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B級聖女漫遊記  作者: さん☆のりこ
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襲撃~4

戦いの終わりは・・・新たな争いの始まり。

尻尾千切れは何の感情も籠っていない様な、爬虫類特有の虚ろな目を細めて詩乃を見ていたが・・・口の端を歪めると、無理やりに笑ったような表情を浮かべた。

知能が高い生き物だから、それなりの感情も有るのだろう。判りにくいけどさっ。

猫がネズミを甚振るように、シャチがアザラシを戯れに虐め殺す様に・・・時間をかけて詩乃を始末するつもりの様だった。


         =ば~~~かぁ=


油断は大敵で、窮鼠は猫を噛むのだ・・・覚えておけぃ。

         「目から脳まで貫通」

詩乃は血の味がする口を開いて、はっきりと命令した・・・・今は亡きドラゴン、モルちゃんの<おかあしゃん>の爪に。

ドラゴンの爪は真ん中の所にポッカリと空洞があいていたのだ、詩乃は其処に<空の魔石>を仕込み千載一遇のチャンスを待っていたのだ。奴が・・・尻尾千切れが、目を見開いて詩乃を見るのその時を。さっき掴まれて放り投げられた時に、爪は詩乃の手を離れて命令が来るのを雪の上で待っていた。


         グチャァ・・・・


嫌な音と共に爪が目に突き刺さった様で、尻尾千切れが悲鳴を上げるのが聞こえた。頭を激しく振り、目に刺さった異物を取ろうともがいているのだろう、無茶苦茶に暴れているようだ・・・踏まれたらアウトだ。

チッ!脳まで届かなかったか・・・頭蓋骨は丈夫に出来ているからねぃ。

詩乃の元々少ない魔力も・生命力も疲れてポシャっているせいか<空の魔石>も万能では無かったらしい。胴巻から新しい<空の魔石>を出したくても、放り投げられて踏まれたせいで人型に雪にめり込んでしまい手が動かせない、大の字のまま60センチ程埋まっている感じだ。


『恐竜モドキに雪山で踏まれるなんて、何たるダークファンタジー。』


挿絵(By みてみん)


今は頭も顔も動かせず、自分の頭の幅に掘られた空間を見上げるばかりだ。仕方が無いので小刻みに体を動かし、少しでも隙間を作ろうともがいてみる。体が圧迫されて息苦しい・・・尻尾千切れの悲鳴が聞こえなくなったが、奴はくたばったのかな?だったら良いのだけれど・・・周りの状況が解らず、希望的予測を持って空間を静かに見つめていた。


・・・・其処にだ・・・右目に爪が突き刺さったままの、緑の血を滴らせた奴の顔が現れた。奴の生臭い血が顔に降りかかってきて、思わず悲鳴を上げそうになる。・・・グフウゥ。

奴は残った左目で詩乃を探しているらしい・・・参ったねぃ・・・この勝負は引き分けかな?奴が詩乃を殺しても、あの深手では長く生きてはいけまい・・・痛い思いをするだけだ、ザマミロ。

奴は何度か狭い空間の真上を行ったり来たりしながら詩乃を探していたが、首を傾ける事で詩乃をようやく発見した。爬虫類の目が怒りに燃えてギラギラと輝いている、まだまだ元気そうだ・・・丈夫な奴だね。

噛みつく為なのか、一度穴から離れた様で空間に小さく奴の頭が見えた・・・いや?奴の頭と・・?。

詩乃が考えているうちに、凄い音がして尻尾千切れが視界から消え去った。

何だ?何が起こったのだ?


困惑している詩乃の視界に、慌てた様なムースさんの顔が写り込んだ。



「チビ!大丈夫か!!生きているか!」

焦るムースさんは初めて見た、レアものだ・・・良いモノ拝めた有難う。

ムースさんに雪を除けて貰って、どうにかこうにか発掘してもらった・・・かなり長い時間埋もれていたから、体が冷え切ってしまったようだ。

クシュンッ。


ムースさんはゲートの騒ぎの後、近くにあった電柱の様な丸太を引っ担ぎ、詩乃を助けるために雪を漕いで谷の上まで来てくれたと言う。詩乃が危うく奴に噛み殺されそうになったまさにその時、フルスイングで丸太を振り回し、テクニカルヒットで頭にブチ当ててぶっ飛ばしてくれたそうだ。有難い・・・。

ヨッコラショッとどうにか座り直すと、かなり離れた場所にヤツと折れた丸太が一緒に転がって倒れているのが見えた・・・首が有りえない方向に曲がっているんですけど。


凄い怪力だね・・・。


お陰様で命拾いしましたと、ムースさんに改めてお礼を言う。

「まったくだ、なかなか雪で進めないで焦るし、チビがアレの尻尾に叩き飛ばされた時には寿命が縮む思いをしたぞ。体は大丈夫なのか?痛い所はないか?」

う~~~ん、何か全身がもれなく痛いのだが、動けない訳では無いのでセーフと言って良いのではなかろうか?終わり良ければすべて良し・・・だ。

モルちゃんが詩乃の胸に飛び込んで来た「グフゥ」気持ちは解るが、今は其処はチョッと痛いのでご遠慮頂ければ有難い。よろけた詩乃をムースさんが支えて、モルちゃんも抱き止めてくれた。


「そうだ、虎さんは?」


虎さんはまだ戦っていた、周りに控えていた肉ギャースは他の所に参戦していたようで、今は虎さんとデカザウルスとのタイマン勝負だ。ザウルスは虎さんに彼方此方やられて満身創痍の状態だ、このままでは済まないし・・・もうこんな事は早く終わらせたい。

詩乃は胴巻から多めの<空の魔石>を取り出すと(ライフが減っているので、数で勝負だ)、ザウルスの尻尾目掛けて「突風」と叫んだ。

ギャース達の尻尾は体のバランスを取る為に、かなり大事な役目が有る様だと今日学んだ・・・案の定、尻尾に突風を食らったザウルスはバランスを崩し、虎さんに体をひらいてよろけ蹈鞴を踏んだ。


「あっ、何かデジャブ。」


虎さんは、ザウルスの首の下にスルリと入り込むと、兼定を滑らせた・・・これで終わった。地響きを立てて倒れ込むザウルス、余りの振動で小さな雪崩がおきた。



大将が倒されたのを知ると、残された肉ギャース達は逃げをうって、やって来た道を引き返し始めた。此処に来た半数ほどだろうか?怪我を負って逃げていく。


狼達は奴らを追う事も無く、ドラゴン様を心配して、谷を登り詩乃の近くにまで集まって来た。口々にモルちゃんに心配したと、子供を助けてくれた事に感謝する・・などと告げて来る。

本当にドラゴンが好きなんだね~。詩乃の活躍に一切触れない狼達に、ムースさんは不愉快そうに口を開きかけたが、詩乃に膝をポンポンされて押し黙った。


『誰も怪我も無く、事が済んだのなら・・これ程良い事は無いだろうさぁ。』


詩乃の座り込んでいる所に、虎さんもやって来た。流石にくたびれたのだろう、長い尻尾がだらりと垂れ下がっている。

「虎さん、お疲れ様で御座いましたなぁ。お怪我は有りやせんかぇ?」

「無い、お前の方が深刻だろう?」

骨には異常はない様だ、酷い打ち身と言った所だろうか・・・後は体力不足での疲労と、元から少ない魔力不足のせいだ、体が怠くって気持ち悪い。

「疲れやしたねぃ、温泉に入りたいなぁ。」

肉ギャースの血で、全身が緑色に染まり・・・臭い。これでは先に汚れ物落とし場で、綺麗にしてからでなくては、温泉には入れないだろう。

疲労で瞼が落ちて来る・・・今にもくっ付きそうだ。


その時だ、突然虎さんが兼定を構えると戦闘態勢に入ったのは。


詩乃が起こした雪崩に埋まり、電撃攻撃を受け気絶していた数頭の肉ギャース達が、今頃になって正気付いたのか立ち上がったのだ。ふらついているが、怪我は無いようで・・・何故意識が飛んだのかと、不思議そうにキョロキョロと周りを見渡している。

1頭が此方に気が付いて警戒音を発した。ギャウギャウギャウ。


虎さん・ムースさん、賑やかしの大勢の狼達 VS 無傷の肉ギャース6頭だ。


ギャース達は倒されている、デカザウルスに気が付いたのだろう。仲間を殺られて殺気立ってはいる様だが、親分が倒されて形勢の不利も感じているのだろう。困惑した感じで、爬虫類の目がユラユラと彷徨っている。


睨みあうことしばし、双方動けずに膠着状態に入っていた。


「モルガナイト、通訳。」


ドラゴンは生態系の長として、生き物すべてと心を通わせることが出来るそうだ・・・まぁ、オーラと言うか?言語ではなく感情をぶつける感じなんだそうだが。詩乃はムースさんに寄りかかりながら、少しばかり偉そうに話をしだした。


「お前達今日の所は見逃してやる、谷を去り出て行け。今度また谷を襲ったら・・・いや谷以外でも、2本足で歩く者を襲ったら、その時は容赦しない。お前らすべてを殺し、生皮剥いで血祭りにあげ、引き裂いて燃やして・・畑の肥料にしてやる。解ったか?・・・では去れ。」


詩乃の圧迫で肉ギャース達は、気圧されたように後ずさりすると・・脱兎の如く逃げ去って行った。


今度こそ・・終わった・・・・、思わず安堵のため息が溢れる。



「何故逃がしたのだ!このまま奴らを殲滅するべきであったろう!」

血の気が多そうな若い男が叫んで来た。

何でぇお前さん、味方が多いと強く出るね?小物感が満載だぜ。殲滅するも何もさぁ、此処に倒れている肉ギャースは、ほとんどがアッシと虎さんと、ムースさんが仕留めたものだ。あんたら何頭倒したんだい?大きな口を叩くな!

喉元まで文句が出かかったが・・・そういう問題では無いのだ。


「肉ギャースを全滅させたら、生態系が狂うし。」


疲れているから、オブラートに包むことなくブッキラボウに答える。

・・眠いんだよ・・・あぁ駄目だ、ムースさんの体温が心地よい行火と化して眠りの国に誘って来る。


生態系とは何だ?意味が解らん・・・ゴチャゴチャ話をしている狼達。


面倒くさそうに(素が出たと言うべきなのか)詩乃が答える。

「あいつら肉ギャースは、肉を食って生きている・・・この森に住む、体の小さな動物達を食うのだろう?おそらくは草食・・草を食う弱い奴らが獲物だ。弱い奴らは生存戦略として沢山の子供を産む。此処で肉ギャースを殲滅して、奴らがいなくなったら・・・草を食う奴らは誰にも喰われる事が無く、ドンドン繁殖して増えて行くぞ。何頭もの子供が増え、その子供がまた子供を産んだらどうなる?草を食う奴らが増えすぎたらどうなると思う?森中の草が、葉っぱが食われ・・・山が丸裸になり木が枯れる。禿山になる・・・表土が流れ山が崩壊するだろう。」


詩乃の話があまりに大きすぎる事なのか、この深い森が枯れ果てるなど想像できない為か、狼隊は納得がいかないようだ。

詩乃の話を無視して、奴らを追撃しようなどと、大きな事をほざいている輩もいる。


馬鹿だねぃ・・・詩乃は半分意識が途切れ、夢の中に入り込みそうになっている。虎さんも、ムースさんもいるし・・・もう大丈夫、安心して意識を手放す。

寝息が聞こえ始めた。スゥ~~スゥ~~ピィ~~。





「ザンボアンガは・・・。」

詩乃が眠りに付いた頃・・ようやっとパガイさんは現場に到着した・・・苦しそうにハァハァ肩で息をしている。運動不足なのか、はたまた歳のせいなのか?詮索し無いのが親切と言うものだろう。


「ザンボアンガは豊かな穀倉地帯を抱える、何の心配もいらない国だったそうだ。唯一問題になっていたのは小麦に付く魔虫たちだった、収穫量の3割を食われ不満に思った王国民は、ある日魔術を使って魔虫達を1匹残らず殲滅したそうだ。これで収穫量もあがり、収入も増えると喜んだんだ・・ところがだ。」


突然何の話だと、訝しむ狼達・・。銀さんも不可解そうに、鼻に皺を寄せた。


「魔虫は魔樹の雌花・雄花も食べていたのだ。魔虫の食害が無くなった魔樹は急激に勢力を伸ばし、人々の畑ばかりか街にまで進出して来た。焼き払っても、焼き払っても魔樹は無くなることが無い。花粉を飛ばし、地下茎を伸ばしてザンボアンガ王国を侵略していった。後の話はご覧の通りだ、我々ザンボアンガの民は住む家も頼る国も無くし、難民として2等平民として他国で生きるしかすべを持てなくなったのだ。」


オレウアイもそうだと言うのか・・・。銀さんが呻く。


「急激な変化は何をもたらすか、誰にも想像がつかない・・・様子を見ながら、狩っていく獲物の数も制限して、周囲との調和を図っていくのが賢いやり方だろう。資源は乱獲すると枯渇する・・・ノンは、そう言いたかったのだろう。異世界人の知恵は馬鹿に出来ない。忠告に従って、しばらくの間は様子を見ながら、周囲の生き物達や環境を研究し生活していくべきだと・・俺も思う。」


たかが人間の小娘でありながら、オレウアイを吹き飛ばすような圧倒的な力を見せつけられ、狼的なプライドは既にズタズタだ。そのうえ偉そうに講釈を垂れて来た話を鵜呑みにして、有難がって守りながら暮らして行けと言うのか。


【・・・詩乃の話が狼達に素直に聞き入れられないのは、ひとえに彼女にカリスマ性が無い為だろう。同じ話をしても聖女様とそのオマケでは有難さが違うのだ・・・美人は正義であり、真実なのだ。今、詩乃に意識が有ったのなら、向こうの世界で苦労していた、不細工な政治家を思い出していたであろう。民衆は何より・・若くてハンサムな、カリスマが大好きなのだ。】


その不愉快な異世界人は、安心しきった様子で・・・草系の獣人の腕の中に納まって寝息を立てていた。クス~~ピィ~~~。

小さな人間の小娘にしか見えなくて、どうにも心の収まりが・・納得が出来ない。


そんな緑に汚れた小娘を、

「よく頑張った。」

守銭奴の商人が、そう言いながら優しく頭をポンポンと叩いていた。



詩乃の力を存在を、恐ろしく思う様になった狼達・・・余所者の強い力は恐怖と憶測を呼びます。

頑張って来た結果が、喜ばれるとは限らない・・・そんな事も有るのでしょう。(*´Д`)


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