ズルは恥だが役に立つ~5
「この卑怯者!」
罵声と共に、いきなり手袋を投げつけられた。
騒然となる周囲・・と・・・呆然とする詩乃。何じゃい?何の真似だ?
昔のヨーロッパでは、手袋を投げつけられたら決闘の合図だったっけ?
界と今昔は違えど、貴族様の考える事は似たようなものらしい。
決闘と言うと、美しいご婦人を取り有ったり、名誉がどうのこうの・・でするものだと思っていたが?
美しいご婦人の役は・・モルちゃん・・なのだろうか?
「具体的に言って下せぇ、アッシの何処が卑怯なんですかぃ?」
腕組みをし、足を貧乏ゆすりしながら横柄な感じでアサイー様に対峙する、疲れているからね・・・良い顔は出来ない。因縁つけるなら覚悟しろよって事だ。
「相手の知らない武器を持ち出すなんて、騎士道に反する卑怯者のする事だ。真向に戦う事の出来ない、勇気のないずる賢い奴だと言っているのだ。」
「アッシは騎士じゃぁござんせん、どう戦おうが自由だ、指図を受ける謂れはねぃ。」
なっ・・・。アサイー様は絶句して、次の言葉が出てこない。
「相手に配慮して戦うのが騎士の誉れなのだとしたら、魔力が無い獣人に対して、魔弾を撃ち込んでくるのはどう言う了見なんだ?そちらの方が、よほど卑怯な振舞だろうが?」
詩乃は周りにいる貴族達を見回した、誰も何も言わないが思う処は有るのだろう。
星組の奴らは嬲るようにニーゴさんに魔弾攻撃を仕掛けていた。たった1人に8人掛かりで・・・騎士道が聞いてあきれらぁ。
「平民や獣人は良いのだ、貴族の為にいるのだから!」
・・・はい、out!
アサイー様はもう、スリーアウトで退場だ。
「面倒な坊ちゃんだねぃ・・・アッシにどうしろと言うのさ?」
「知れた事、今すぐ幼きドラゴンをそなたの呪縛から解放し、絆を斬って此処から出て行け。ハイジャイは貴族の世界、平民や獣人風情が来てよい所では無いのだ!」
詩乃は腰に手を当て、周囲を見回す・・・貴族達の顔は仮面の様でおよそ表情が無く、アサイーの発言に肯定も否定もしていない・・・風見鶏どもめ。
下位の貴族達はハラハラしながら見守っている様だ、此方も見守っているだけで何の役にも立ちはしない。ニーゴさんは虎の目を厳しくして、詩乃の方をジッと伺っている。
「アッシを此処に連れて来たのは、プマタシアンタルとラチャターニーと言う名の者だが、彼らよりアサイー様の発言権が強いと?」
周囲が<ザワッ>となった、流石に有名らしい・・・あの2人。
「王太子派か・・・フン!聖女を良い様に操り、この国を私物化し伝統を蔑ろにする悪党どもだ。お前も王太子派か、たかだか聖女のオマケ風情が、貴族に向かって偉そうな口を聞くな。」
ふ~~ん、アサイーの家は反聖女・反王太子派なのか・・・。
詩乃は手袋を拾うとアサイーに告げた。
「よこざんしょぅ、この決闘受けやしょう。アサイー様がアッシに勝てば、モルガナイトとの絆を斬って此処から去ろう・・・で?アッシが勝ったら、アサイー様は如何いたしやす?」
アサイーは心底驚いた様な顔をして、詩乃を怒鳴りつけた。
「平民風情が、貴族である私に要求をする気か!無礼者!」
「平民ですがね、アッシは生憎と異世界の出だ、此処の仕来りナンザァ知ったこっちゃ無いのさ。アッシの要求を呑む気が無いなら、この話は無しだ決闘はしない・・・。
いいかえ?アッシが勝ったら、アサイー様には1年間平民として生きてもらう。
魔力は封印して、一平民として王領の開拓団でも行って働くがいいや。
・・・腐った根性が少しはマシになるだろうさぁ。
誰か、契約の魔術具を持ってきな!これは立会人がいる神聖な決闘だ、負けた後で泣き言は許されない。命を懸けて契約するんだ、どうでぃ?アサイー様、それでもおやりになりますかい?」
話が大事なって来て、アサイーは内心ビビり始めていた。
今まで彼が出会って来た平民は、彼が一喝すると恐れ慄いて言う事を聞いて来たではないか・・・何だってこの、オマケのチンチクリンは貴族である私に堂々と逆らい、あろう事か要求まで突きつけて来るのか・・と。
アサイーは周りを見渡したが、誰も助け舟を出してくれそうな人物はいなかった・・・それはそうだ、彼が脱落すればそれだけドラゴンが手に入りやすくなるのだから。
「5・4・3・2・1・・・ブッブ~~~、はい時間切れ~~~。」
詩乃は手袋をアサイー様に投げ返すと、背中を向けてサッサと帰りだした。
碌な覚悟も決めずに、貴族としての特権を振りかざし平民に無理強いをする・・・反吐が出そうだ。これがこの国のスタンダードなら、さっさと違う国にでも亡命したいところだ。
・・・何処の国も似たり寄ったりの状況だったら、どうすれば良いのだろう?
魔獣の住む青い森にでも隠れ住むか?その方がよっぽどスッキリするし・・・現実的なプランだと思うけどな。
『お母さんは嫌な奴とは付き合うな!って言っていたけど・・・嫌な奴ばかりだから困っちゃうよ。』
詩乃が考え事をしていて、隙があるように見えたんだろう、アサイーがいきなり背後から斬りかかって来た。もちろん結界が発動するから、アサイーごときの攻撃など詩乃に当りはしない・・・が。
『いい加減、ウザイんだよねコイツ。』
詩乃はするリと横に除けると、魔力を使い風を操って、アサイーの目に向かって砂礫を当てた・・・目つぶしだ。
思わぬ反撃にアサイーは悲鳴を上げて腕で顔を覆う、
「何をジュルッ・・卑怯・・ゲホゲホ。目が~~目が~。」
・・・悪役のお約束を、有難う御座います・・・だ。
詩乃は体を屈めると、アサイーの懐に滑り込んで腕を掴み下げると、足を思いっきり後ろに蹴り上げた。
=一本背負い=
派手な音を立ててアサイーは投げ飛ばされた、屈辱的にも背中を地面に伸ばし大の字に倒れている。詩乃は手首を捻って剣を放させると、アサイーの胸の上に座り込むようにして体重で潰し、膝を首にめり込ませて動きを封じた。息が止まって苦しいのか、赤黒い顔でアサイーが必死に叫ぶ。
「は・・なせ・・ひき・・ょう・・もの・・・。」
「アサイー様よ、アンタ卑怯卑怯と連呼するが。卑怯と叫べば、魔獣が止まってくれるとでもお思いかぃ?
アンタ今まで魔獣とやり合った事が有るのか?弱らせた魔獣を相手に鍛錬する様な、お遊びでは無い本当の殺し合いをだ。
この目つぶしはな、青い森のほとりに住む平民に教わった技さ。魔獣が出たって騎士様など駆け付けちゃあくれねぇ、小さな貧しい村の、まだ見習い前の子供が青熊とやり合う為に考え出した技さ。
その子には大した魔力も無い、武器だって鎌や小さなナイフ、棒っ切れくらいしか持っていないんだ。
それでもなぁ、母ちゃんや姉ちゃんを守るために、青熊に向かって行くんだ・・・その勇気がアンタには有るのかぃ?
アンタの言う勇気や騎士道は誰の為に有る?国の為か?その国の中には平民や獣人は入ってはいないのか?」
弱い者を助けない騎士など、存在意義が無い、タダのコスプレの大馬鹿野郎だ。
詩乃の呟きに、周囲の貴族達が押し黙っている・・・コスプレの意味は解らないが、見かけばかり気にする中身のない馬鹿者の事を言っている様だ。
詩乃はアサイーに一瞥もくれる事無く立ち上がると、軽く埃を払い(アサイーの顔の上でだ)モーゼの様に、左右に騎士達を割って宿舎に帰って行こうとした。
その時
アサイーが詩乃の背中に向かって思いっきり剣を投げつけた、
<危ない!>
と、思った時には・・・いつの間にか移動していたニーゴさんが、剣の柄を握りしめて詩乃に刺さるのを止めていた。
・・・いつの間に・・・あそこまで一瞬で移動したのか?
騎士達は獣人の身体能力に唖然とした。
【キシャァァァアアアアァァァーーーーーーッ】
モルちゃんが怒って鱗を逆立て、アサイーを威嚇している。
詩乃のピンチを感じて急いで飛んで来た様だ。
アサイーは真っ青になって言い訳を始めた、
「幼きドラゴン殿、貴方は騙されて・・・・下賤な平民が・・・」
【グオォォォ~~~】【アオオオオオォォォォォ~~~~~】
ドラゴンの住む格納庫の方から、大人のドラゴン達の咆哮が響いてきた・・・どの声もモルちゃんと共鳴する様に怒っている。その声は大きく、腹の底から響く様で・・・恐ろしさに震えあがりそうだ。
アサイーの顔色はもう真っ青だ、ドラゴンの気に威圧されているのだろう。
ドラゴンはこの世界の上位者・・・気に入った人間に、気まぐれに肩入れしてくれているのに過ぎないのだ。ドラゴンを人間の思う様に操ろうなどとは、片腹痛い事なのだ・・・本来は。
こんな事は今まで無かったのだろう、大佐も驚いている様だ。
「アサイー様、アンタもうハイジャイにいても無駄だ。
モルガナイトの怒りが、全てのドラゴンに伝わった。アンタと絆を結ぼうと思うドラゴンはもういない、領地に帰ってほかの道を探す事だ。」
詩乃はそう言うと、激オコなモルちゃんを宥め、抱き上げ今度こそ去って行った。後ろにニーゴさんと、下位の貴族を引き連れながら。
蹲るアサイーと、呆然とする高位の貴族は、ドラゴンの咆哮を身の切られる思いで聞いていた。
『ドラゴンに好かれる人間って・・・どんな人間なのだ。』
・・・どうすればいいのだ・・・と。
大佐も腕組みをしながら、じっとドラゴンの咆哮を聞いていた。
****
詩乃はランチの時の様に、清浄の魔術具で皆を清めると、機嫌よく一番に食堂に繰り出していた。
「良い香りでヤスねぃ~~今夜のメニューは何かな?」
・・・・胸糞悪いハイジャイだが、ご飯だけは美味いので許してやる!
そう思いながら、再び餌付けに励む詩乃だった。
アサイー様 退場です。さようなら~~( ^ω^ )。