それからのお話
海風に乗ってだんだんと高度を上げていく、上空に流れる風の河までもう少しだ。
モルちゃんは螺旋状に円を描きながら、トデリの上空へと昇って行った。
「ほら見て、黄色い瓦の上に天窓が有る小さな家が見えるでしょう?あそこがアッシの家でパワーストーンの店だった所だ。あれぇ、おかしいな・・あんなに小さかったかな?」
大きくなってから、久しぶりに小学校を見た時の様に、何だかとっても小さく頼りなく見える。自分の大きさは、さして変わってはいないのだが・・・不思議な感覚だ、上空から見ているせいか?
「小さいな・・・。」
ラチャ先生、端的な感想有難うございます。
「小さいけれど、大きな思い出が沢山有りヤス。此処は良い所なんですよ、人が優しくて・・・自然は厳しいけれどみんな助け合って暮らしていヤス。あの時トデリを推薦して送り込んでくれた、6男の父上さんには本当に感謝していまさぁ。」
「またいつか来ればいい。」
「そうですね・・・そうします。」
今夜は6男の所で1泊する事になっている、冬虫夏草の人口養殖にやっとの事で成功したらしく喜んでいた。スルトゥの狼族さん達も、このプロジェクトに出資していたそうだから、これでホッとするだろうとの事だ。
・・・銀さん、プチトンスラが増えていたよね・・・6男、アンタのせいか!!
小さな船では1週間はかかる距離だが、ドラゴンフライトなら4時間ほどか?モルちゃんもかなり遠距離を稼げるようになってきていた、トデリ~スランの往復など任せなさいだそうだ。
【ねぇ、詩乃ちゃん・・・。今日は楽しかったね、カップルが沢山いて楽しそうだったね。オイ君も彼女が出来そうだし。】
おっ?恋話かい・・・モルちゃんもお年頃かな?
【詩乃ちゃんは、恋人とか作らないの?結婚とか、可愛い子供とか欲しくない?】
嫌に直球だね?
(詩乃相手に婉曲な表現をしても無駄な行為だと、一緒に生活する内に学習してしまったモルちゃんだった。)
「この世界は理不尽な事が多いからね、自分の血を分けた子供が、苦労して生きて行くと解っていながら誕生させるだなんて・・可哀想でとてもじゃないができないよ。」
【詩乃ちゃんのいた世界は、平和で豊かな所だったんだね。】
・・・日本限定で言うなら、確かに平和で安定した豊かな社会だったようだ(中学生視点で)。勿論小さな問題は山積みだったのだろう、格差の問題や年金問題・貧困や低賃金の過重労働・・・両親も文句を言っていた税金が高いと。
それでもこの世界の様に、魔獣の襲撃に怯える事も無く、貴族の横暴な理不尽に悔し涙を流す事も無い世界だ。あの星の長い長い人の歴史の中で、たどり着いた理想に近い社会だったんだろうな。
【ねぇ、詩乃ちゃん。ドラゴンが人間と共に居るのは、なにも美味しいご飯の為だけでは無いよ?】
【そうよ、単細胞さん。ご飯の為だけなら、こんなに協力したりはしないわぁ。
絆を結んだ人間に興味が有るからよ、傍でその人間の生き様を見守っていたい・・・これに尽きるわぁ。】
ラチャ先生のマイ・ドラゴンさんと初めて話が出来た、流石熟女ドラゴン・・・・何だか色っぽいね。
【詩乃ちゃんのコアの中に、沢山の詩乃ちゃんの家族の思考の欠片が見えるよ。
頑固なお爺ちゃん、優しいお婆ちゃん。寡黙でマイペースなお父さん、信念と妥協のお母さん、熱血体育会系のお兄。家族みんなの思考が、言葉になって詩乃ちゃんの心に沁み込んで、詩乃ちゃんのコアの一部となって、息づいているのが見える。】
確かに個性的で、アクの強い家族だったからね・・・影響されるのは無理の無い事だと思う。自我?とか言うのが確立される前にこっちの世界に来たしね~。
【家族の言葉が、詩乃ちゃんの心の中で新しい思考となって・・・それが詩乃ちゃんが話す言葉になって、やがて行動になり・・この世界に広がって行く。それがモルには眩しく感じられて嬉しいの。】
そんなに影響力が有る様な、ご立派な人間では無いと思うが?
【モルはドラゴンだから、死んでも前世を覚えていて・・・永い時を生きている様なものでしょう?詩乃ちゃんもモルも儚くなって、この世界から姿が消えてしまっても・・・今度生まれ変わった時に、詩乃ちゃんの思考をコアに抱いている、新しい誰かに出会えると嬉しいな~と思ったりして。】
・・・それは、つまるところ・・・どうしろと?
【どんな時代でも、完璧に幸せな社会など無いモノよ単細胞さん。それでも頑張ってより良く生き様とするから、私達ドラゴンは人間を愛おしく思い、傍で見て助けて行きたいと思うのよぉ。】
【この世界に残り、生きて行く事を決めた詩乃ちゃんには、幸せになってもらいたいの。初めから諦めないで?】
かつて無い難問が降りかかって来た・・・味方から後頭部を打たれた感じだ。
善意の押し付けの排除は難しい、この手の幸せは単独では達成出来ないだろう?
ご飯を食べて美味~~~なら、お手軽に幸せになれるのに。
ウウウウ・・・・困ったり。
詩乃とドラゴンズの会話を、ラチャ先生は黙って聞いていた・・何かを考え込むように。
超度級の難問を宿題に出された感じで、楽しかった気分がシュルシュルと小さくなって行った詩乃だった。
『ウウウウウゥゥゥゥワアアアァァァン。』
「夕日の馬鹿野郎~~~っ。」
詩乃は煮卵の黄身の様に見える、旨そうな夕日に向かって吠えた・・心の中で。
*****
モルちゃん難問を出された後も、ごく平穏に日々の生活は続く。
つまり筋トレをこなし、パトロールを続け、ドラゴンのお世話をし、ご飯美味~~と食べ、こっくりと眠る単調な毎日だ。
パトロールの中では、危険な魔獣の討伐も有るし、遭難した船の人命救助や喧嘩の仲裁なんかも有る。よろず屋みたいなものだ、貴族の騎士は平民の案件を扱いたがらないから仕方が無い。
<独立空軍部隊>は、平民達の中で厚い信頼と尊敬を得て行った。
そうして夏の終わり頃、トンスラに突然ラチャ先生が現れた。
ラチャ先生はいつになく、ヒラヒラしたお洒落な(貴族風な)恰好をして、真紅のマントなんぞを(夏なのに?生地が薄いのか?)身に着け、腕に青いバララの花束を抱えて詩乃前に仁王立ちして来た。
・・・なんだこいつ・・喧嘩売ってんのかい?それとも頭でも湧いたか?
「この度、私は王妃領ランパールに屋敷を構える事にした、其処からならここトンスラにも近いからな。ドラゴン関係の雑事を熟すのにも、そなたも色々と便利だと思うし・・・。
あぁ~~~、その~~~なんだ。
私はそなたと合同で<空の魔石の>研究をもっと進めたいと思っている、場所が離れているといちいち通い合わねばならないし・・その、面倒だと思ってな。屋敷には研究室と図書室を完備して有るし、王都の魔術省と違って雑音が少ないから研究も捗ると言うものだ。」
・・・さようで?
「大きな屋敷では無いが、日当たりが良くて、2人で住むには最適だと思うのだ。そなたが好きな手芸をする裁縫室も完備して有るし、調理室も最新の便利魔術具が配備させてある。そなたに不自由な想いはなるべくさせないつもりだ。」
・・・そりゃ、よこざんすねぃ・・・なるべく?
「そなたも仕事で忙しいだろうが、そなたの料理は美味いからな・・・また鳥を採ってきたら料理してくれるだろうか?あの・・・スパイスの粉は美味かった。」
『ラチャ先生・・・食生活が貧しすぎるよ、詩乃の野外料理が美味いなんて。』
「私は家具や壁紙を選ぶのは苦手なので、そなたが選んでくれれば助かる。
・・・その、そう言うのは女性の仕事なのだろう?」
・・・まぁ、女の人の方が好きですよね、インテリア関係は。
「その・・今から見に行かないか、そなたが気に入ると良いのだが。
・・・・これから住むわけだしな。・・・2人で。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「どうだろうか・・・?」
・・・・良いですよ。
「そうか!」
ラチャ先生が笑った・・・始めて見たよ、ラチャ先生の笑顔。
笑うと目じりに皺が寄るんですね、クリン〇イーストウ〇ドみたいだね。
二人の会話は衆人環視の中、食堂のど真ん中で行われたので、驚きを持ってトンスラ関係者各位に激震を走らせた。
・・・あの2人・・本当に意味を解り合っているのかと。
2人で住むと言う事は・・・同居か?同棲か?結婚はするのか?それとも単なる後見人なのか?訳が解らん。天才魔術師長と異世界人・・・どちらも、常識なんぞをお持ちでは無い。
それでも非常識な2人の間に挟まって、それぞれの意思の確認をするような猛者は現れなかった。
*****
やって来たました、お宅訪問~~。
ラチャ先生のお屋敷は王妃領都の郊外で、海を遠くに望む高台にある、瀟洒な薄いピンク色の大理石の建物だった。ラチャ先生の言う処の、大きな屋敷では無い・・とは、いかほどの物なのか、はなはだ不安に思っていたが、ごく常識的な大きさの屋敷でありました。
・・・そうだね、某メイドさん漫画の御屋敷ぐらいの大きさかな?
どうせ王妃様の息の掛かった不動産屋が世話したんだろう、メイドや執事・庭師やその他諸々のスタッフもすでに屋敷に居ついていた。モルちゃんと熟女ドラゴンさんのお家と、お世話係もいるんだってさぁ凄いねぇ。
スタッフの皆さんは、ザンボアンガ系のモフモフのワンコ系で滅茶可愛い!忠誠心が強い癒し系との事で、クイニョンのトクさんを思い出させる柴系のご尊顔だ。可愛いお子ちゃまもいて(執事さんと、メイド長さんのお子様だ)それだけで、もう大満足だ・・・ハッキリ言ってラチャ先生はオマケだね。
一遍に気に入っちゃったよ!
楽し気に屋敷を見て回る詩乃に、ラチャ先生も満足げだった。
「いつ引っ越して来ればよこざんスカ?トンスラも良いけれど、所詮兵舎だぁ・・・自分のお気に入りに囲まれてユックリ暮らしたいでやすよ。」
・・・お気に入りの所で、何で赤面するかなラチャ先生?
まぁ、そんな些細な事?はどうでも良いと、ご機嫌な詩乃だった。
*****
そうして屋敷を内覧会した晩、モルちゃんから呼び出しが来た。
急に詩乃がラチャ先生と同居するなどと言い、動き出した為に不安になったようだ。トデリからの帰りのフライトで話した自分の言葉が、詩乃を無理に動かす切っ掛けになったのではないかと深読みしたらしい。
【詩乃ちゃん・・・お家に一緒に住む意味、解っているの?】
「何か皆そんな話をするんだよね~~、アッシは見た目より子供じゃありやせんぜぃ?むしろ知識は腐った方向に豊富なんだけど。まぁ、今すぐにそんな関係になる訳でも無いし?お友達から始めましょうって奴だ。」
どうやら皆にあらぬ心配されている様だ、ラチャ先生も信用が無いね。
【ラチャ先生の事が好きなの?愛しているの?本当にこのまま、引っ越しして同じ屋敷に住んで良いの?】
「う~~~ん、少なくとも嫌いではないなぁ。初めて会った時から、先生は魔力のノイズもチクチクも無かったしね。むしろ貴族の常識とか、無意味な仕来りに拘らないから楽だしね。理屈で押して行けば納得してくれるから、感情に流されやすいPさんや2さんよりマシ?」
【楽だけで決めて良いの、無理していない?】
「人間、無理するのは一番愚かな行為だそうだから・・無理はしないし出来ない。
それに・・他人を自分の思い通りに変えようとは思うな、変わらない・・・むしろ出会った時にはさらに手遅れだ。・・・これアッシのお母さんの名言なんだけど、その通りだと思わない?ラチャ先生は一生涯あのまんまの、ラチャ先生で有り続けるだろうしさ。アッシ自身も変わる気は無いけどさぁ、それでも良いならお相子だし良い話だと思うよ?」
それにねぇ、詩乃は頭をカキカキモルちゃんに白状した。
「恋痴・・・って言うのかな、正確に表現するのなら恋愛音痴?多分アッシはそんな人だと思う。淡泊太政大臣だし・・・イチャイチャする自分が想像できない!無理!」
思えば家族中でそんな感じだった、恋愛ドラマとか映画も見ないし・・・〇流ドラマも駄目だったな、すれ違いとか面倒臭くて、もうやめろ!諦めろ!!次いけ次!とか思っちゃって。親も揃ってマイペースで好き勝手していたし、相手に過度に期待するようなタイプでは無かったしね・・・そんな夫婦がスタンダードだと思っちゃう。これを恋愛音痴と言わずば、なんと表現すれば良いのだろうか。
でも、ラチャ先生だってそうだと思うし?
『・・・・いい歳こいてチェリーなのだろうか?』
「でもねぇ、家族の姿は見ているから・・・自分の家族を再現する事は出来ると思うよ?」
魔力が有り過ぎて、幼い頃に親元から離されて、魔術庁に引き取られて魔術のみ英才教育されて来たラチャ先生だパートナーや家族は未知の存在だろう。
・・・・嘘教えてもバレないし。
どちらにしても<空の魔石>の有効利用の研究で、この先も付き合いは切れそうも無いし、貴族の目から隠してもらうには最適な氷壁だ。
・・・打算的?
いやいやラチャ先生だって、消去法で詩乃を選んだんだと思うよ?
「お母さんが言ってた、恋愛だろうが、お見合いだろうが、打算だろうが何だろうが・・・家族になっちゃえば同じだってさぁ。」
=詩乃の様な安直な考えの奴がいるから、人類は子孫を残し続け滅びずに済んで来たに違いない=
「駄目だったら、逃げれば良いし?」
【・・・詩乃ちゃんが良いならいいけど・・・。】
はぁ~疲れたようにモルちゃんがため息をついた。
そのまま、ズルズルと流されラチャ先生と暮らし続けた詩乃が・・・・自分の思考の欠片を受け継ぐ誰かを誕生させるかどうかは・・・また、別のお話だ。
その昔偉大なる大魔術師サマリンダは、異世界から乙女を召喚し、乙女と共に世界の闇を晴らし光を満ち溢れさせたという。
そのサマリンダの子孫でもある、偉大なる魔術師であるラチャターニー閣下もまた、異世界から聖女様を召喚する事に成功した。
召喚された聖女様は古の乙女の様に、世界を光で満たし人々に希望を与え導いた。
またラチャターニー閣下は、聖女様の召喚時にオマケで付いて来てしまった小娘と共に<空の魔石>による、全く新しい魔術具を造り出し世に送り出して行った。
閣下による新しい魔術具は、魔力の有無を選ばず、誰でも使う事が出来たので平民達に喜びを持って迎え入れられた。便利な魔術具の登場で、労働は苦役から喜びと変わり、平民達の生活は格段に楽になり国内外にその恩恵は浸透していった。この事により魔力による格差が少なくなり、貴族と平民の垣根は低くなっていく事となる。そうして魔石が枯渇するにつれて、凶悪な魔獣の存在も少なくなり、ランケシ王国はかつてない平和で豊かな時代を迎えて行った。
~B級聖女と呼ばれたオマケの小娘~
婦人雑誌のオマケが本誌からはみ出す勢いの様に、はたまた子供のお菓子が、オマケの玩具の人気具合で売れ行きが変わるように・・・オマケとは、案外と大事なモノなのかもしれない。
・・・たかがオマケ・・・されどオマケ・・・。
歴史書にはオマケの小娘の名前は記されていないが、その生涯は幸せに包まれたものだったそうだ。
B級聖女のお話は・・これでお終い。
長くお付き合い頂き有難う御座いました、本編はこれにて完了~~です。
有難う・・・の気持ちは活動報告に乗せましたので、よろしかったらご覧くださいませ。