独立空軍部隊~2
エフルを乗せた水色のドラゴンが、騎乗者を気遣う様にゆっくりと降りて来る。
白い軍服が赤く染まり、かなりの深手を負っている様に見える。
・・・大丈夫だろうか。
【このところ・・・大陸と島国ランケシ王国とを分ける狭い海峡(対馬海峡くらいかな?)沿いに、国籍不詳の不審船が出没し始めていた。
彼らは商船が通りかかると、いきなり黒い旗(海賊旗)を翻し、襲い掛かって来るのだ。黒い旗に恐れ慄いて降伏すれば、命ばかりは助かるが、商品はすべて略奪され、自分自身は奴隷として売り飛ばされてしまう。勇敢にも反撃を企てれる船には、強力な魔力と魔術を持って襲い掛かり、相手を情け容赦無く蹂躙する、その残酷さは魔獣の様だと恐れられているそうだ。その統率の取れている戦働きは、どこかの軍の兵隊だと噂されているのだが・・・その実態はいまだ解らずじまいだ。
噂では大陸の雄、ガムル帝国の海軍だと言う事だが・・。詩乃達<独立空軍部隊>が命令を受け、連日海峡をパトロールしている所以である。】
ドラゴンから崩れる様に降りたエフルは、急いで担架に乗せられると医務室に運ばれて行った。
『大丈夫かなぁ・・・エフル。』
エフルの水色のドラゴン、シーブルーカルセドニー・・・略してシーブルーが心配そうに呟いている。シーブルーは無傷だ、奴らはドラゴンを傷つける事をしない。
何故なら・・ドラゴン一頭を傷つけると、その怒りが何故かたちまち離れた場所にいるドラゴン全頭へと伝わり・・・とんでもない事に成るからだ。
スズメバチを一匹怒らせたら、巣にいるすべてのスズメバチが怒り狂い、攻撃して来るのと同じ様に、すべてのドラゴンと全面戦争になってしまう。
その覚悟でも持っていなければ、とてもじゃぁ無いが、ドラゴンに手を出そうと思う愚か者はいない。
魔弾は放つ術者の思うような軌跡を描くことが出来る、奴らの狙いはドラゴンを操る騎乗者だ・・・それが<独立空軍部隊>に怪我人が多い理由で有る。
「大丈夫だよ、シーブルーさん。ここの医者は腕利きだからね、キッとすぐに治るさぁ。アッシのお世話では気に入らないだろうが、今日は勘弁しておくんな?さぁ、風呂に入って疲れを取ろう。」
詩乃はシーブルーさんを促すと、また風呂場に入って行った。
貴族の戦いは魔力の強さがモノを言う、魔術の扱いが全てで・・・つまるところ魔弾の撃ち合いだ。
魔弾の良し悪しで、戦いの命運は決まると言って良いほどだ。
かつてランケシ王国のドラゴン騎乗者は、強い魔力を持ち、強い魔弾を放つことが出来る高位の貴族達だった。手の届かない空の遥か高みから、雨あられと魔弾を撃ち込んで、敵を蹂躙・壊滅して来た歴史を誇っていた。無敵のランケシ軍と、空の無慈悲な軍神と恐れられていた時代も有ったのだ。
ところが昨今、魔力の強い高位の貴族達は、ドラゴン様の不興を買い絆が結ぶ事が出来ていない。騎乗者は下位の貴族で、魔力の少ない者ばかりとなり、彼らは満足な魔弾を撃ち攻撃をする事が出来ないでいる。それは空の戦力の不足に繋がって、ランケシ王国の防衛の根本を揺るがす大きな不安材料となっていた。
「いよっ、お疲れさん。」
食いしん坊のムウワはどんな時にでも陽気に振る舞う、彼が鬱ってたら周りが不安になるだろう。隊のムードメーカーでもある彼は、今日怪我したエフルのバディでもある。
「エフルの状態は、大丈夫なの?」
「あぁ、今は治療を受けて眠っているよ。治癒魔法を受けると眠くなるからね、大丈夫!明日にはピンピンしているさ。」
シーブルーを洗い終えて、食事を食べる様に促し、兵舎・・・社員食堂にやって来た詩乃を迎えたのは、ムウアはじめ独立空軍のメンバーだった、一足先に夕食を取っていたらしい。
ムウアが余りに楽天的なので、少しはバディの心配しろと言いたくなるが・・・夕食の煮込みをお代わりをしていない所を見ると、これでも食欲が落ちる程には心配しているらしい。
詩乃も夕食を受け取ると、食べ始める・・・正直食欲など無いのだが、此処では食べるのも仕事の内だ。アニメでそんなセリフを聞いた事が有るな・・・何のアニメだったっけ・・・。
「バリアが作動しなかったの?」
詩乃はもちろんメンバー達に<空の魔石>で造ったアイテムのアレコレを渡しているのだが、これがどうにも使い勝手が悪いのか、思ったような効果が発揮出来ないでいてもどかしい限りだ。
「初めは上手く行っていたんだが、奴ら魔弾をつるべ撃ちしてきやがって・・・。焦ると上手く作動出来なくなって来てなぁ、一度つまずくと後はガタガタになっちまって。」
エフルはアイテム使いが苦手だからな・・・困った様にムウアが話す。
<空の魔石>のアイテムは、信じて願いを込め、使う物なのだが・・・それがなかなか難しいようだ。信じる者は救われる・・とか言うけれど、そうそう単純に信じられるモノでは無いらしい。
信じようと思っても、理性が邪魔をするそうで・・・仕組みの解明したいとか、何故そうなる?とか思い始めると・・もう上手く作動しない。理系には向かないのが、詩乃のアイテムである。
事情通のシェルワは其処で引っ掛かっている、教養が有るのも善し悪しだ、上手く使えるのならそれでOKと思うのだが・・・どうしても理解の範囲を超えているのがムズムズして駄目なんだそうだ。
今日怪我をした、半分エルフの血を受け継ぐエフルは、メンバーの中では魔力が強い。その魔力が<空の魔石>と反発し合って、これまたアイテムが誤作動を起こしたり動かなかったりしている。彼の場合魔石で底上げした方がナンボか良い様に思うのだが、魔石不足の折<独立空軍部隊>に配給される魔石は少ない。空の魔石で魔石は作れないから、詩乃の力でもどうにも出来ない。
下位のメンバーでアイテムを使うのが上手い方なのは、食いしん坊事ムウアだ、彼は大雑把な性格なので使えれば構造や術式など気にしない、効果があるかが一番大事な事なので他の事はどうでも良いそうだ。
その辺は平民に通じるモノがある、トデリでボタンが人気が出たのも、ボタンを付けていると厄除け・幸運のお守りになる・・・と、先に口コミで噂が広がって、それならば自分も欲しい・・と流行って行ったのだ。使えるものは何でも使う・・・生活が楽になるなら何だってOKだ、平民の思考はそれだけ生活が大変なのだからだろう。
隊長のポアフ伯爵も、それこそ使える物なら何だって使う人だ。
苦労して来た半生が彼をリアリストにしたらしい、彼は只一人の伯爵家の生き残りで、これまた生き残った僅かな領民の生活支援をしている・・・王妃様に似た境遇な様だ。
彼は王妃様と気が合うようで、部隊の仕事の傍らこっそりと内職(空の運び屋)をしている、公然の秘密って奴だ。商人になった方が生活は楽では無いだろうか?と思うのだが、魔獣には強烈な復讐心があるようで、軍に在籍する事は吝かでは無いらしい。彼はアイデアマンで、詩乃にあれこれ新兵器を提案して来るが、日本のアニメに勝る武器は今のところ出来ていない。
最後にニーゴさん、彼は詩乃より完璧に反射の魔道具(皿バージョン)を使う。
渡したアイテムはすべて完璧にマスターし実践に使っている、ニーゴさんからすれば、ドラゴンに選ばれ絆を結んだ者が造り上げたアイテムの何を疑うのだ?と、言う事らしい。
全幅の信頼を得ている・・・詩乃にでは無くてモルちゃんがだが。
彼の事はつい、虎さんと比べてしまうが・・・若いだけあって寛容の精神は持ち合わせていないらしくて、しばしば軍のお偉方と衝突している。主にドラゴンの処遇に関した事だが、やっぱり虎獣人は単独行動を好むのかな?バディの詩乃とも慣れ合う事も無い。
<独立空軍部隊>の面々は、頼もしいのやら、そうでも無いか?と、思うのやら。
大体アイテムが使えないのは、詩乃を信頼していないからだろう?虎さんやムースさんは胴巻も、結界の魔術具のコピーを使えていたし・・・あっ!
そうだ、既存の結界の魔術具をコピーすればいいのだ!!そうすれば、エフルも理系の皆も使えるかもしない。
「隊長、既存のアイテムを見せて貰って良いですかい?参考にしやす、もしかしたら複製出来るかもしれないし。なるべく強力な奴が良いかな?」
「それが出来れば凄いな、良いだろう俺の秘蔵の魔術具を見せてやろう。」
・・・なんですのん、そのマニアックな感じは、ほのかに犯罪臭まで感じるぞぉ。
「それにしても、手が足りないのは解っているだろうに、何で軍は正規の空軍を派遣しないの?アッシらは今日は上手い事捌けたが、毎日そう行くわけでは無いし・・・モルちゃんが疲れて来ているし、明日は飛ばせたくない。」
「明日はエフルも休ませねばな、血が足りない・・・万全な体調でなければ判断が狂うだろうしな。隊長、上に掛け合って下さいよ。アイツら俺達の事を、使い捨ての駒だと思っていやがる。」
流石にムウアが怒っている、目の前でバディが傷ついたのだ当然だろう。
「明日はアッシとニーゴさんが、タンデムでムウワと組んで飛べばいいだろう?いつもより遠くに飛べるし、今日の御礼参りをしてやらなきゃぁ気が済まない。」
血の気の多い発言をする詩乃に、みんな驚いてドン引きしているが、当然だろう・・・やられた事は3倍返し・・詩乃の実家、大西家の家訓である。
爺ちゃん母さん、お兄!(気の荒いメンバー)詩乃はやってやるぜぃ!
深刻な顔をしていた隊長が、慌てて止めに入った。
「こちらからは攻撃は出来ない、命令は・・・追い払うだけだ。軍の上層部は、奴らの一連の行動は開戦に向けての挑発行動だと見ているからだ。」
「はぁ?開戦って・・・戦争する気なんですか?」
話がきな臭くなってきた、事情通のシェルワが解説してくれた。
昨年の春、ガルム帝国で世代交代が起こったそうだ、皇帝が廃位して新しく皇帝が即位した。正妻の息子達を排除して、新皇帝の座は愛妾の息子が手に入れたそうだ。彼は軍の要職にいた男で、自分の地位を盤石にするための実績を欲していると言う。
「戦は長引けば民の不満を招くからな、本気な戦を起こす時期では無いのだろう。民に解りやすく戦果を見せつける事ができ、利益を上げられる商船の拿捕は旨味が有るショーなのだろうよ。」
「戦船が商船をけん引して港に戻るたび、帝国の民は大喜びしているそうだぜ。海賊を海の勇者と呼んでいるそうだ、まったく反吐が出そうだぜ。」
「こちらが下手に手を出せば、開戦の口実になるって言う事?奴ら、それを狙って挑発していると?」
詩乃の質問に隊長と、事情通うが深く頷いた。
下手を打つと、謝罪と賠償の象徴として、罪人として帝国に引き渡される事もありそうだ。独立空軍部隊の隊員の命はかなり軽く扱われているから・・・そうなったら、ドラゴン共々トンズラするだけだが。
小さかった詩乃の世界が、少しづつ大きくなり・・・今では無駄に大きすぎる有様だ、帝国だって?星間戦争かよ・・・ふざけんな!
トデリの皆、青い森のチビ達、スルトゥやクイニョン・・・守るものが増えて来て、息がつまりそうだ。
それでもやらなくちゃ・・・やっと生活が落ち着いて来て、みんなに笑顔が戻って来たばかりなのだから。王妃様も聖女様も、こんなプレッシャーの中生きているのか・・・。
『明日、モルちゃんを置いていく・・って話したら、怒るだろうなぁ・・・。』
詩乃は満腹食べて、半分眠りながらそんなことを考えていた。
きな臭くなってまいりました・・・(/ω\)