出張です~2
大事な物が増えてきました。(*´Д`)
なんか微妙な気分で食事を終えると、詩乃も出勤の支度の為に自室に向かった。
『何か、消化悪っ。』
独立空軍部隊のメンバーとの初の長い出張で(騎士団では遠征とか言うのだろうが)、ナーバスになっているに違いないよ。
治安維持活動か・・・災害救助なんかも含まれているんだろうな。
PKOみたいなものたろうか?その昔ネットで見た限りでは、なんか道路を作ったり学校建てたり、水道施設を完備させていたりして活躍していたんだよね。
物理的に進んでいた向こうの世界の中でも、技術や意識高い系のマッチョが集まる祖国の某集団と、ここランケシ王国の騎士団(特に貴族の部隊)を比べるのは無理があるのだが。
『・・・このミッションに騎士団からは予算も碌に付いて無いんだよねぇ、ほぼ災害現場の様な処に派遣させるくせに、必要な物資は現地調達しろだなんて・・・無理な話だろう?食べる物が無い現地で「貴族に食料を差し出すのは当然だ」な~んて図々しくも要求したりしたら、それでは海賊共となんら変わりない行為とは思わないのだろうか?まったく偉いさんの考える事は解らない。
王妃様がいくらか予算を割いてくれたらしいけれど、それだってポワフ隊長の猛抗議が有ったからだ。』
そんな事を考えながら階段を上り、自室のドアをノソノソと開ける。
・・・・詩乃の部屋か・・・・。
初めてこの屋敷を訪れた時の事だった、玄関から内部に入った時に、何とも言えない気分になったものだ・・・何だろう?初めて訪れた感じがしない・・このデジャブ感は。
何か腑に落ちないできょろきょろ観察したら、得心した・・・トデリにあった詩乃の家に内装の雰囲気が良く似ていたのだ。
普通貴族の館は、大理石の床にキンキラの入った壁紙?シャンデリアがこれ見よがしにぶら下がり、金箔などをふんだんに使った、贅を凝らした家具を置いているものなのだ(詩乃調べ)。
それが、この屋敷は壁は白の漆喰、床には寄木細工の様な凝ったフローリングが使われていて、腰壁の木も素朴な暖かい感じに仕上げてある。
トデリの詩乃の小さな家に、貴族的センスを加味して、素材のグレードを数段上げて魔改良した感じ?になっているのだ。家具もトデリ名産の飴色の家具で揃えられ、しかも詩乃の好みの彫刻抑え気味?(貴族の好みはゴテゴテし過ぎるのだ)の物が置かれている、絨毯やカーテンのトーンもトデリ仕様である。
不思議に思って執事さんに聞いてみたら、何と驚いた事に!この屋敷をプロデュースしたのは、パガイと言う名の、王妃様に贔屓され(こき使われて)いる商人だと言う。
パガイさんは王妃様から依頼を受けると、わざわざ詩乃のトデリの家を参考にして、この屋敷をリホームしたらしい。何という事でしょう~~~。
その話を聞いた時には、そこまでしてアッシを採り込みたいのかと、咄嗟に暗黒面の心がムクムクと湧いて来たものだが、詩乃の部屋だと言う場所を案内されて気持ちが凪いだ。
・・・今、詩乃はゆっくりと自室を見渡す・・・・。
パッチワーク風のカバーが掛けられた天蓋付きベット、床には寡婦組合のおばあちゃん達が作った風の高級絨毯が敷かれている。それから飴色の飾り棚には、ヨイさんの彫った置物が数点飾られている。
【パン屋をバックに並んで笑っているリーの家族の置物、港の魚の加工場のジオラマ?バルコニーから手を振る元代官(今は子爵様に出世している)の御家族、新造船をバックにお澄まししているアンの家族、船に乗っているオイやクルーの皆の様子。】以前スルトゥで受け取ったピザのお披露目の置物も此処に置いてある。
何より目立つのは窓辺に据えてある、台座を含めると1メートル程の大きさの彫像だろうか?
水瓶に手を掛け微笑んでいる、トデリの民族衣装を着た詩乃をモデルにした彫刻だ。
・・・やはり顔はリアルに彫られていて・・・多少の・・・いや、かなりの不満を内心覚える作風なのだが。
どうやらヨイさんの頭の中には、高性能の3Dプリンターが内蔵されているようだ。
以前に詩乃がスルトゥで、ヨイさんの結婚祝いにと贈った彫刻刀のお礼に、懐かしのトデリシリーズの置物を量産してくれたらしい。
・・・うん、嬉しいよ・・写真も無いしね。
この世界で、詩乃の生きて来た軌跡みたいなものだから。
それから漆喰の壁には、1×2メートル四方もあるかな?
クイニョンをテーブル大地の上から見下ろした感じの遠景の絵と、詩乃が虎さん・ムースさんと山ギヤや草ギャースに乗って、森の中を疾走する絵が掛けられている。
どちらも制作者はトクさんだ、驚いたことにトクさんは絵も上手だったらしい。
森で騎乗している絵には小さく、本当に小さくだが、トクさん自身の姿も描かれている(笑)。もっと大きく描いても良いのになぁ、遠慮しいなのかなぁ。
気配りのトクさんは、詩乃のことを実物よりチョイ美形に描いてくれている。
其処がヨイさんと少し違うところだ(笑)、リアルより大事な事も有るんです。
この部屋を初めて見た時・・・あぁ、パガイさんは本当に詩乃が喜ぶ様にと、色々と考え心を込めて、整えてくれたんだなぁと・・・素直に喜び感謝の気持ちが湧いて来たのだ。
『しばらく此処ともお別れか・・・。』
3ヶ月でこんなに離れがたくなるなんて思わなかった、どういう心境の変化か・・・歳を取ったと言う事なんだろうか?微妙に弱気になっているのを感じる。
密かに黄昏ていたら、ノックの音がしてメイドさん達がやって来た。
貴族はね、服を着替えるのも衆人環視の中で行うのですよ。
「詩乃様、今回は長いお勤めに御座いましょう?御髪は如何いたしましょう?」
メイド長さんがお伺いを立てて来る、この世界では成人すれば髪を結うのが普通だし、婚約や結婚でもすればアップに上げるのはデフォなのだ。
ちなみに貴族女性は婚前も後も、社会に出て仕事をするなどあり得ない事だという。
貧しい貴族の令嬢が王宮などで女官として働くが、本人はかなりつらく恥ずかしい事だと最近知った。凄いのにね、キャリアウーマン・・給料も良さげだし。
詩乃は騎士の仕事も継続しているし(むしろ辞めさせてもらえない?)、髪もポニーテールで押し通しているので、非常識街道を驀進している状態だ。
メイド長さんはラチャ先生の立場を慮って、詩乃の髪型には良い感情を持っていない。
ほらイッヌって、順序を重んじるし?ボスはラチャ先生だしね。
詩乃的には結うのはやぶさかでないが、毛量が多いので頭が大きく見えるのが嫌なのだ。元々こっちの人達は白人系なので彫りは深いし鼻は高く・・・顔が小さい、ただでさえ顔が大きい(日本人としては平均だと思う!思いたいよ!!)のに、髪でさらに増量したら・・かっこ悪いと思うのだが。
頭デカく見えるからヤダ・・・とは乙女心の見栄張りとして、口が裂けても言いたくはない。
「髪を結うと引っ張られるようで、頭が痛くなってくるのが嫌なんです。」
引っ越して来た当初、騎士の仕事柄、髪が邪魔なので切りたいと騒いだ詩乃に、髪で悩む事の無い様にとラチャ先生が清浄とヘアセットの魔術を仕込んだ髪飾り(魔術具)を贈ってくれていた。
貴族の女性は髪命らしく、切るなんてとんでもないと言う事らしい。
まぁ、そんなこんなで・・・今整えた頭は髪飾りがある限り痒くはならないが、出張中ズ~~~ット同じ髪型で乱れる事も無いと言う訳だ。
圧力に屈してここで折れたら大変な事になる、紛争地でデカい頭目掛けて攻撃でもされたら堪らない。
「詩乃様、では緩い三つ編みにして聖女巻にしたら如何でしょう?出動してこの地を離れ、空に上がったら一度髪飾りを外して髪をおろし、お下げの状態にして髪飾りをもう一度付け直したらよいのではないでしょうか?」
メイド娘イレブンシスターズの兎っ娘、たぶん3番目が助け舟を出してくれた、この娘は髪を弄るのが好きで、良く詩乃の髪や仲間内の髪をアレンジしている。
要するに、人目に付く所ではラチャ先生を尊重しろと言う事だね。
「ではでは、髪にリボンを付けたら如何でしょう?」
暴走娘の8番目がしゃしゃり出て来た、この娘は夢見るお花畑っ娘で、ロマンス小説が大好きで給料の大半を本につぎ込んでいるおタク娘だ。紙が貴重な世界だからお目当ての本は貸本屋に頼っているのだが、木簡のような薄い木にセッセと書き写して、同好の仲間に密かに有料で流しているらしい。
本人は啓蒙活動と言い張っているが、趣味と実益を兼ねている猛者と言えるだろう。いつも睡眠不足の様で欠伸を噛み殺しているが、目は元から赤いので充血しているのかいないのかは定かではない。
「詩乃様、此処では派遣先に赴く騎士は、自分の無事を祈ってくれるように・・・そして、どうか私を忘れないでいて・・・の心を込めて、身に着けている何かを恋人に手渡すのですわ。そうして恋人は騎士が無事に帰るまで、その何かを肌身離さず持って無事を祈り待ち続けるのです。」
『なに、その死亡フラグ。』
暴走娘は目をキラキラさせて、手を胸の前に組み、夢見る瞳で・・・おぃ、焦点合っていないぞ?
そこにコンコンとノックをして、執事の麿眉さんが入って来た。
「何を大きな声で話しているのです?廊下まで声が聞こえていましたよ。」
8ちゃんはヤベッて顔をしたが、引き下がる気持ちは無いらしい。
詩乃の傍から離れようとはしない、なかなかの根性の持ち主だ。
「詩乃様、旦那様から此方をお渡しするようにと、仰せつかって参りました。ご確認ください。」
・・・それは、以前詩乃が貰った胴巻(異次元空間に収納出来る便利グッズ)よりはるかに容量が大きい新しい胴巻だった。
「これは・・・。」
「中を検めて頂けますか。」
無言で表示を開けて点検する詩乃・・・やがて驚きの表情に変わる。
「これは・・・一個大隊でも賄えそうな兵糧だぁ、現場で役に立ちそうな便利な物品も入っている・・驚いたねぃ・・・いつの間にこんなものを用意していたんだか。出張の話はラチャ先生は知らないと思っていたのに。」
景気の悪い話はわざわざ聞かせる事も無いよねと、詩乃も旅出つ今朝まで黙っていた。
「旦那様にも独自のルートが御有りなのでしょう、随分前から支持を頂いて私共も準備はしておりました。ただ、旦那様は最後まで詩乃様を派遣されることに反対しておられ、交渉していた様です、先程も守り切れなかったと悔やんでおいででした。」
『悔やむ顔?よく見分けが付いたね~、アッシには解りそうもないや。』
「仕方が無いさ、これでも騎士の端くれだぁ。命令されれば行かない訳にはいくまいよ、ラチャ先生に有難うとお礼を言っておいて下せぇ。有意義に使わせてもらいやすと。」
「直接お話にならないのですか?」
「時間がもう押しているからねぃ、それにラチャ先生は見送りに、わざわざ玄関ホールまで出向いちゃぁくれないだろうさぁ。」
困った様に顔を振る執事さん・・・困ったちゃんは詩乃か、はたまたラチャ先生なのか?
「ですから、ですから!ここはリボンです!詩乃様なら風を使って旦那様まで届けられるでしょう?是非お渡しくださいませ。絶対喜ばれますから!!」
えええええええぇぇぇぇぇ~~~~~。
ホントに喜ぶかなぁ~~~。かえってウザくね?
半信半疑の表情の詩乃だったが、メイド達の全員一致の賛成で、否応なしに髪にリボンの飾りを付けられる事となった。
*****
はてさて、準備万端整って玄関ホールへと向かった詩乃だったが、其処にはラチャ先生の姿は見えなかった、ラチャ先生どころか他の使用人の姿も無かったのだが?
執事さんが玄関のドアを開けると、なんと!門に向かうアプローチに使用人の皆さんが整列して待ち構えていた。
『おおぅ、こんなの海外ドラマで見た事あるね。凄いね貴族みたいだね。』
執事さんやメイド長、髪を結った兎っ娘達、メイドシスターズも列に並び一斉に礼をした。
高級旅館の仲居さん達みたいで内心ビビる、面の皮は厚くなりつつあるので微笑んではいるが。
「詩乃様、お早いお帰りを使用人一同お待ちしております。どうぞご無事で。」
「有難う、ラチャ先生を頼みます。」
何かの儀式みたいだね、まぁこう言うもんなのだろうさぁ。
詩乃の呼びかけに慇懃に頷いた執事さんは、目で上を見ろと合図して来た。
振り返って見上げた詩乃の目に、カーテンに隠れる様にしてピロティにいる此方を眺めているラチャ先生の姿が映った、苦虫を千匹噛み潰した様なご尊顔で詩乃を睨んでいる、まるで親の仇を見る様だ。
・・・困った人だな、なんだか不思議と笑えてきた。
歩きながら二階の窓を見上げ、するりと髪のリボンを解く。
リボンは詩乃の髪の色だと喪章の様になってしまうから、モルちゃんの鱗の色の淡いピンク色だ。ポケットの中に入れてある<空の魔石>を握りしめて、気難しく・寂しがり屋の偏屈野郎の為に祈る。
出来上がったパワーストーンをリボンに包んで、風に乗せて言葉と一緒に2階の窓へと届ける。ラチャ先生が慌てて窓を全開にして上半身を乗り出した、リボンを両手で受けとると途端に顔を真っ赤に爆発させてワタワタしている。
それを見ていた使用人達は階下で拍手喝さいだ、メイド達は大喜びでピョンピョン跳ねている・・・兎だけに。
詩乃は喧騒から離れる様に走り出すと、サッとモルちゃんに騎乗し屋敷を後に空に舞い上がって行った。
『取り残されて、使用人に生暖かい目で見られる羞恥プレイを、ラチャ先生も経験するがいいさ。』
詩乃が、ラチャ先生に贈ったパワーストーンはブルーオパール。
心に安らぎを与え、遠く離れてしまった人と再び絆を結びつけると言われている、淡い水色の綺麗な石だ、少しラチャ先生の瞳の色に似ているかも?
ご縁が有ればまた会えるだろう・・・会いたいと、願える様な関係に成れれば良いなと・・・心のどこかで少しばかり思いながら・・・。
ちなみに詩乃が届けた言葉は
「行ってきます、また会えるように頑張ってきます。」
・・・ただそれだけだ、それで何故あそこまで赤くなれるのかは謎である。
肌が白いから目立つのかな?詩乃はそんな風に考えていた。
旅立ちは行く方が寂しいのか、見送る方が切ないのか?
まぁ、相手次第ですねぇ(=_=)