襲撃~2
痛そうなシーンが有ります。
不味いなぁ・・・詩乃は一人呟いた。
常時身に着けている<お守りの結界・強>の発動は一度きりだ、いつもはこんなに荒事が長引くことは無かったから軽く考えていたのだ・・・我ながら詰めが甘い。
肉ギャースに気取られない様に、余裕の表情で立ってはいるが・・・内心は焦りまくりのビビりまくりだ、背中に冷や汗がだらだらと流れている。
誰がこんな白銀の世界で、爬虫類が出張って来るなどと考える者が居ようか?
爬虫類など南の島で甲羅干しでもして、ゆっくりとしていれば良いのにさぁ。
リアル恐竜公園の世界にイキナリ放り込まれて、困惑する事しきりである。
せめて背中を預けられる壁など有ればいいのだが、残念な事に360度開放的な谷の上で絶賛一人きりである。ゆっくりと・・・胴巻の中の<空の魔石>を取り出そうと、手を動かそうとしてみるが、胴巻の中に危険な物が有ると肉ギャース達に認識されている様だ。手を動かそうとすると、シャアーーーッと威嚇して来る。かなり知能が高いらしい、群れで狩りをするぐらいだからリーダーもいるのだろう、あのデカ物ザウルスがそうなのだろうか?
『私の魔力ではエアカッターで攻撃しても、肉ギャースの硬い鱗を切り裂くことは出来ないだろうし。』
= 考えろ、卑怯な手は得意だろう。=
何が悲しくてこんなピンチの時に、ラチャ先生の有難くも無いお言葉なんぞを思い出さなきゃならないのだろうか。ほんっと通常運転でムカつく奴である。
「近くに有る物で、使えそうな物は何でも使うんだ。」
青い森のほとりの村で出会った、チビ先生の言葉がよみがえる・・近くに有る物?
・・・此処にあるのは、雪だけだ・・・・雪?そうか雪だ!
詩乃は雪面に手を付くと、魔力をありったけ流した。
「表層雪崩!」
そう、詩乃の位置より肉ギャース達は下の方にいたのだ。此処何日かの積雪で、根雪の上にふんわりと新雪が積もっていた。おおきな雪崩を引き起こすのには少ない量だが、少なくとも詩乃から距離を離す事は出来るだろう。
しゃがみ込んだ詩乃に襲い掛かろうとした肉ギャースの足元が動き、下に流されると同時に上からも雪が襲い掛かって来た。
ピギャーーーーッ
らしくも無い可愛らしい悲鳴を上げる、肉ギャース・・・詩乃も足元が揺らぎ尻餅をついてしまった。肉ギャース達はスッポリと埋まるほどではないが、身動きが取れにくい程には雪の中だった。そのまま胴巻の中から<空の魔石>を取り出し
「電撃」
と叫ぶ!雪のせいか水の時より効果は薄い様だ、肉ギャースは体も大きいから魔虫の様に黒焦げにはならなかった、チッ!
奴らは体が痺れて気が遠くなった様だが、絶命したりする事は無く、無意識にウゴウゴと動いている。
そのうち正気付いて立ち上がりそうだ、今の内に逃げなくちゃ。
詩乃はミニスキーを履いていなかったし、カンジキも履いておらずごく普通のブーツ姿である。新雪は無情にも膝の上近くまで足をめり込ませ、一歩進むにも相当な労力と根性を必要とされた。合気道の雪国合宿でも(お兄に強制参加させられたのだ)、こんなに深雪では無かったよぅ・・・思わず泣きが入る。
ズボッズボッっと必死に足を抜きながら、懸命に坂を下って行く。我ながら不器用で、モタモタとドン臭い事この上ない。この際転がった方が早いだろうか?しかし服の素材がモモウの毛皮なのであんまり滑らないような気がする、向こうの世界のスキー用の服が懐かしい。雪が付かない工夫なのか、嫌にツルツルしていた生地だった、スキーで滑るのに疲れると背中で滑ってズルをしたものだ。空が青くて綺麗だったっけ。
『それにしても、あのガキンチョ・・・良くこんな高い所まで自力で登ったもんだよ。呆れたもんだねぃ。』
幾ら体重が軽くて、ミニスキーを履いていたから雪に沈みにくかったとはいえ・・この雪山を登るとは・・基礎体力が半端ないんだろうよ。獣人恐るべし。
=このとき詩乃はもちろん<空の魔石>を持っていたのだが、スキーの経験は小学生の時に<スキー教室>に参加しただけで、ボーゲンもままならず足が左右に泣き別れしたことしか記憶に無い。だからとてもじゃないが造り出して活用する気にはなれなかった。ウィンタースポーツは苦手なのだ。=
蠢いているオレウアイの傍を、恐々と刺激しないようにノタリノタリと通り過ぎる・・・願わくば、目覚める事無く、凍死してくれる事を節に願う・・・後からパガイさんに売りつけるのにも都合が良いしね。綺麗な状態で昇天していただきたいものだ、お願いします拝みます。
最初に肉ギャースを売った時には随分とディスカウントされたものが・・・主に6男に。そうだ鬼だ、奴は鬼商人に違いないのだ!!
モタモタと歩きながら、谷の下に有るハウスのゲートを見やれば、扉が閉められていて入れそうに無い。ゲートを封鎖しろって言ったのは自分だったっけ?
あちゃぁ・・・やっちまったねぃ、どうしよう?
ハァハァと呼吸を整えながら、虎さんの姿を探して位置を確認したが・・・何とかザウルスみたいなデカ物と対峙していて、とてもじゃぁ無いが此方を助けてくれる余裕は無さそうだ。
虎さんは雪面で足場が悪いのにも関わらず、蝶の様に舞い・蜂の様に和泉守兼定で刺しまくっている。相変わらず強いねぇ、一人でもまぁ大丈夫だろう。頑張って下さい。
・・・あれは?
狼達の新米兵士達が数人づつ集まって、肉ギャースを取り巻き攻撃を仕掛けている・・・感心・感心と言いたいところだが。背中ががら空きだ、対峙している敵にしか注意が向いていなくて、駆け寄ってくるギャースの援軍に気が付かない。
危ない!
★★★★
俺達は数人でオレウアイに対峙していたのだが、突然近くで大きな破裂音が聞こえたと思ったら、血の雨と肉片がザァアと降り掛かって来た。
「うわぁ」怖気図いて思わず叫ぶ。
すぐ横に破裂したオレウアイの身体が転がっている、何だこれは!
呆然としていたら、対峙していた目の前のオレウアイも破裂した。派手に血を振りまいて絶命していく・・一体何なんだ!!何が起こっているのだ。
返り血を浴びて俺達は全身が緑色に染まっている、生臭い匂いと生暖かい緑色の血がおぞましく、恐怖で尻尾が股にピッチリと挟まった。
焦って周囲を見渡すと、あちこちでオレウアイが破裂しているではないか。
得体の知れない力が、何処からか湧いて来て襲われている感じで恐ろしさに震えあがる・・・これが、魔術とか言う力なのか?
「集中しろ!」班長の檄が飛んだ。
まだオレウアイが数頭いる、気を抜いている暇は無いが・・・あの恐ろしい力が自分に向かって来たら、そう思うと・・どうすればいいのか解らずパニックになりそうだ。
「オマケだ!オマケのチビがやっているんだ。俺達に向けられることは無い!!」
班長はそう言うが・・・ついさっきアイツらを見捨てて、ゲートを閉めようとしていたのは俺達だ。先に裏切ったのは俺達だし、人間を信用して良いのだろうか。あんな小さな小娘が、オレウアイをいとも簡単に殺すなどと・・・恐ろしい気持ちを感じながら谷の上を見上げた。
・・・その時だ。
此方を助けるために、何かを打ち出しているオマケのチビの後ろに、ゆらりとオレウアイが立ち上がったのが見えたのは。チビは攻撃に夢中な様で後ろの敵に気が付かない。
危ない!後ろだ!!俺達は気が付くと腕を振り上げ大声で叫んでいた。
★★★★
谷の下で騒いでいる兵士達の姿を確認・・・・ヤバッ・・・・。
意識したとたん強い風が当たり、体ごと跳ね飛ばされて空を舞う・・・何かにぶっ飛ばされた様だ。死ぬ前はすべての動きがスローモーションに見えるそうだが、確かに空高く跳ね飛ばされながら、空の青さとか雲の白さとか・・・此方に凄いスピードで飛んでくるモルちゃんの姿が、目の端っこに写り込んでいた・・・写っているだけで見えてはいない様だ、その証拠に何も考えられない・・・。
かなり長い間、空に溶け込んでいた感じだが、雪面に叩きつけられて意識がハッキリした。主観的には・・雪面の方がいきなりブツかって来た感じがするのだが、自由落下して来たのは詩乃なのだろう。
クハッ
肺から空気が漏れて、口から血が飛び出す・・・白い雪面に赤い花が咲いたようだ。
『殴られた人が「グハッ」とか言って、血を吐きだすのは本当だったんだ。少年漫画のアレは、嘘じゃぁ無かったんだねぇ・・・。』
ヤバい時にくだらない事を思い出すのは、この先の運命を受け入れられないから・・なのだろうのか。
攻撃を仕掛けて来た肉ギャースは、回し蹴りの様に遠心力を使って、尻尾を鞭の様に撓らせ詩乃の脇腹に叩き込んだのだ。体ごと爆発される事を防いだ、肉ギャースなりの策なのだろう。
獲物は吹き飛ばされ、坂をバウンドしながら転げ落ちて行ったが・・・彼自身の被害も大きかった。仲間の様に体ごと爆発される事は無かったが、尻尾が・・・尻尾が破裂して跡形もなくなっていた。血がとめどなく流れ、あたりを緑色に染めていく・・・。
ギャースにとって尻尾はかなり重要だ、体のバランスを取る為など、尻尾が無くては満足に走れもしない。怒りが全身を満たしていく・・・仲間の復讐だ・・・簡単に死なせて済ませる訳にはいかない。
尻尾千切れは、ゆっくりと詩乃に近づいて行った。
詩乃・・・絶対絶命!(/ω\)