それぞれの旅立ち
デバカメ・・・漢字で変換されませんでした、もう死語なのかな?
良いお湯を楽しんでいたのに、痴女呼ばわりされた挙句、タダで見物までされて大変お怒りの詩乃様だ。
見なきや良いのになぜ見るし?その挙句の感想ナンザァ聞きたくはないんだよ!!
『腹筋を鍛えろだぁ?腹の緩みは精神の緩み?何だそれ、そんな格言は聞いたとないし?女はアスリートでも無けりゃぁ腹筋が6ッに割れたりしないんだよ!割ってどうする?カブトムシの腹みたいじゃぁないか。気持ち悪い。』
お兄に散々筋肉について語られて、披露されて来たので食傷気味なのだ。脳筋の考える事は何処の世界でも同じらしいし、押し付けがましい所も同じ様だ。
狼達は突然の人間の来襲に騒然となったが、ドラゴン様がいるし・・・王妃様の御使いだと名乗るので、仕方が無く谷に受け入れた。それにこの人間達は何だか貴族然としていて、怒らせるとヤバそうな雰囲気がビシバシとする。
恐る恐る話を聞いてみると、なんとこの人間達は、オマケの小娘を迎えにクイニョンまで来たと言うではないか!!
これは有難い、内心小躍りする思いで銀さんは人間達を迎え入れた。
それなのに・・・・・。
「嫌だね、アッシは陸路で帰りヤス。護衛さんの二人の事もあるし、ドラゴンに乗って一人でサッサと帰るなんてありえませんねぃ。」
肝心のオマケがゴネていて帰ろうとしない・・・・いいから帰れよ・・・。
オマケの小娘と貴族らしい2人の男達の喧嘩腰の言い合いを、ハラハラする思いで眺めるばかりで手が出せない。外で立ち話をしていてもなんだからと、ダンジョンハウスの会議室へと迎え入れて、お茶とお菓子の一つも出したところだ。
「仕方が有るまい、護衛の者達も特別な計らいでドラゴンに乗せてやろう。それなら文句もあるまい。」
「ダメだね、山ギヤや草ギャースの4頭も連れて帰るから。」
ラチャ先生の珍しくも有りがたいお言葉を、詩乃はバッサリと切って捨てた。
山ギヤはともかく、イレウアイ(草ギャースの正式名)は我々の財産なはずだが?
銀さんの不審そうな眼に気づいたのか、詩乃が低い声で威嚇した。
「あんた達、草と肉が色違いなだけで似ているからって、怖がってこの頃じゃあ満足にお世話もしていないそうじゃないか。モルちゃん経由で草から苦情が来ている。お世話も出来ないような連中には、可愛い草ギャース達はとてもじゃないが預けられないね。飼い主として失格だぇ。」
あんな顔でも付き合いが長いと情も湧くし、可愛くもなってくる・・・詩乃にも随分と懐いてくれているしね。
「護衛と言うのはあの強そうな2人だろう?騎乗動物を連れて自力で帰れない様には見えないが。」
プウ師範が虎さんとムースさんをチラ見してそう言った、裏切者の護衛たちが頷いている・・・むぅ。
「でも、胴巻がないから暖かい食事も出せないし、結界も張れないから吹雪いたら凍えてしまうよぅ。それに虎さんはカポエの街からずっと護衛をしてくれていたんだ、報酬の件も有るし此処で別れる訳にはいかない。それからムースさんは命の恩人だ、まだ何の報酬も感謝の印も贈っちゃいないんだ。そんな不義理な事ではアッシの気持ちが収まらねぃ!」
旅に出たのなら暖かい食事など望むべくもないし、吹雪いて来たのなら雪洞でも掘れば良いだろう、呆れたようにプウ師範が吐き捨てる。
「へぇ?その旅の道中でアッシに食事を作らせて、美味い美味いと食っていたのは何処のどなた様でしたっけ?」
薪に生木を持って来たのは、何処のどいつだ・・・吐き捨て返しにバラしてやる。
貴族の旅なんてそんなものだ、少しばかり旅をしたぐらいで平民の苦労を知った気になるな。
言い争いになって短気なプウ師範から魔力が漏れ始め、ラップ音の様にあちらこちらでバチバチと音が鳴り始める、獣人が魔力に強いからいいけれど、トデリでこれをやられたら人死にが出る事間違いなしだ。
「いい加減にしてくれ!!」
銀さんの悲鳴で睨み合いはひとまず収まった。
「そなたはカポエの貴族の館で、この者を護衛してくれた虎の獣人だろう。礼が遅くなって申し訳ない、このように聞き分けの無い、非常識な者を長きに渡って押し付けて悪かった。心根は悪い者では無いのだが、何しろ異世界人なのでな、価値観が此方の者と些か違う様なのだ。
騎乗動物の今後を気にかけるなど、可笑しなところが有るのだが。・・・それ故か、これは平民やそなたら獣人達にも何ら偏見も持たず、何人にもごく普通に話しかけるし接しもするのだ。もっとも貴族にも王族にも普通に接して、不敬を働きまくっておるがな・・・。」
ラチャ先生が珍しく長文を話した・・・てか、これって何だ、これって。
「ノンよ、お前はいつも相手の意向を気に掛けてはいなかったか?平民達に貴族の都合を押し付けるなと、我々に言っていたのはお前では無かったか?お前は聖女様のオマケで、此処では上位者だ・・・お前の都合を押し付けてはいないか?護衛たちの意向は聞いたのか。」
・・・ぐぅ・・・ラチャ先生がそんな正論を説くなんて。
下を向いて答えない詩乃にため息を吐くと、ラチャ先生はプウ師範に目配せをした。
「クイニョンでの様子は出入りの商人から聞いていた、報酬はその話を基に査定してスルトゥでギルドカードを作り入金しておいた。確認してくれ。」
獣人は国で管理されていたから、出生も個人識別もバレているのだろう、それでなければギルドカードなど作れない。虎さんとムースさんは無表情でカードを受け取ると、指紋を押し確認をしていた。
ムースさんが驚いた顔をしていたから、思ったより良い報酬だったのだろう。
偶然に知り合っただけで絆が有る訳でも、友と呼び合える仲でも無かったが・・・金で売られるようで気分が悪い。半年近く同じ草系の部屋にいたけど、嫌な思いも感じも受けなかった・・・それだけ2人は詩乃に気を使って、守っていてくれていたんだと思う。
「帰る支度が有るから・・・1時間だけ待っていて。」
そう告げると、詩乃は誰の顔も見る事なく会議室を後にした。
モルちゃんだけが詩乃の後を追って行った。
*****
それから1時間・・・詩乃は<守り石>を作っていた。
狼の子供達に・・・怪我や病気などしないようにと。
それから虎さんとムースさんに、詩乃の胴巻を「コピー」したモノを造った。魔術の陣などサッパリ解らないが、使い方は解るので何とかコピーする事ができた。ライセンスに抵触するだろうか?知ったこっちゃ無いが。詩乃の胴周りの大きさでは小さいだろうから、2人には太モモにでも付けてもらえば良いだろう。試しに調理室に発注しておいた料理を入れてみる。・・・大丈夫、使えそうだ。これらはお役立ちグッズになるだろう。
・・・清浄の魔術具の「コピー」、風や寒さなどを防ぐ結界の「コピー」。
後は何が良いかな?ムースさんは普通に結婚して家庭を持つのが夢みたいだから・・・嫁さんと、子供3人分くらいで良いかな?<守り石>を造る。
虎さんは・・・独身主義者なのかな?それとも虎獣人って少ないのかな、そんな孤独そうな陰のある渋さが大人の魅力なのだが。
「アメジスト」
虎さんにはアメジストで<守り石>を造った。
【アメジスト・・・邪悪な者を払いのけ、真実の愛を守り絆を深める・・石】
虎さんって、そっちの方面は諦めている感じがして気がかりなのだ・・・いつか虎さんが愛して、愛される誰かに出会えると良いな、そんな願いを込めて造ってみたのだが・・・如何でしょうか?
ああでもない、こうでもないと言いながら一心不乱に<守り石>を造る詩乃を、モルちゃんは胸が詰まる思いで眺めていた・・・詩乃ちゃんは今まで、きっと沢山の別れを繰り返して来たんだろうなぁ・・と思いながら。
「詩乃ちゃん!モルはずっとず~~~っと、詩乃ちゃんと一緒だよ。」
突然話しかけてきたモルちゃんに、驚いたように振り返った詩乃だったが、パアァッと花が咲いたように笑った。
****
モルちゃんに護衛の2人を呼んで来て貰った、草系のこの部屋で4人で過ごすのも今日が最後だね。
「今まで有難うございました。」
詩乃は深々と2人に向かって頭を下げた、感謝の気持ちを表すのなら、やっぱり日本式になっちゃうね、そうしないと言葉に気持ちが上手く乗っからない。
2人は戸惑う様に詩乃のつむじを見つめているに違いない、だってつむじがムズムズするもの(笑)。
顔を上げた詩乃は自然な笑顔を作り、感謝の気持ちを込めて造った、お役立ちグッズを2人に手渡していった。
「これはアッシの胴巻と同じモノです、ほら銀髪の偉そうなオッサンがいたでやしょう?あのお人は凄腕の魔術師でやしてね、アッシの胴巻の制作者でやす、それをそのままコピー・・・写し取って作りやした。空の魔石で造ったものでやすから、魔力が無い獣人さんでも使えやす。・・・クイニョンに埋めた<守り石>と同じだぁ・・・信じて、願えば使えるはずです。
入るのは・・・この部屋の半分くらいの容量かねぃ。鮮度も保たれるし、温かいモノは温かいまま・・・冷たい物もそのままの優れものだぁ。入れた物を忘れた時には「表示」と唱えると此処に現れますからね。どうぞ使ってやって下さい、アッシの感謝の気持ちだ、今は調理室に頼んでおいた料理が半分ずつ入っているから後で確認してくだされ。」
それとこれは・・・造った便利グッズをあれこれ説明する詩乃、そんな詩乃を2人は複雑そうな顔をして見下ろしていた。
「やっぱり魔術系のモノは嫌でしたかぃ?」
不安そうに聞いて来た詩乃を、虎さんはふんわりと抱きしめた。
驚いて息が止まる・・・・。
「感謝しているのは俺の方だ、お前は殺されかけていた俺を救い、武器を与え毒粉の脅威を退けてくれた。低く見られていた獣人達と対等に接して、護衛として傍に置き指示まで仰いで信頼を寄せてくれた。」
「当たり前の事ですよ?」
「それがどんなに当たり前では無い事なのか・・・お前以外は皆知っている。異世界から連れてこられ、王妃に利用されこき使われ、お前には安らぐ時が無いのだろうが・・・お前に救われた者が、この世界に大勢いる事を忘れないでくれ。皆お前に感謝しているはずだ・・・この俺の様に。」
思わぬ言葉に涙腺が緩みそうになる・・・でも、別れに涙は良くないね。虎さんやムースさんは優しいから心配をかけてしまう。詩乃はやせ我慢で笑いながら、お道化た調子で虎さんに聞いた。
「耳の後ろの白い丸を触っても良いです?」
「駄目だ。」
一度力一杯ギュッと抱き着いてから、笑いながら虎さんから離れた。
ムースさんとは握手してサヨナラだ。
「子供のお守り3人分で良かったかな?もっと造ります?」
ムースさんは真っ赤な顔をして、慌てて手を振った。十分だそうです(笑)。
草系の部屋に明るい笑い声が響いた。
****
1時間後、別れの旅立ちの時、ドラゴンの周りには大勢の狼達が控えていた。
本当に好きだよねドラゴンが、でもこのドラゴン達は主人に似て偏屈だから近寄らない方が身の為だよ?
「ウッホン」
偉そうに咳ばらいをして爺が出て来た、元は長様だったけど・・・いろいろと下げ止まっちゃった感じだな。まぁ、そのほとんどに詩乃が関わっているのだが。
「我々狼獣人は誇り高く、人間に頭を下げる事などしない。」
あぁ?最後にまた喧嘩売って来たかこの爺?
「だから、そなたを名誉獣人として、クイニョンの狼族の一員として認め迎えよう。クイニョンはそなたの故郷であり、狼族はそなたの同胞だ。その印としてこの牙を授ける、これは勇気ある狼の印。そなたに相応しい印だ。」
爺が厳かに、肉ギャースの牙に彫刻を施した飾りを渡して来た、皮紐が付いていてペンダントの様に下げる様になっている。驚いてマジマジと牙を眺め狼族を見渡した、どの顔も神妙な顔付きで詩乃を見つめている。
「世話になったな、有難う・・狼は恩は忘れん。疲れたらいつでもクイニョンに戻ってこい、温泉が露天風呂だったか?そなたを待っている。」
詩乃は名誉獣人になったから、お礼を言っても良いらしい最後まで狼さんだね。
爺様にお礼を言うと、飾りを首から下げた・・・似合うかな?
ドラゴンの近くで見守っていた2人は、どうやら詩乃をどちらに乗せるかを押し付け合っていた様だが、モルちゃんを連れているのでドラゴンの方が乗せたがって寄って来た。
君たち初対面の時と随分違うね?詩乃はこれでもA型なので執念深く覚えている。
あんたら威嚇して来たくせに、うちの可愛いモルちゃんには相応しく有りませんから!どちらにしてもプウ師範とタンデムなど有りえない、此処はラチャ先生の乗せて貰おう。
ドラゴンに跨るとラチャ先生の魔術でふんわりと浮き上がる、そのままゲートを超えて飛んでいく様だ。
子供達が足にミニスキーを付けて、スケートの様に雪を蹴って飛んでいるドラゴンの後をついてくる。
「ノンね~~ちゃ~~ん、また来てね~~~。」
「ね~~ちゃ~~ん」「ありが~~と~~~」
走りながら、手を振り声を上げて呼ばわっている、凄い脚力だね・・。
詩乃も下を向いて、皆が見えなくなるまで手を振っていた。
10分くらい飛んだ時だろうか、ラチャ先生が黙って指した方向に見つけたのは。
4頭の騎乗動物が山の稜線を走っていた、虎さんを乗せた草ギャースとムースさんを乗せた山ギヤだ。
白い雪の上を、夕焼けに染まり始めた美しい空を背に、黒い影を長く引いて一心に走っている。
あの後すぐにクイニョンを出て、もう此処まで走って来たのだろうか?
凄いスピードだ、地図作りの時に詩乃も山ギヤに乗って一緒に走ったが、随分とセーブしてくれていたんだね。山の稜線を辿りショートカットして、一直線にスルトゥを目指しているのだろう・・・この速さなら、5日もあればたどり着けそうな勢いだ。凄い!本当に凄いや。
結界が使われているのか、進路の雪が吹き飛ぶように左右に分かれて道を切り開いて行く。
草ギャースに虎さんが跨り先頭を走り、そのすぐ後を山ギヤに乗ったムースさんが続く、空荷の2頭も後を続いている。
胴巻も・・・使えているんだ・・・ふふふ・・・嬉しいね。
グッズが使えていると言う事は、詩乃を信じていてくれている・・・そう言う事だろう?涙が出そうだ。
彼らは雪煙を蹴立てて流れる様に進み、夕暮れの雪山をものともせずに易々と走り抜けていく。
「かっこいい・・・。」
これが本当の虎さんとムースさんの姿なのだろう、詩乃の御守で随分と窮屈な目に遭わせていたんだな。
御免なさい、そして有難う!!
解放された彼らは自由に、心から楽しそうに走っている。
これが彼らの本来の姿なんだ、縛り付けてはいけないんだ・・・だから狼獣人とは反りが合わないんだ。
ラチャ先生のドラゴンが気を使ったのか、高度を落とし山の稜線に沿って飛んでくれた。
手を振る詩乃に気が付いて、虎さんとムースさんも手を振り返してくれる。
・・・笑ってる・・・良い笑顔だ。
「さよなら、元気でね!石の力が虎さんとムースさんを守りますように。2人が幸せになりますように、実行!!」
詩乃は声の限りに叫んだ。
その後、虎さん達はスルトゥを目指して真っすぐに。
詩乃は新たな見知らぬ土地で、待ち受けているであろう何かを目指して・・・大きく左にそれて飛んで行った。
さらばクイニョン~~また逢う日まで~~~。
染色が上手くできず、すぐにチベットスナギツネに呼び出されるような気もしますけど。