春の女神のお祭り~2
故郷は遠くに有りて・・・何とやら。
「あれ、何だ?」
誰かがポツリと呟き空を指さした・・・遠くの空にポツンと、此方に飛んで来る何かが見える。
数曲踊り続けて喉が渇いたオイとルンのカップルは、妹達のカップルや友人達と一緒に、エールを飲みピザを頬張っていた時に空の異変に気が付いた。
街の皆が何事かと動きを止め、賑やかだった音楽が鳴りやみ、みんな揃って不安げに空を見上げている。小さかった何かは、見る見るうちに大きくなり・・・。
「ドラゴンだ・・・ドラゴンか此方にやって来るぞ。」
木工部の親方の言葉に、トデリの子爵様の館前にある広場は大騒ぎとなり冷たい緊張感に包まれた。ドラゴンと言えば貴族とワンセットだ、こんな田舎に貴族がいったい何の用だ。胃が痛む心地で待っていたのだが、それなのに・・・だ、
「ミンな~~久しブり~~~お元気でスか~~~?」
緊張感の欠片も見えない、間延びした声が聞こえた来た・・・。
皆が緊張して待ち受けていたドラゴンの騎乗者は、見慣れたトデリの祭り用の衣装を身に着けた・・・黒い髪と黒い瞳、覚えていた記憶と寸分たがわぬシ~ノンその人であった。
「ただイまぁ~~~。アイムホ~~ムぅ。」
「・・・・・・・・。」
広場は妙な間が有る沈黙に包まれたが、次の瞬間<ワアッ>と弾けた様な歓声が上がった。
*****
何とか時間を捻出(サボって・脱走)してたどり着きましたよ、懐かしのトデリへと。いやぁ~~本当に帰れる日が来るとは思ってもいなかったよ、人間諦めないでチャレンジしてみるのが肝心な様だねぇ。ヌルっとね、抜け出して来ましたよ。
王都のイベント?ドラゴンによるアクロバット的飛行?何じゃィそりゃあぁ。
ブルーイ〇パルスじゃぁあるまいし、白い雲をたなびかせてカッコ良く飛ぶ事なんか出来ません。地元で開催されていた航空ショー、基地に入るのは大変だから、近くの河原でいつも見ていたっけ・・・カッコいいよねあれ。
王家や貴族の威信を高める為のイベントに、協力する気なんかはサラサラ無い。
いつもの仕事だけで沢山だ・十分だ・満腹だ!
満足に休みも無いブラックシフトなんだから、故郷のお祭りくらい参加しても良いよね。貴族へのアピールの場?要りません、ご遠慮申し上げます、お断り!
独立空軍部隊はエスケープ希望の隊員が多いらしく、隊長は諦めのため息を付いていたが、仕方がないね。だって・・・春の女神のお祭りだもの。
「シ~ノン!シ~ノン!!」
仲良しだったリーとアンが駆け寄って来て、お互いハグしようと見つめ合って硬直した。
『リー!アン!お胸、マスクメロンみたい・・・デカメロン!』
この数年で二人の子持ちとなっていたリーとアンは、ムチムチと脂肪を溜め込み、トデリの御かみさん体形へと変貌を遂げていた。
餡饅の様だったお胸がデカメロンに、プリンケツが低反発クッションへとレベルアップ?している。フカフカそうで気持ち良さげな体形だ、パフパフしたら・・・セクハラになるのかな?
リーとアンも、驚き呆れて・・・・。
「シ~ノン・・・アンタ、縮んだぁ?」「こんなに小さかったっけ?」
な~んてコソコソ言い合っている。
縮んでませんよ、現状維持しているだけですよ。腹筋はバキバキなんですけど。
詩乃は広場の隅に、胴巻の中に入れ込んでおいた荷物を広げると
「みんなで適当に分けて~~お土産~~。」
と、ニコニコと笑っていた。
個人別に選ぶ時間はなかったからね、気に入った物を選んでもらおう、合理的配慮と言う奴だね。詩乃の御土産は都会の高級品と言うよりも、見た事も無い奇天烈な珍品が多いようだ、ウケ狙いに走った為だろう。
子供らが珍しがって集まって来る、王都の子供向け知育玩具(聖女様発案)が人気の様だ。狼族の細工物のペンダントや指輪が、若いあんちゃん達の琴線に触れた、チョイ悪っぽい所がカッコいいのだろう。ルイ君と交換した地方の手芸品の数々は、お母さん達に珍しがられて評判がよかった。
「パガイさんから荷物受ケ取ッタよ、ありがトう、凄~~嬉しかッタね。ギーモンの卵漬け、美味シカった~~ヨぉ。ヨイさんニもお礼を・・・見当タラなイな?相変わラず影が薄いな・・・仕方なイか。」
どうも、トデリに戻ると訛ってしまう様だ、何とも不思議な事である。
「食べるかい?卵漬けならあるよ。あんた、ちょっと持って来ておくれよ。」
加工場の親方自らがわざわざ走り出して取りに行ってくれた、嬉しいね~~それならばだ、詩乃としても祖国日本の美食を披露しようではないか!
詩乃は胴巻の中から、おひつに入ったホカホカのご飯を取り出し、醤油とワサビモドキのハーブも取り出した。実は食べる気満々で、事前にご飯を炊いて用意しておいたものなのだ。えへん!食い気は健在だよ。
「何だいそれは?」
詩乃はニコニコしながら、その辺にあった空のお皿にご飯をよそり出した。
アッシの故郷の食べ方なんですよぃ、いっち美味いから試しておくんなぁ、などと言いながら。
「持って来たぞ、ほら!たんと食え!」
「あリガとー親方サン、親方サんも奥さンも食べる良イぞ美味いンダぞ。」
そう言うと詩乃はご飯にギーモンの卵付けを景気よく、ドバアァとお米の上に開けると、ハーブと醤油を回しかけた。
・・・驚いて固まるギャラリー達。
本来は薄いカナッペのようなパンに少量乗せて、大事にチョッとづつお上品に頂くものなのだ。高級品で名が通っている・・・トデリ名産ギーモンの卵漬け。詩乃は周囲の・・エッ・・・アレッ?の反応も余所に、スプーンで豪快に掬いパクッと一口。
「ウゥ~~~~ンン、美味し~~~ぃ。」
詩乃は他の皿にもイクラ丼を作ると、皆にふるまった、ホレホレ食べてみなんしぃ。
皆ビビッて手を出す者が居なかったのだが、加工場の親方が勇気を出して、最初に恐る恐る口に入れた。少々の沈黙の後に・・・目がパァアと輝いた。
「美味いな、流石トデリノ卵漬けだ!この白い穀物と良く合うな。プチプチした食感が面白いし、味が口の中でいつまでも広がって後味が良い。」
流石に食品加工場の親方だけは有る、食レポが殊の外お上手だ。
親方が褒めたので、皆で少しづつ回し食べて、味を確かめ試している。
奥さん達は醤油に目を付けた、これが良い!これはどこで手に入るのかと??
詩乃は皆にウケたので、大いに気を良くして、醤油に酒・砂糖・此方の幾種類かのハーブを漬け込んだ、特製の焼肉の醤油タレを、焼いているモモウの表面に刷毛で塗り付けた。
たちまち香る和風の香ばしい匂い~~う~~ん、ジャパニーズデリシャス!!
「おい、モモウのオロしたの、もう1頭分あっただろう。持って来い俺が許す。」
いつの間にか子爵様が隣に来ていて、剛毅な事を言い出した。
ドアァッと歓声が上がった、みんな肉に大喜びだ、美味しいモノねぃ。
アップテンポの音楽が再開され、踊りの輪にカップル達が参加し出す。エールが振る舞われて、親父達も大喜びだ。広場はバーべキュウ大会の様相を呈して来た。リー家のピザも大変に美味しくて、もう詩乃がしゃしゃり出る隙間も無い、トデリノ名物料理となっていた。ピザをパクつきながら、赤ちゃんたちのお守りを造りつつ、エールを飲む。ムゥ、忙しい。
そんな詩乃の様子を、モルちゃんは広場の隅っこで微笑みながら見ていてくれた。
『モモウ2頭か~、トデリも羽振りが良くなって来たものだねぃ。アッシが居た頃は半身肉で、皆で分け合って食べていたもんだったが。』
リーやアンのお胸が豊かになって行ったように、トデリも順調に発展していったようだ、目出度い事である。詩乃が去った後の年月が感じられる、それでもこうして優しく迎え入れてくれるトデリの人々が温かい。
「シ~ノン、踊ろうぜ。」
オイが誘って来た、それは良いんだけれど・・オイの後ろで泣きそうな顔になっている女の子が気にかかる。あの子は確か妹ちゃんとよくいた、友達の子だったかな?オイに魅かれている様だな、彼女のオ~ラにオイの色が侵食している。
『可愛い子じゃないか、守っておやり。』
などと、脳内おばさんをしていたら、オイに手を引かれて中央に連れていかれた。
「あ~、もしもしオイさん?顔が怖いんですけれど、女の子をダンスに誘う表情では有りやせんぜぃ。」
「シ~ノン、何をやった?急に海賊事件にケリが付いた何て、随分と可笑しな話だ。シ~ノンが何かやらかしたに決まっている。さぁ、とっとと白状しろ。」
アンタ様は刑事さんですかい?かつ丼でも出してくれるのなら、ゲロッても良いけれど・・・ほんと大した事はして無いと思うんだけどな~~。
=一連の海賊行為の証拠の動画は、詩乃以外にも複数存在していた。=
詩乃が<空の魔石>で作り上げた、「ビデオカメラ」を見て感動した魔術師長ラチャ先生は、奮闘努力して苦心暗澹の末に<映像の魔術具>を作り上げる事に成功していたのだ。
その<映像の魔術具>を詩乃がコピーをして量産し、出来上がった物を<独立空軍部隊・隊員各位>に配布していたという訳だ。襟に付ける記章型の魔術具で、手を使わないでも騎乗者の目線が向いている方向の、詳細な映像が撮れる様になっている。
それらの映像の断片を臨場感あふれる、一遍の物語の様に編集した奴がいた。
ハイジャイでドラゴンとお友達から始めている騎乗者候補の能面さんが監督さんだ、彼は幼い頃演劇が好きだったそうで、切れ切れの情報を集めて捏ねて丸めてストーリーを造り出すのが好きだった様だ。
能面さんは、他国に送る海賊行為の証拠の映像を、戦場を駆ける熱い友情アクション物語に仕立て上げていた。
【海賊達の無慈悲な攻撃、そして負傷して傷つく空軍の兵士と、嘆き復讐を誓う空軍部隊の仲間達・・・敵の攻撃を無力化する<魔弾攻撃を跳ね返す謎の膜>さぁ、勝つのはどちらだ!】
それを見た各国の首脳には、激震が走った事であろう・・・通常兵器の魔弾が反射されて味方に被害を与えたのだから。あまつさえ次の画面に登場して来た、黒髪で黒目の不思議な容貌の小娘は、事も有ろうに魔弾を<謎の膜>に吸収して無力化し、とんでもない事に他人の魔力を素手で取り出して、剛速球で海に打ち込むと言う暴挙に出たのだ。
これは・・・由々しき事である、今までの戦いを一変させる新兵器だ。
自軍の魔弾の攻撃の無力化どころか、撃てば敵に魔弾を与える事となるのだから大変な事だ。
その問題のシーンの間に、詩乃の馬鹿笑いのアップが挟み込まれている・・・別に戦闘中に笑った訳では無い、あの顔はトンスラに戻って、夕食が美味しいステーキだと知った時の大笑いの顔だ。
その他にも、敵を水攻めをした時の後に・・・ボードゲームで勝ちそうになって、ニラニラ笑っている顔とか・・・鞭で取ったぞ~~をした時の後には、歯茎を丸出しにして笑う顔のアップが挟み込まれていた。
辛い・・・色々と・・辛い。
そんな映像を、友好国以外にも世界各国に配った訳だ、ランケシ王国は・・・。
以前ホトショで魔改造された様な、詩乃の美しい絵姿が巷に出回っていた様だが・・・うん、詐欺だね悪質だね。今回の映像が出回ったお陰様で、詩乃に見合いを申し込む様な酔狂な貴族は消滅した、王国内でも、外国でも同じ反応だ。
『あんな恐ろしい、得体の知れない女など嫁にした日にゃ、災いを呼び込むようなものだ。くわばらくわばら。』
・・そんなわけで、詩乃は気に病んでいた<お見合い攻撃>から、完全に離脱する事が出来た次第だ。乙女としての面子や色々なモノ(心的・物理的)を犠牲にして、見事自由を勝ち取った訳である。
そんなこんなで、新兵器の威力を見せつけられた帝国は、海賊行為に限界を感じたらしく、大人しく白旗を振って来たそうだ。=
まぁ、それが真相だ、悪意のある編集がいけないのだよフェイクニュースだ。
詩乃から話を聞いたオイは、あきれるやら嬉しいやら、妙齢な友人に複雑な感想を抱いたようだ。笑いを堪えるのが大変な様で、腹筋が痙攣しているのか苦悶の表情でヒクヒクしている。
「シ~ノンらしいな・・・。」
それ絶対、褒めて無いよね・・・。
「ドラゴンがまた来るぞぉ~~~。」
「ゲェッ。」
【詩乃ちゃん、ラチャ先生が来た。連れ帰る気みたい。】
ちぇっ、ラチャ先生が迎えに来ちゃったかぁ・・・詩乃がスルトゥやクイニョンで、しこたま油を売ったせいで信用が無いらしい。新しい魔術具の開発に詩乃のアイデアが不可欠のとの事で、勝手に抜け出すと研究に支障をきたすのでオカンムリになるのだ。困ったお人だ。
楽しい時間はアッという間の過ぎてしまうね。
詩乃はオイの手を引っ張ると妹ちゃんの友達の所へ連れて行った、怪訝そうなオイと頬を染める友達ちゃん・・・うん、お似合いの2人だね。
「このパワーストーンはローズクオーツて言っテネ、恋心を成就さセる石なンだ。ピンク色が可愛ラシい石だろウ?はい、あげる。いツも持っテイてね貴方の恋が実りマスヨうに。」
「オイ、トデリをよろしくね。皆を守って幸せになって。」
戸惑う二人にニッコリと笑う、アッシは恋のキューピットなんちゃって。
トデリが他国に販路を広げるなら、先駆けになり頑張るのはオイ達の世代になるのだろう。頑張ってね、立派な船長さんになってね。
さて・・・お別れだ、今度はいつ会えるかな?
ラチャ先生が広場に降りると、ドラゴンが大型なので大変な事になる、詩乃から向かった方が平和的なサヨナラの方法だろう。詩乃は立ち上がると、隅で待っていてくれたモルちゃんの方に向かい、鞍を付けて撤収の準備をし始めた。
慌てたお母さん達がトデリのお土産を包み始める、故郷への帰省みたいで胸がポワッと暖かくなるね。
「有難う、ミんな元気でね~~。マタイつか会おウね~~~。」
来年また来れるとは言えないから、約束はファジーにしておく方が良いだろう。
詩乃は皆の心使いを胴巻に収めると、空で待機していたラチャ先生と合流し、美しい夕日に向かって去って行った。
お母さん達は、どうしてお土産を沢山持たせようとするのでしょうか?
都会でも買える物までくれますね(笑)( ^ω^ )