出張です~3
大人になればなるほど、旅立つ前に忙殺されるものですね・・・行くまでに疲れちゃうよぉ(*´Д`)。
「詩乃ちゃん、寂しい?」
モルちゃんが話しかけて来た、トンスラに向かう途中、空の上に二人きりである。
「そだねぇ~~~。」
どうなんだろう、この気持ちは?
トデリを離れた時には、まだいろいろと腹を括っていなかったから・・・この世界で生きている実感が薄くて、感情の色も希薄だった様な気がする。クイニョンは円満退去だったし・・・ハイジャイを離れた時には万々歳でせいせいしたくらいだ。
もう一度此処に戻って来たい・・・なんて思ったのは今回が初めてかな、もう少しは落ち着いて暮らしたいしね。
「モルちゃんがいてくれるから、寂しくは無いよ~~。」
「そうだねぇ詩乃ちゃん、無事にお仕事片付けて、また此処に戻ってこようね。」
そんな話をしながら、トンスラの上空に近づき基地の様子を眺めたら・・・何だか雰囲気が、嫌な感じのオ~ラに包まれているような感じに変わっていた。
*****
「これはどう言った訳だえ?キンキラの制服のお偉いさんらしき人が、ぎょうさん湧いて来ているが。」
トンスラに到着した詩乃は同僚達の傍にニジリ寄り、ヒソヒソと事情通のシェルワさんにお伺いを立てた。
「王妃領ランパールのトンスラに有っても、我々独立空軍部隊は騎士団の所属だろう?派遣に当たっての辞令の授与は騎士団から手渡さねばならんのだとさ。
奴らには譲れないケジメらしい、ご苦労な事に王都から御偉いさんが、わざわざそれだけの為にお越し下さったて訳だ。有難くって涙が出そう・・だって・・・・僕、平騎士なんだもん。」
シャルワは心底どうでも良さそうに、金モールのコスプレ集団を眺めている。
「有難い訓示などいらん、話では腹は膨れん・・・食えるもの寄越せ。」
食いしん坊のムウワは、出張先の食事が心配で気もそぞろに唸っている。
今までキツイ任務で疲れても、終ってトンスラに戻れば美味い飯と風呂、寝床と癒しの魔術が保証されていた・・・良いモノ食べて口が肥えてしまったからねぇ、元の貧乏飯に戻るのは辛かろうよぉ。
飯・飯と五月蠅いよ・・ラチャ先生に貰った胴巻のご飯の事は、取り敢えずは秘密だな・・・いざと言う時の保険にしよう。そうしよう。
全体的に我が独立空軍部隊面々の士気は低そうだ、だってたった6人のメンバーで、領地の危機をドゲンカセントイカン!とは、何たる無理ゲー。
冗談じゃぁ無い、命は超大事が合言葉なんだよ!ウチらはなぁ。
ただ一人、ポワフ隊長だけ厳しい顔をして、腕組みをしながら闘気を放っている。
どうしたんだ?何だか近寄りがたくておっかない。
ビビりつつ隊長を眺める詩乃に、ニーゴさんが教えてくれた。
「隊長の実家の領地は魔獣によって蹂躙され、現在は無人地帯になっているそうだ・・・今回行く領地の近くらしい・・思う処も有るのだろう。」
なるほど、それでかたき討ちの前の赤穂浪士のような?(昔お婆ちゃんとTVで見たんだ)雰囲気なんだ。
敵前逃亡でもしたら後ろから殺られそうだ。
「ニーゴさん・・・隊長が暴走したら止めて下さいよ、指示が通らなくなったら皆も混乱して危ないからねぃ。」
「いや、俺は・・・そういうの苦手だし。」
おぃ!ほんと猫科だなお前!常にマイペースで自由気ままに動き回り周囲を気に掛ける事も無い、心を砕くのは相棒のドラゴンさんにだけだ。
およそ騎士には向かなそうな性格だねぃ、気配りを常備している日本人で、苦労性の詩乃にしかバディが組めない御仁である事を忘れていた。
「シャルワ~~。」
「無理、俺は状況分析とかの方が得意だし。」
・・・・残る一人はエルフと人間のハーフのエフルだが、この人もマイペースなんだよねぇ、何か碌な奴がいないぞ・・・独立空軍部隊。
ただ一人の部隊の良心である隊長が暴走したら、誰が隊を掌握するのか。
・・・知~らなぃッと。
先行きを考えウンザリしていたら、久々に貴族に絡まれた・・・。
前はノイズを感じてメンドウは避けていたんだけれど、ラチャ先生から魔力避けの魔術具を貰ったので、ノイズが聞こえなかった・・油断したねい。ゲフンゲフン。
「ふん、お前が図々しくもラチャターニー閣下にすり寄った泥棒猫か。」
「にゃあぅ。」
「ふざけた真似を・・。この様な不細工の何処が良くて閣下の目に留まったのか、我が一族の令嬢の方がよほど華が有ると言うのに。閣下の目は節穴か、全くどうかしている・・・。」
『どうかしているのは同感だ、いつも変だが今朝は特に変だった。』
「ちょうどいい、お前戦場で散ってこい。それが一番後腐れ無くていい、どうせ寄る辺の無い身の上なのだろう、悲しむ者が居なくて結構な事だ。」
・・・・・・・・。
途端に詩乃の周囲が殺気立った、特にドラゴンのいる方向からの威圧感が半端ない。詩乃を貶す言葉を聞いたモルちゃんの怒りが、ドラゴン達に伝染して広がって強い威圧になっている。
アホ貴族は今頃になって、青ざめ慌てて周囲を見渡している・・・。
高位貴族のドラゴン離れが進んで久しく、ドラゴンの魂のバディに喧嘩を売る行為の危険性など、とうの昔に忘れ去られているらしい。・・・アホだねぃ。
威圧が苦しいのか、彼は胸を押さえて膝を折ってしまった。
「悪いがアッシは散る訳にはいかねぇよ、悲しむ相棒様がおるんでねぇ。」
「それにラチャターニーも悲しむのでな、お前は精々命を惜しんで働いてくれ。
教えておくが、あの魔術師長様は、顔の造作の良し悪しなどは爪の先程も気に留めていないぞ。恋心と言うのは人それぞれ、他人の理解の範疇を超えているモノだ・・そうだろう?」
・・・・王太子・・・ウイズ・・プー。
ちぇ、余計なもの見ちゃったよ、王都から来たお偉いさんてこいつ等か?
王太子に礼を取ると、慌てて去って行くアホ貴族・・・。
尻尾巻いて逃げるくらいなら、初めから喧嘩など売らなければ良いのにさぁ。
「なぁシ~ノン、ラチャとは上手くやれているか?・・・あれは色々と難しい男だから、打ち解けるのは大変だろうが・・・私としても心配なんだ。」
王太子がお見合い婆の様な事を言い出した、再びストーカーの如きに、聖女様に粘着されると厄介なんだろう。
「王太子やプウ師範(お前ら)よりは、最初から先生からは悪意を感じていませんでしたから、イヤイヤ一緒に暮らしている訳ではありやせんが~。しかし難しい男の定義が解りやせんねぇ、むしろ不思議な男って感じですけど?」
「何が不思議だ?お前以上に不思議な生き物はいないと思うが。」
エライ言い様だな・・・プウ師範。
賛同してくれる御仁が居ないので、先程あった出立の際のラチャ先生の挙動不審の話をする。
先生は大したことのない言葉に過剰反応を起こす・・・表情筋は微塵も動かないのにだ、京劇のお面の様に一瞬で赤くなったりするのだ。血圧が急上昇しているよ、血管が危ないよ~~。
詩乃の話を聞いていた王太子とプウ師範は顔を見合わせて、それから何だかとても微妙な表情で話し出した。
・・・ラチャ先生の黒歴史だ。
「ラチャターニーは生まれ持った強すぎる魔力を押さえる事が出来なくて、親元から引き離され、当時の魔術師長の元で育成された事は知ったいるな?
ラチャは2歳の時に癇癪を起して、自分の住む侯爵邸を全壊させた男だからな、侯爵夫妻がどうにか防いだが、あやうく使用人に被害が出る所だった。
あの頃のラチャを隔離したのは仕方が無い措置だったと思う、残念なのは当時の魔術師長が偏屈な男でな、およそ育児には向いていなかった事だろう・・・。
魔術は熱心に教え込んだが、他の事は無関心だった様だ。
幼いラチャの身の回りの世話は、下級貴族が交代で行っていたんだ・・・どんなにラチャが懐いても、寂しくて傍に居て欲しくても、下級貴族は魔力の耐性が弱いからな、長い期間傍で見守る事は不可能だったのだ。無理をすれば命にかかわる・・・その事は、幼いながらもラチャも理解していたのだろう。
何度も別れを繰り返して、やがて諦める事を学んだんようだ。
そうして・・・ラチャが魔力をコントロールする事を覚え、貴族社会に復帰できた時にはもう・・・あのような性格になっていた。
魔術以外に興味はない、氷の様な心を持つ人間だと思っていたのだがな。
聖女に出会い・・・お前と旅に出てから・・・ラチャは変わって行った。
この前・・・初めて土産と言う物を貰ったとんだと、大層喜んでいたぞ。
滑稽なサマだが、魔術師長様が芋の菓子を喜んで食べていた・・・お前が渡したんだろう?今回ラチャに届けたセリフもそうだ「また会えるように頑張る」などと、今まで欲しくても決して手に入らなかった言葉だったのだろう。お前・・・無自覚のようだが・・・確実に・・・。」
『死亡フラグ稼いでますねぃ・・・。』
*****
その後の辞令の授与式は恙なく、何の面白みもなく終了された。
長い訓示は右から左へと耳と脳みそを貫通していった、言葉が飾り過ぎていて良く解んないんだもん。
なんか活躍を期待しているんだってさ、うち等は平民の心が解る特別な騎士団なんだって・・・要するに貧乏って事だろう?
まったく時間と体力・気力の無駄である。
今回はドラゴンのお世話係の為に、トンスラの飼育係の人と詩乃の屋敷のラセンさん(なんと彼は志願して来たそうなんだ、物好きだね・・・助かるけど。)2人が同行してくれる。ドラゴンの食事は現地の魔獣から調達する事になっているから、頑張って狩りをしなくてはなるまいよ、ハードモードだねぃ。
ラセンさんは同じ獣人同士で気が合うのか、ニーゴさんのゴールディさんに乗せてもらい、もう一人はポワフ隊長とタンデムで、相棒のジャスパーさんに乗っての移動だ。
王妃領も南方にあるが、目的地の最南端までは半日のフライトだ、初めての二人は大変かもしれない。トンスラ関係者及び、賑やかしの金モール共が両サイドに並ぶ中、独立空軍部隊のドラゴン達は順番に飛び立って行く。
「帽振れーーーーっ!」
王太子の掛け声で、見送りの面々が一斉に帽子を振り出した。
飛び立つ者へのお約束か?片道飛行では無いからね、戻る気満々ですからね!
「行こう!モルちゃん!」
ラチャ先生謹製の魔術具を使い、風を起こして飛び立って行く・・・目指すは激動の紛争地だ。
次回・・・紛争地に仁王立ちする人物は・・・です。