最南端の地~1
慣れない地でのお仕事は大変です、頑張れぇ~~~(*´Д`)。
隊列を組み飛び立って行くドラゴン達に、ギャラリー達から熱い歓声が上がる。
ドラゴンは好きなんだよね・・・騎乗者は目に入らないんだろうけど。
先頭はポワフ隊長、自分勝手に突っ走らないで、周囲の状況を考えながら隊列を組むには妥当な人選だろう。モルちゃんと詩乃は隊の真ん中に位置している、長いフライトでは一番体力が少ないモノに合わせて飛ぶのがセオリーだろう。
モルちゃんは大きくなったとはいえ、まだ他のドラゴンの体長の半分ぐらいしかないのだ、詩乃に付き合わせて無理はさせたくはない。
隊長は旅立つ時のお約束なのか?一度トンスラの上空を旋回し、皆さんの歓声に答礼してお別れを完了すると、高度を上げるために山に向かって飛んで行った。
この季節は南の大陸の方から強い風の河が流れて来る、王妃領ランパールから逆風の中を南に飛び続けると体力の消耗が激しくなる。
それを避ける為に、まずは海に迫った山の方に向かい、山にぶつかり跳ね返ってきた風を利用して高度を稼ぎ、一度東の海上に抜けて楕円を描く様に流されながら南に向かった方が楽なのだ。一度風の河に乗れば、後は魔術具で補助しながら滑空していけば良い。
ただ風の河に乗るタイミングが難しいのだが・・・。
隊長は気を利かせたつもりなのか、山へ向かう途中に詩乃の住むラチャ先生の屋敷付近の上空を通過していった。自分の住む家を上空から見る機会は、普通に生きていたらそうないモノだろう・・・どれどれ、どこかなぁ・・・っと・・ランパールはどこも南仏風の赤レンガ色の瓦だから・・。
おおぉぅ・・・屋敷の庭の芝生の上で、使用人の皆さんがVの字の形に並び、青いスカーフを此方に振っているではないか・・・。
ついつい癖でピースサインをしてしまう詩乃に、その指の形にはどんな意味が有るのか兎メイドの誰かが(見分けが付いていない)聞いて来たのだ・・・だから。
「これは、勝利と平和を表す指文字なんですよ。ピース!」
・・・って、適当な事を教えたのだ、覚えていたんだねぇ・・・。
あの子の振っていたスカーフは、某アニメの歌詞の様に真っ赤じゃぁ無かったねぃ。
青でも良いけどさぁ、恥ずかしい様な・・・嬉しい様な。
「わぁ~~可愛い子達がいるね?兎獣人は珍しいね~~、あんまり人間の地域には出て来ないって聞いていたけれど。彼氏はもういるのかなぁ?ねぇノン君、今度紹介してよ。」
ムウァはお気楽にそんな事を言っている、緊張感の欠片もねぇ。
紹介ねぇ・・・兎シスターズの父は腕利きの料理人だ、そんな事を教えたら家まで押しかけて来て居座りそう(部屋数は有るからねぃ)なので無視しておこう。
・・・いやぁムウァさん、悪い人じゃ無いんだけれどさぁ、アッシは公私は分ける主義だからさっ。
詩乃は使用人の皆さまに手を振り返しながらそんなことを考えつつ、ラチャ先生の姿を探したが・・王都の魔術省にでも戻ったのか姿は見えなかった。
ふうぅ・・・フラグは折れたね・・・案外ゲンを担ぐ質だったか自分・・・良かったような、寂しい様な?
上空に上り詰め、風の河を確認したら進路を東へと向ける、しばらくはこのまま進み、やがて転進して最南端を目指すのだ。
海が視界一杯に広がる、天気が良いからキラキラと光り美しい。
だがこの美しい海と吹き寄せる南風が、恐ろしい海賊と難民を浮かべてランケシまで運んでくるのだ。
隊長のドラゴンが、旋回の姿勢に入った・・・風の河に入るのだ。
「モルガナイト、行くよ・・・大丈夫?」
「もちろん任せて!詩乃ちゃん、一緒に行こう!」
もうドラゴンの姿は、地上からはスズンメの姿より小さかった。
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バタバタと走る音が聞こえて来て、ノックもせずに乱暴にドアが開かれる。
建付けが悪く、開けるのにコツと力がいって苦労するドアなのだが、侵入して来た人物にはドアの方が押し負けるらしい。
「伯母上、援軍が来るって本当なんかぃ?」
「跡取り殿、私の事は領主様、もしくは伯爵様とお呼びなさい。
どんなときにも秩序は大切で、威厳は領主として大切な資質ですから。貴方もやがて貴族の一員になるのですから、マナーの一つも身に着けない事には恥をかくことになりま・・・・くどくどくど・・・。」
頑強なのが取り柄の伯爵邸は、古くそして大変に陰気臭かった。
建物もさることながら、領主として多数の木簡に埋もれる伯爵位の初老の女性。
彼女が醸し出す雰囲気が、伯爵家・・いや、この地の終焉を体現している様で恐ろしい。疲れ切っていながら、気位高く決して弱音を吐かず・・・格下の相手に頼る事など矜持が許さない・・・ある意味、滅びの道をひた走っている様な女性だった。
「伯母上、此処は王宮じゃぁないんだから、少しは気楽に行きやしょうや?
そんなに張りつめていると体に悪いぜぇ、もっと力を抜いて適当に・・・。」
「この状況で適当に気楽で居られるなんて、貴方はある意味得難い性格と才能の持ち主なんでしょうよ。」
「おほめに与かり、恐悦至極で御座います。」
「貴方には、皮肉と言う概念は無いのですか。」
女伯爵の脂肪と肉に埋もれていた、遮光器土偶の様な横線一本の目が薄っすらと開けられた。
・・・お久しぶりです、女官長・・・・。
その老女は数年前、異世界に詩乃と聖女様が召喚された際に、身の回りの世話を担当していた女官だった女性だ。まぁ、王宮の聖女の離宮での生活も色々あって・・・誰にとっても黒歴史なのだが。
詩乃が王宮を去ってトデリに向かう少し前、王宮のドタバタの直後・・・。
女官長は職を辞し王宮から去っていた、女官長もドタバタの一端を掠めていた為、聖女様の怒りを買い恩赦の条件にある課題を出されていたのだ。
詩乃に斡旋した見合い相手と結婚するか、故郷に戻って爵位を継ぐかの2択である。
「これからは女性でも爵位を継いで、領地の統治が出来る様にします。そなた女性領主第1号となって、見事領地を再興して見せなさい。・・・そなた、できるであろう?」
王妃からは、暗にその様な感じの表情で挑発された。
「長い間、主様にお仕えしてまいりました、仕え生きるのはもう十分です。」
王妃様の挑発に乗ったつもりは無かったが、もう自由にしても良いんじゃぁ無いか、自分は十分頑張って来たのだから・・・そう自負していた。
もう故郷に帰ってゆっくりし、少し経ったら妹の息子を養子にして爵位を譲ればいい、そんな風に気楽に考えていたのだ。
・・ところがだ、イザ着いてみたら・・この故郷の荒廃ぶりは何なのだろう。
女官長は王都で就職してから、少なからず資金を領地に仕送りをしてきた。
給金の半分は故郷の父親へ、残り半分は妹達の結婚資金に振り分けた。
自分の自由にできるお金などほとんど無かったが、すべては故郷と半分だけ血を分けた(可愛くも無い)妹達に費やして来たのだ。
それが・・・この有様か?
故郷であるランケシ王国最南端の地は、自然災害の多い土地柄だった・・・。
夏に南からやってく来る嵐は強烈で、領地を毎年蹂躙して去って行く。
直しても直しても・・・崖は崩れ、土砂は民家や畑を押し流し、作物を駄目にして人々を飢えさせた。
それが・・・解っていたから、解っていたから・・・女官長も・・・娘盛りの着飾りたい年頃を我慢し、自分の幸せなど考えずに、華やかな同僚に目を向けて嫉妬する事も無く頑張って来たのだ。
それが・・・この状態か?
畑の後は荒れ放題で、もう随分前に放棄されたようだ・・・廃屋が並び人影も無く、生き物の発する熱も難じられない。
あの日、故郷に戻った女官長とその甥は、厳しい現実に愕然としたのだった。
どうやら父親の伯爵は、抜本的な改革をする事も無く、災害で事故が起こる度に対処療法的な手当てでやり過ごして来たらしい。その時には如何にか乗り越え、生き残る事は出来たが、根本的な解決にはなっていなかったのだ。
それを責める気は女官長には無かった、彼女自身この現実をどう立て直していけばいいのか、これっぽっちも思い浮かばなかったからである。
そんな年老いた父親は、帰郷した女官長を見ると、心底案したように脱力して・・・そのまま数日後には儚くなってしまった。
気力が尽きたのでしょうと、これまたロートルな執事が(女官長が年寄りに思うのだから相当だ)呟いた・・・その後執事は高齢を理由に退職して、今この伯爵領には執事は居ない・・・だメエェェェェだ。
伯爵になったは良いが領地には問題が山積みで、とてもじゃぁ無いが女官長の手には余った。
それでも女官長なりに頑張ってはみたのだ、財政を見つめ直し無駄を省き質素倹約を心掛けたが・・・それだけでは領地は潤わない。カツカツでただ生きているだけだ。
もともと決められた範囲内で、効率よく仕事を流す技には長けていたが・・・彼女は使われる側の立場の人間だった、使う方の資質は求められるスキルが違う。
こんな時に・・・王妃様だったらどうするだろう、女官長は頼れる上司・リーダー像に王妃様を思い浮かべていた。
この数年間、女官長を支えていたのは王妃様の幻影・行動パターンを思い出してのアレコレだった。それは上手く行く時も有り、駄目な時もあった。
所詮女官長は王妃様では無く、女官長でしかなかったから・・・。
そんな時だ、苦悩の毎日を過ごす元女官長・現伯爵に更なる脅威が襲い掛かって来た。
大陸の帝国の内乱とそれのよる、難民の発生と・・武装難民・・海賊達の破壊行動である。
これはもう国家間の問題で、一領地でどうこう出来る案件では無い。
女官長はどこかでホッとしつつ、王妃様に援助を求めるべく連絡を取ったのだ。
「しかし、あの王宮がこんなに早く動いてくれるとは意外ですね。奴らボンクラで、使えないお坊ちゃまばかりだと思っていたが。」
「王宮が当てにできるはずが有りません、貧乏貴族からの陳情など毎日山のように来ますからね。(その手紙の中から、袖の下の有無で数枚だけを選び、王妃ら中枢の人物に仲立ちするのが、女官達の旨味の有る稼ぎ方の一部であった、女官長も良く稼いだものだ。)手紙は王妃領に有る、王妃様の館の女官長当てに出しました。彼女には以前貸しが有りましたからね、動いてくれると踏んでいたのです。」
「流石王宮の古狸、無駄に顔がデカイ。」
「それを言うなら、ひ・ろ・いです。
まったく貴方と言う人は(以下略)・・・くどくどくど・・・。」
この女官長の苦言を、潺の流れの様に聞き流している男は彼女の甥っ子である。
3番目の妹が上昇志向の強いタイプで、王宮でメイドをしたいとか、カッコイイ貴族と結婚したいとか、何かと女官長を悩ませる娘だったのであったのだが。
しかし貧乏伯爵家の常として持参金など揃える事も出来ず、妹自身も王宮の厳しさに夢破れて、分相応に騎士爵の男と結婚した・・・そうして、授かった一人息子がこの鷹揚な大男である。
騎士爵の婿殿は命大事にホドホドに出世して、いまも後進の指導に活躍しているが・・・何故に騎士の息子が騎士に成らなかったのか?
それは、この息子の性格が大いに関係している・・・腕にも魔力にも、それなりに覚えがあるこの男は、力こそ全てで、階級や序列など鼻糞ほどに気にかけないのだ、これでは貴族が係わる騎士職で務まるはずがない。貴族を嫌って冒険者として護衛をしたり、ダンジョンに潜ったり、魔獣を相手に戦ってきた男である。
未来の伯爵様なのだが・・・これほど貴族に向いていない人物も居ないだろう。
女官長にはどうにも手に余る、訳の解らない人物なのだが。
この度の騒動には、この甥のギルトの昔馴染み達が、金銭度外視で領地に駐留して働いていてくれている。
・・・ある一部には、人望が厚いらしい・・・脳筋の一部にだが。
「それで、その王妃様はなんと?」
「さぁ、良く知る人物を送るとだけ・・・。
私が知るのなら、聖女派・・・王太子の派閥の者でしょうが。
全権を委任して送るとの事なので、どちらにしても領内の負担は減ると思いますが。
魔術師長とか・・・そう、プマタシアンタル様クラスの方が来て下せればよいのですが。」
「どうだかね~~お貴族様は、メンドクサイから実務に強い現実派が来てくれた方が良いなぁ~~俺としては。」
「何か言いましたか?」
いえいえ・・蠅を追い払う様に手を振る・・おおおとこのおい。おがおおいな。
貴族の振舞いには程遠い・・・女官長は露骨にため息を付く。
まぁ、この甥っ子としてもドンパチが面白いから、伯爵領に居るんであって・・。
沈静化したらサッサとズラかる気でいるのだが、荒れた領地に母親の恩人の伯母を、一人残して去る気はない当り、悪い奴では無い様なのだが。
ドンドンドン・・・・
「伯爵様、伯爵様~~~大変です。」
「何だ騒々しい、ドアを開ければ良いジャァないか。」
「このドアを軽々開ける事が出来るのは、馬鹿力の有る後継ぎ様だけです~。」
「フンッ」
と馬鹿にしたように、後継ぎ様がドアを開けてやると、取っ手に数人取り付いたまま、ドドドッと部屋の内部に雪崩込んで来た。
「何事です?」
「海の方から、数頭のドラゴンがやって来るのが確認されました。ドラゴンです~~~、助けが!助けが参りました、我が伯爵領は救われたのです。」
・・・ほぅ、ドラゴンが・・・・。
甥っ子の言葉に、女官長の遮光器土偶の目が開きカッと光った。
相性の悪い2人、聖女の離宮のバトル再現となるのか?