の温泉みたいに熱くはない、相模川のぬるま湯。
日ごろ心のどこかで感じている不満や寂しさでできた傷口を、旅はちょっぴり埋めてくれた。新鮮な景色が、人の温かさが。
だからきっと、その土地が恋しくなるんだな。
またね飯坂温泉、またね福島。たくさんのハッピーをありがとう!